SS部屋

    二次SS&感想置き場です

    プロフィール

    夏風

    Author:夏風
    拍手&一言連絡はこちら→_旦~~

    pixivリンク先はこちら


    土竜穴から引越しました☆

    SS用拍手(ジャンル別)

    コメントは任意&非公開です☆

    ブロとも申請フォーム

    カウンター

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    Missing half 10


     空が、青い──


     この時の気分をどう言ったらいいんだろう。
     アッシュに抱かれて、アッシュに抱きついて、アイツの胸に顔を埋めてしがみついているような。ちぇっ。それじゃあ俺、ガキみてーじゃん。あくまで気分だ。俺たち二人それぞれに身体があったとしたらありえねー体勢だと思う。実体があってンなことしたら、ぜってーアッシュに怒鳴られて蹴り倒されてるに違いない。

     今の俺には身体がないから(あるというならそれはアッシュの身体で俺は居候の身だ)。実際のところは、泣くだけ泣いて気づいたら、俺はアッシュの目を通して空を見上げていたわけなんだけど。そういえばレムの塔でもこんな感じだった。アッシュに力を貸してもらって、アッシュと一つになって、繋がったまま力を使い果たして、二人で塔の上で転がっていた。
     今さらながら改めて実感した。そうだ、あの時も。アッシュが俺を守ってくれたから俺は消えずにすんだ。自分だって音素が乖離しかけてたのに。消えかけていた俺に、アッシュがフォニムを注いで命を繋いでくれた。

     だから、今、ここに、こうして、俺は俺として世界を見ていられるんだ──



     気持ちに余裕ができて辺りを見回す。たぶん、ここはベルケンドの街から遠くない、まばらに木々の茂る草地だ。ここらの魔物はたいしたことはない。おまけに念のためといわんばかりにホーリーボトルの空瓶が幾つか脇に転がっていた。誰にも邪魔されず俺が好きなだけ泣けるように、アッシュが気をつかってくれたんだ。

     ぼんやりと、形を変えて流れていく雲を見上げていたら、ふいに左手が動いて濡れた頬をぬぐった。喉が震え、声が聞こえた。
     声の質は俺と同じなのに、深く低く、大人っぽく響く声。


    「気がすんだか?」
    (……うん)
    「全く手のかかる」

     口調は不機嫌でそっけないんだけどな。諦め混じりの怒ったような照れたような。
     アッシュのフォニムが柔らかくて優しくて。師匠《せんせい》は死んじゃったけどアッシュはちゃんと生きてるんだって思ったら、なんだか救われたような気がして、安心して、俺はまた泣きそうになった。
     アッシュが乱暴に目蓋の上に濡れたハンカチを乗せたので、前が見えなくなった。冷たくて気持ちいい。いつの間にこんなの持ってんだ。アッシュって意外と世話焼きで気がつく性質なんだよなー。ローレライの剣もしっかり持ってきてるし。今じゃアッシュとしてはローレライの剣が俺の身体の代わりみたいな感覚になってるようだった。

    「テメェ、いいかげんにしやがれ。終わってしまったことをいつまでもくよくよと考えても無駄なんだよ」
    (だって、俺……アッシュの考えがほんとうだとしたら、師匠《せんせい》のこと誤解したまま手にかけて……)
    「お前がやらなきゃ俺がやっていたろうさ」
    (!)
    「たとえ俺の推測が真実だったとしても、どのみちヴァンは倒さなければならなかったんだ。ヴァンは本気だったからな。アイツを止めなければ、今頃はオールドラントの人間も大地もそっくりレプリカにすげ替わっていただろうよ」
    (でも)
    「でももへったくれもねえ。過ぎた時間は戻せなくとも、できることはまだ残されている。ヴァンと俺たちはスコアからの解放という点では目指した世界は同じだった。ならば、俺たちのなすべきことは決まっているだろう」

     静かに語るアッシュの声が、胸にしみいる。

    「スコアに縛られねえ世界になれば、ちっとはヴァンや六神将たちへの手向けになるだろうさ。簡単にはいかねーだろうが。生きてるうちはやれることをやるしかないんだ」
    (前向きだなー)
    「お前が後向きすぎんだよ」
    (……やっぱりアッシュはすごいや)

     いつだってそうだった。俺がどうしたらいいか分からなくて途方に暮れているときも、いつもアッシュには進むべき道がはっきりと見えていて、俺がまごまごしてる間にアッシュはどんどん先へと走っていってしまうんだ。

     記憶を共有してんだから、もう知ってるよな、アッシュ。俺がどんなにお前のことを羨ましく思ってたか。俺、本当にお前のこと尊敬してたんだぜ。強くて賢くていつでも自信満々で。皆から一目置かれていて、誰もがお前を頼りにしてた。頼りなくて皆にめーわくかけ通しだった俺とは大違いだ。お前みたいな人間になれたらって、ずっと思ってた。何もかも劣化しちまってるレプリカの俺には無理だって分かってたけどよ。
     それでも、俺は俺の被験者がお前なのがすっげー誇らしかった。お前さえ生きていてくれたら、それで満足だって。お前は信じないだろうけどさ、俺、本気でそう思ってんだぜ?
    俺の命はお前がくれたものだ。だから、俺は俺をお前に返す。

     俺が消えても、お前だけは──

    「却下だ」
    (!? 俺、まだ何もいってねえじゃん!)
    「お前のろくでもない考えは筒抜けなんだよ。お前が消えて俺が残るという選択肢はない。俺を真似ようなんぞそんな考えは金輪際捨てろ。俺という人間は一人でたくさんだ。お前は俺の付属品じゃねえ。俺は俺、お前はお前と言ったのはお前だろう」
    (アッシュ!)
    「今さら隠しても無意味だからな。今のお前には分かっているはずだ。お前に知られるのは癪に障るが仕方がない。無いものねだりをいってんのはお互い様なんだよ」


     俺だって、お前が羨ましかった。
     そんな風に素直に泣ける、お前の自由さが。とらわれのなさがな。


     アッシュは小さくため息を吐いたようだった。

    「もっとも、俺はお前になりたいとは思わないが。俺はもうガキじゃねえしな」
    (だったらさ)
    「だったらもクソもねえ。そもそもお前が戻りたいと思わなければ、俺がこっちに戻ってくることはなかったんだ。俺には戻りたいと思う理由がなかった。お前とは違うんだよ」

     胸が痛い。
     アッシュがそんな風に思っちまうのは、俺がアッシュの場所を奪ったから──
     畳みかけるようにアッシュの声が穏やかに続いた。

    「勘違いするな。お前とは関係ない。俺が、俺自身がそんな生き方しかできなかった。ただ、それだけのことだ」

     やめろ、
     聞きたくない

    「ルーク?」
     どぱんとまた涙が出てくる。俺は起き上がると目の上からハンカチを取り去った。身体の自由がきく。アッシュの力が弱まっているんだ。視界が滲んだ。アッシュの馬鹿野郎。なんだって俺に自分の身体を空け渡そうとするんだ。俺の自由にさせんじゃねーんだよ。
    (やめろよ! どうしてお前はそうなんだよ! スコアから世界を自由にすんだろ? レプリカたちとの約束だってある。生きてるうちはやれることやるって言ったのはお前じゃないか。後ろ向きだって? 今のお前は俺より後ろ向きじゃん!)
    「お前も見ただろう? 俺の時間はエルドラントで終わってんだ」
    (アッシュ!)
    「約束はお前が果たせばいい。俺にはお前の命を引き替えにしてまで生きる理由がない」
    (俺だってそうだよ!)
    「聞き分けろ。お前は生きることを望まれてるんだ。お前の仲間たちに。お前が縁を結んだ全ての奴らに。その期待を裏切るんじゃねえ」
    (それを言うならお前だって!)
    「俺にはお前が得た絆の深さほどに関わりを持った人間はいない。俺がいなくとも皆なんとかやっていくさ」
    (ナタリアは? 母上と父上はどうすんだよ!)
    「それも、お前の存在を代償とするだけの理由にはならない」
    (じゃあ、俺はどうなんだよ! 俺はお前に生きていて欲しい! お前のいない人生なんていらない! それは理由にはなんねーのかよ!)
    「ルーク……」

     俺にはわからない
     わかりたくもない

     すらりと剣を抜く音が聞こえた。ぞくりと背筋に畏れが走り抜ける。
     アッシュの声が抜き身の刃のように無情に響いた。

    「ならば、お前が道を拓け。俺とお前、二人ともに生き残る道は一つしかない。俺たちのフォニムの流れ、コンタミネーションを制御する第一歩は、お前が心の底から生きたいと願うことだ。この身体を自分のものとして受け容れろ。じっさい、この身体の半分は元のお前の音素でできている。遠慮は無用だ」
    (そんなことしたら、お前のフォニムが)
    「お前がその躊躇いを捨てねえ限り、前に進めない」
    (で、でも。俺どうしたらいいのかわかんねーんだよ)
     アッシュの鋭い視線に貫かれた気がした。
    「宝珠を思い出せ。お前はあれを制御していただろう。お前は宝珠を自分の中に取り込んでいた。今、宝珠に当たるのは、お前のフォニムが宿るローレライの剣だ。剣が宝珠だと思って、ローレライの剣ごとお前がこの身体の中に溶け込めばいい。俺はお前と剣のフォニムの流れに合わせて、俺のフォニムと宝珠の拡散作用を制御する。レムの塔やゲートでやった要領だ」
    (危険はないのかよ)
    「制御しきれなければ、セブンスフォニムの暴走に耐え切れずに身体が壊れる。俺とお前、宝珠と剣の力のバランスを完璧にとる必要があるからな。俺たちが真に対等な関係とならなければコンタミネーションを制御しきることは不可能だ。どちらかの力が足りなければ、均衡が破れて俺たちの精神と身体は崩壊する」
    (つまり、俺たち二人とも死んじまうってことだよな)
    「お前がしくじればな」

     心が震える。俺が失敗したら、アッシュは──
    (……無理だ。俺にはできねーよ……)

     口角が上がった。
     アッシュ?

    「生憎だったな。お前に選択権はない。やるか、やらねーか、二つに一つだ」

     刀身が煌めく。
     一瞬のうちに、手首が翻るとローレライの剣の切っ先が胸に突き立てられた。
     止める間もなかった。

    「ぐっ……ッ!!」

     苦痛に顔が歪む。だけど俺は痛くなかった。
     痛みは全てアッシュの意志でせき止められていた。

     ばっ!

    (バッカ野郎~ッッッ!!!! なんてことすんだよ! なんでなんだよ、アッシュッ!)

     言葉はでなかった。
     言葉の代わりに、鮮血がこぼれ、笑みがもれたのがわかった。
     なんでそこで笑うんだよ……
     アッシュの思考が伝わってきた。



     これで退けないだろう
     コイツをどうにかしたかったら、テメエが自分でやるんだな







     剣を半ば抱くように、剣の柄に手をかけ、横倒しに身体がくずおれていく。
     アッシュの身体を貫いているのは、ローレライの剣。
     つまり「オレ」だ。

     アッシュはなんて言ってた? 剣を宝珠だと思って?
     そうだ、今の俺には身体なんてない。剣に宿った、ただの音素の集合体なんだ。
     だったら、何を恐れる必要がある? 
     壊してやる。俺は、


     アッシュを傷つける[[rb:容れ物>かたち]]なんていらない


     俺たちを形作っているフォニムの流れが手にとるように解かる。
     握りしめた剣の柄が熱い。
     ごめんよアッシュ。今こいつをどうにかするから。
     ローレライの剣に強く意識を凝らすと、俺は、あらん限りの力で剣を打ち砕いた。



     パシイィッ……!!!





     ……墜ちていく。
     この感覚は、どこかで───
     









     ──ゆっくりと意識が戻ってきた。


     おれ……消えてない?
     力づくで、俺ごとローレライの剣を形造っていた音素の塊を壊して粉々にしたはずなのに。
     砕けたフォニムの欠片は、拡散せずに集まって再び「俺=レプリカルーク」の形を成しながら、白く眩く輝く光の方へと引き寄せられていた。

     足下の空間に、巨大な譜陣が広がって七色の光を放っている。
     体中に纏わりつく濃密なフォニムの肌触り。時折り耳を打つどこか懐かしい音律。セレニアの花の香り。その中央、セフィロトを思わせる光の柱の底に、アッシュは仰向けに横たわっていた。

    「アッシュ!」

     アッシュは答えない。ここはアッシュの無意識下の底なんだと俺は気づいた。
     俺のフォニム《いのち》を引き留めている力の源。
     アッシュの胸には壊したはずのローレライの鍵が突き立てられ、剣と宝珠が淡く光を放っていた。すると、鍵の本体はずっとアッシュが持ってたのか? アッシュのフォニムを吸い込みながら、ひたすら一つの目的を具現化させるために脈動する譜陣。
     穏やかとは言い難い、深い疲れの影がさすアッシュの顔は、ひどく白くみえた。


     つまり、こういうことだったんだ


     約束を果たしたい。そんな俺の願いに応えて、アッシュはローレライと契約を結んだ。
     音素乖離の果てに消えゆ運命《さだめ》の、レプリカルークの命を繋ぎ留めるための契約を。
     自分のフォニムと引き換えに。

    「人が良すぎんだよ」


     こんなこと、俺は、望んでない

     
     光の柱へと足を踏み入れた瞬間、記憶粒子の流れに呑み込まれる。





     フラッシュバックする、心に流れ込んでくる幾つもの痛みの記憶。

     ──火の海が、目の前にあった。
     人肉の焼ける臭い。
     狂った獣の吠吼が熱風を切り裂いて、炎が人間だったモノを消し炭へと変えてゆく。

    「師団長、ご無事でしたか! ──これは一体?」
    「……撤収だ。任務は完了した。譜術で生じた毒物は浄化。汚染された村人は全て排除した」
    「師団長!?」

     疲労で立っていられない。超振動を使いすぎた反動か。
     結局、このざまだ。
     アッシュの中に渦巻く怒りと無力感に打ちひしがれる。

     誰一人救えなかったスコア通りの結末。鼻をつく血と人の死の臭い。
     何人斬ったか覚えていない。自分の姿が全身返り血まみれで正視に耐えない有様になっている自覚はある。ぬるりとした液体の手触り。その赤い色に、それでもアレは人だったのだと思い知らされた。一刹那、胸をかすめる、日常の陽光の下で笑う在りし日の村人たちの姿。
     込み上げてきた嘔吐感に、歯を食い縛って耐えた。部下たちの前で醜態はさらせない。
     誰かの手に支えられたまま意識が遠くなる感覚──

     この任務を境に、アッシュは「鮮血」の二つ名で呼ばれ恐れられるようになった。女子供も関係なく、たった一人で丸ごと村一つを滅ぼした、非情な神託の盾《オラクル》の戦士として。
     アッシュが悪かったわけじゃない。仕方なかったんだ。異変に気づいてアッシュが行った時には、すでに村の人たちは譜術の毒に侵されてて、体内音素の暴走で人外の怪物に成り果てていた。アッシュが止めなければ周辺の村にも被害が広がって大勢の犠牲者が出ていたに違いなかった。

    「悪くない、か」

     アッシュの気配をすぐ傍に感じた。
     背を向けて佇むアッシュの表情は俺からは見えず、その口調はどこか自嘲めいて聞こえた。

    「俺に都合よく考えればな。お前は俺の記憶から見た一つの側面を見ているにすぎない。確かに、俺は被害を最小限に食い止めるためにできるだけのことはした。やったことに後悔はしていない。だが、俺の判断が正しかったかどうかの確証はない。彼らを救う手段が他になかったか。汚染を免れた人間も残されていたかもしれない。仕方がないというのは切り捨てた側の言い分にすぎねえんだよ」
    「でも、アッシュのおかげで助かった人たちもいるんじゃないのか」
    「レムの塔の時と同じだ。その台詞を、消えていったレプリカ達に対して言えるのか、お前は」
    「あ……」
    「俺たちは助けたい人間を助けただけだ。助けられた人間がいた分、まだマシだったんだろう。それ以上でもそれ以下でもない」

     哀しみの気配。
     俺は訊ねた。

    「どうして、誰も連れずに一人で村にいったんだよ?」
     アッシュの声が、静かに白い闇に響いた。
    「俺一人で沢山だったからな」

     いつだってそうなんだ。レムの塔でそうだったように。
     一人で決めて、一人で背負い込んで。
     アッシュは、自分の痛みを一人で抱え込んだまま、口を閉ざして決して語ろうとしない。

     アッシュの記憶を共有できたことで、俺にはやっと理解できたことがあった。アッシュが俺の何に対して怒っていたのか。
     俺の頭の悪さや弱さ。身勝手で恥知らずだったこと。知らずとはいえ、俺の存在自体がルークとしての名前や居場所を、ナタリアや母上やガイとの大切な時間を奪ったこと。ダアトで生きるしかない境遇に追いやったこと。もちろん、その全部に対しても怒っていたけれど、それ以上にアッシュが俺を許せなかったのは──

     ナタリアとの約束。
     何もかも失ったアッシュが生きる支えにしてきた最後の宝物。
     悪意や苦境の中にあっても、どんなに貶められようとも、それでも。アッシュはその誓いだけは守ろうと、ルーク・フォン・ファブレの誇りだけは失うまいと、懸命に生きてきた。
     俺は、自己中な傲慢さでアッシュの一番大切にしていた夢と誇りを安易に踏みにじったんだ。アッシュが「お前は俺だ」と言っていた意味が今ならわかる。俺を憎みながらも、アッシュはアッシュが全うしたかった「ルーク・フォン・ファブレ」の役割を、「もう一人のルーク《レプリカ》」が代わりに果たしてくれるだろうと信じて、俺に期待してくれていたんだ。自分と同じ資質を持つ「ルーク」であれば、少なくとも何が大切かに気づく。ナタリアを助けて民を守るために力を尽くしてくれる。納得してるわけじゃない。だけど、大切なのは皆の命が守られることだ。ルークがルークに相応しく使命を果たすのなら、それをするのはレプリカでもいい。自分の手でできなくとも、「ルーク」が代わりに果たしてくれるのなら自分がやったも同じ事だと自分を納得させられる。たとえ、オリジナルのルークがその存在を知られることなく、二度と陽の光を浴びることがなかったとしても。
     そんなアッシュの想いを、俺は。

     最悪の形で、それを裏切ったんだ──

     崩落していくアクゼリュスの光景が眼前に広がる。
     落ちていく大地。もがき苦しみながら泥沼に沈んでいく人たち。
     障気の向こうから聞こえてくる、助けを求める幾つもの苦悶の声──
     目を固く閉じても、耳を塞いでも。俺の魂に刻まれたそれらの光景は決して消えてはくれなくて。目の前が真っ暗になって、息ができなくなって、胸が潰れそうに苦しくて。でも死ぬこともできなくて。
     夢じゃない夢から覚めた後、いつも。なんで俺は生きているんだろうって、ひとりぼっちの闇の中で思ってた……

     アッシュがぽつりと言った。

    「俺が頭にきていたのはそれだけじゃないがな。……今でも自分を許せないか」

     アッシュの思念には、何の感情も感じられなかった。怒りも苛立ちも蔑みも。
     俺はうなだれた。

    「うん。これを思い出すたびに……苦しくて俺は死にたくなってくる。確かに、俺に力を使わせたのはヴァン師匠だったかもしれないけれど。師匠についてった俺自身の理由は最低だったんだ。アッシュや皆に言われた通りさ。俺は心からアクゼリュスの人たちを助けたかったわけじゃない。俺を馬鹿にした連中を見返して英雄になりたかっただけだった。そして、そんな俺のつまんねー考えなしの見栄のために、大勢の人が死んじまった。レムの塔じゃ死にたくないって喚いて、結局アッシュに助けられちまったけど。エルドラントで死ぬのは怖かったけど──生きていたいって思う一方で、これでいい、やっと終われるんだって、心のどこかでホッとしていたんだ」


     何をしても許されない罪なら。
     命は命で償うしかないんじゃないか?


    「ふん。それなら、アクゼリュスやレムの塔で死んだ人間の数を思えば、俺たちが一度や二度死んだくらいじゃ罪を償うにはぜんぜん足りねえってことだな」
    「……うん。ぜんぜん足りない」

     アッシュにそう言われると、わかっていた事とはいえやっぱり落ち込んだ。体の中が、石を一杯に詰め込まれたみたいに重く冷たくなる。
     死んでも償えない罪。俺が犯したのはそういうたぐいの過ちだ。
     アッシュの声が聞こえた。

    「罪を抱えて生きるのは辛いか?」
    「うん」
    「俺は、お前に無理に生きろとは言わない。だが……」

     アッシュは何を言いたいんだろう?
     俺のより深い色をした翡翠の瞳が、俺を見ていた。
     眉間のしわもなく、アッシュは真顔だった。俺のせいでアッシュはいつも怒ってる印象が定着しちまったけど、本来のアッシュはきっとこんな風に穏やかな顔もできるやつだったんだと思う。

    「セントビナーやレムの塔で、お前はアクゼリュスでの償いのために命をかけたのか?」
    「うん。……たぶん、そうなんだと思う」
    「それじゃ聞くが。アクゼリュスでの過ちがなかったなら、誰が死のうと関係なく、お前はバチカルに帰ってのうのうと何もせずにいたと思うか?」
     今さらだ。アッシュに嘘は通用しない。
    「そうかもしれない。俺は戦うのが怖かった。本音を言えば、アクゼリュスであったことも、何もかも全部なかったことにして、屋敷に閉じこもっていたかったんだ、俺は」
    「テメエが本当にそうしていたら、オールドラントは終わっていただろうな。だが、お前は踏みとどまってするべきことをした。理由はどうあれな」

     俺は、俺の情けない本心をさらけ出しているのに。
     アッシュはどうして。
     こんな柔らかな眼差しを俺に向けてくれるんだろう……

    「お前も見ただろう、今のオールドラントを。2年経っても全ての問題が解決したわけじゃない。お前の仲間たちは今も戦っている」
    「うん。みんなすごいよ。俺だけがまたなにもしていない」
    「あいつらは、お前を忘れてはいない。お前の帰りを待っている。お前を知る者は、お前の罪はお前だけのものじゃないと既に解っている。……何度も聞かされたはずだ。一人で抱え込むなと。お前は一人ではないんだ」
    「……うん」
    「アクゼリュスに関しては俺も同罪だからな。お前を許してやれる立場にないが……俺に対しての罪悪感なら、それはもう必要のないものだ。この場で全て清算してやる。俺の言った言葉は撤回する。お前は俺から何も奪ってはいない。お前の記憶にあるものは、良くも悪くもお前が自分で手に入れたものだ。だから、お前が俺に返す必要のあるものなど、何もない」

     窓が開け放たれる。
     雲間から射し込む光のように。
     アッシュの声が、静けさの中に響いた。

    「お前は自由だ。お前はお前の好きに生きて構わない。だが……ルークとして生きるのが辛いなら、ルークの記憶は俺に返せ。ルークに架せられた[[rb:業>カルマ]]は元はといえば俺のものだからな。ナタリアも言っていただろう。お前の人生を生きるために戻れと。今ならそうしてやれる」


     ──俺が帰してやる──


     涙が溢れてきた。止まんねえ。ちくしょう、俺はお前のそんな言葉を聞きたいんじゃない。
     アッシュの声も言葉も優しくて。優しすぎて。
     それが俺には痛くて悲しくて辛かった。
     アッシュの馬鹿野郎。肝心なことを言ってないじゃないか。俺はそこまで馬鹿じゃない。
     それは、お前の命と引き換えにってことだろう?
     そんな、馬鹿が数えきれないほどつく馬鹿な事、俺にできると思ってんのかよッ……!

     アッシュ自身にあまり自覚はないけれど、こっちに戻ってきたとき、アッシュの心は俺以上に疲れきっていた。
     エルドラントで、持てる力の最後の一滴まで使い尽くして、精一杯生きたと満足して、アッシュは死んでしまった。音素乖離で消えた俺と違ってアッシュにははっきりと自分が剣で死んだ自覚があって、生き返った自分を疑って認められずにいたんだ。
     俺は怖かった。認めたくなかった。アッシュ自身は生きたいとは思っていない。
     だから、俺は隠れたんだ。俺なんか憎んでくれてよかった。忘れてくれたってよかった。以前のしぶとくて強いアッシュに戻ってくれるなら。
     自由になれって? そんな自由は嘘だ。
     アッシュを失って、ルークの記憶も捨てて手に入る自由なんて、俺はいらない。
     幸せになれっつー意味なら、ふざけんな。自分はすっかりそれを忘れちまってるくせに。
     幸せになるならアッシュのが先だろ。

     アッシュが、生きてさえいてくれるなら。俺はそれ以上何も望まない。

    「俺からルークを取り上げる気かよ。全部返すっつったけど俺も前言撤回する。俺の中のルークは返さねえ。俺だってルークだ。それに、アッシュが戻らないなら俺は絶対に戻らない」
     俺はやけくそ気味で喧嘩腰だった。
    「アッシュこそ何で戻ろうとしないんだ。俺と心中なんて真っ平ごめんだって言ってたアッシュはどこへ行っちまったんだよ!」
    「見損なうな。7年しか生きてねえ子供を身代わりに自分だけ助かろうなんて外道じゃねえんだよ、俺は。それに俺はお前ほどこの世界に未練があるわけでもない」

     不意に、ぐらりと周囲がぼやけて揺れた。と、……アッシュ!?
     アッシュが、身を屈め、胸をつかんでうずくまっていた。

    「そろそろ限界か……」
    「アッシュ! 傷が痛むのか!?」

     ピシリと、空に走る亀裂が次第に広がっていく。
     片膝をつき苦痛に顔を歪めて天を睨みながら、真剣な表情でアッシュが言った。

    「時間がない。お前の返答次第で、俺も腹を決める。この後に及んでろくでもない返事をしやがったら許さねェからな」

     翠の双眸が鋭く俺を見据えた。

    「テメエは生きたいのか、生きたくないのか。はっきり答えろルーク」
     戸惑う俺。
    「お、俺が生きててほしいのはアッシュだよ」
     苛立たしげにアッシュは唸った。
    「誰が俺のことを聞いている。俺はお前がどうしたいのか聞いているんだ」
     そう言われても、正直に言うなら俺はこう答えるしかない。
    「俺が一番大事なのはアッシュだ。アッシュのためになら、俺は生きていけるよ」

     一呼吸の間の後。アッシュは諦めたように深くため息をついた。

    「ふん。5割というところか。ここまで思考パターンが同じとはな。全く腹の立つ」
    「同じって? どういう意味だよ」
    「お前はわからなくていい」

     不機嫌そうに再び俺に向き直ったアッシュは、いつものアッシュだった。

    「ひとつ、お前の思い違いを訂正してやる。俺が一番頭にきていたのはお前の卑屈根性だ。言ったはずだ。俺のレプリカなら俺と対等以上だと証明してみせろと。自分で自分の生きる理由も決められない屑に俺の隣で生きる資格はない」

     目の前の空間に、差し出すように両手を広げるアッシュ。
     胸元の虚空に剣が現れた。ローレライの鍵だ。
     アッシュが足元に剣を突き立てた。とたんに、幾筋もの光が地を駆け抜け、剣を中心に脈打つように譜陣が広がっていく。
     剣を支えにアッシュが立ち上がった。
     取れ、という風に。
     突き出されたアッシュの左手を、俺はためらいつつも、おずおずと握り返した。

    「覚悟しておけ。鍵に触れるのと同時に俺が制御しているフォニムの全てはお前も共に担うことになる。俺ができるのは現状を維持することだけだ。初めは助けてやれるが長くは保たない。どうすれば道が拓けるかは自分で考えろ。いいか、忘れるな。お前の仕事はただ一つだ」

     
     『絶対に、消えるな』


     繋いだ手を痛いほど固く握りしめられた。


    「今度はしくじるなよ」
    「うん、わかった」

     こっちも負けじと強く握り返したら、アッシュが俺にふつーに笑いかけてくれた……ほんの一瞬だったけど。
     天変地異でも起こるんじゃねーのか?


     強く、身体ごとアッシュの胸元に引き寄せられ、俺の左手が一緒に鍵の柄をつかんだ、
     その瞬間───

    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿








     ブログ管理者以外には秘密にする
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。