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    Missing half 8


     病室には、スープの香りに入り混じって微妙な空気が漂っていた。

     ティアとアッシュの間に横たわる、躊躇いと戸惑いに、沈黙とそこはかと無い距離感。
     仕方がない事だとティアは思う。彼はルークとは違う。アッシュとは一緒に行動した時間も僅かしかなく、互いの気心もやっと知り始めたばかりで、これといった接点も思い至らない。

     二人の緩衝材となっていたガイは、ベルケンドに来たついでにと譜業技術者らの会合に出たきり今日は姿を見せていなかった。マルクトのガルディオス伯の音機関狂ぶり、もとい(出資者である皇帝陛下への説明役として最適任の人材といえる)音機関への見識の深さはこの2年で関係者の間では有名になっている。彼らにしか理解できない専門用語が飛び交う中、ガイは今頃は同類の譜業技術者たちと共に目眩く譜業世界に埋もれているはずだった。
     幼馴染みが自分の才能を生かせる場を見つけられたのは喜ぶべきことだとアッシュは思っていた。そもそも、身分や立場を考えるならガイがアッシュの……ルークの世話を焼くこと自体がおかしな話なのだ。ガイにそうといえば、困っている友人を助けるののどこが悪いとか言い返されそうだが。

     スプーンを口に運ぶアッシュの様子を真摯な面持ちで見守るティア。
     先に沈黙を破ったのはアッシュの方だった。

    「これは……お前が作ったのか?」
    「え? ええ、そうよ」

     こくりと頷くティア。
     皿に目を落としたままアッシュが穏やかに言った。

    「ヴァンの味に似てるな」
     アイスブルーの瞳が驚きに見開かれた。
    「貴方、兄さんの手料理を口にしたことがあるの?」
    「俺の剣と料理の師匠はヴァンだからな」

     納得した表情となって口元を綻ばせるティア。心に温かいものが広がる。
     ──同じね。
     時折り、不器用に表に現れる気遣いと優しさ。
     それは、姿を見せようとしないもう一人の彼を思い起こさせた。

    「そうじゃないかと思った。……貴方の作ったシチューも、兄さんの味と似ていたから」

     譜歌も料理も。
     生きるために必要なことは全て、初めは兄さんが教えてくれた──


     不意に生まれ出た共感《シンパシー》に、ティアとアッシュの間にある空気が和らいだ。
     脳裏に蘇る、異なる場所、遠い、幼かった日の、いつかの夜。
     野営の焚き火。揺らめく炎に煙の匂い。鍋代わりの缶から立ち昇る湯気、手渡された熱いスープの香り。
     深く胸底に響く、落ち着いた低い声。逞しい体躯に大きな掌《てのひら》、マントの温もり。
     甘えは許されなかった。だけど。
     魔物の徘徊するどんなに昏く深い闇の中にあっても──
     その声で名を呼ばれるだけで、傍に寄り添うだけで絶対に大丈夫だと安心できた。


     脳内で羨ましげな呟きが聞こえた。


    (ちぇっ、いいよな二人とも。俺も師匠《せんせい》に料理を習いたかったなァ)
     そうすりゃ、俺の飯だって少しはマシに……
    (ふん、どうだか。屋敷にいた頃のお前にそんな余裕があったか疑問だな)

     ぼやく声を一蹴すると、アッシュはナプキンで指先を拭った。

    「ヴァンらしいな。どんな時でも食事はとれ。生きたいと思う気持ちを忘れるな。諦めるな。強くなれ。俺が最初に奴に叩き込まれた教えはそれだった」

     どんな窮地にあっても、生き抜けと──

     懐かしげに笑みを深めると、ティアは目を伏せた。

    「私たちは料理に関しては兄妹弟子ってわけね。──ありがとう。私の他に、兄さんのことをそんな風に覚えてくれている人がいたなんて……思わなかった」
     哀しげに浮かんだその微笑に、見通すような眼差しを向けるアッシュ。
     ヴァンの名は、今や、レプリカを大量に造り出しオールドラント中を混乱に陥れた大罪人として認知されている。そのヴァンを倒し、世界を救った英雄の一人と称えられてはいても、一方ではヴァンの妹としてティアが人々からの謗りを受ける場面もあったろうことは想像に難くなかった。
     ……いや。それ以上に彼女を苦しめ続けているのは、理不尽な理想に最愛の兄を奪われ、信じて敬愛していた大切な人に裏切られ捨てられたことにあるのではないか。
     その点についちゃ境遇は俺も同じだが。

     ルークがぽつりと呟いた。
    (2年経っても……ティアの心の傷はまだ癒されていないんだな)
     そっけなく答えが返る。
    (そう思うのなら慰めてやったらどうだ? 俺の方はいつでもお前と代わってやって構わねえんだぞ)
    (えっ! お、俺は今は出るわけにはいかねーって! 大体そんな簡単に出たり引っ込んだりできたら苦労はしねえよ。アッシュの負担になるしティアだって混乱するだろ? アッシュが慰めてくれたらいいじゃん)
    (てめぇ、いい加減にしやがれ。チーグルの時といい、いつまで俺にお前の代わりをさせるつもりだ)
    (頼むよアッシュ~~)
    (ちっ)

     どのみちヴァンの妹には借りがある。

     アッシュは重々しく言った。

    「そういえば、まだ礼を言ってなかったな。お前には二度助けられた。感謝している」
    「二度?」
     ティアはきょとんとした表情で首を傾げた。
    「今度の災難はお前に持たされたグミとボトルのおかげで切り抜けられたといっていい。それに、お前の譜歌がなければ、……俺はこっちに戻って来られなかったからな」

     「俺たち」と言いそうになった言葉をアッシュは辛うじて飲み込んだ。くそ、なんで俺がこいつに気を使ってやらなきゃなんねえんだ?
     
    (ありがとう、アッシュ……)
    (うるせぇ!)

     ティアはしゅんと小さくなると小声で言った。
    「ごめんなさい。結果はそうだったかもしれないけど、私の不用意な行動が貴方の命を危うくしてしまったのも事実だわ」

     これくらいは言っておいた方がいいだろう。
     ゆっくりとアッシュは言った。

    「俺の、というよりはあいつの、だな」
    「ルークの? それはどういう意味なの?」

    (ちょっ! 何を言い出すんだよアッシュ!)
    (お前は引っ込んでろ屑が)

     焦って狼狽える声にはとりあわず、翡翠の瞳が懸念に揺れる蒼い瞳を射抜いた。

    「あいつのフォニムはまだ安定していない。あいつの存在を繋ぎ止めているのはローレライの剣の力だ。大譜歌は剣の力を覚醒させるがあいつの意志次第では逆効果になることもある。当分は俺の前で譜歌を歌うのはやめておいた方が無難だ」

     俺たちが譜歌を必要とする日もあるかもしれないが、今はまだその時じゃない。
     生きて、戻ると。あいつの意志がはっきり固まるのを待つんだな。

     ティアの目に理解の光が浮かんだ。
    「ルークは迷っているのね……ええ、勿論よ。待つわ。1年でも10年でも100年でも」

    (いくらなんでも100年は長すぎだろ)
    (言葉の綾だ。お前もいいかげん腹を決めろ)

     ──忘れるな。俺たちに残された時間は多くない──

     顔が上げられるのと同時に淡い栗色の髪が揺れ、優しく言葉が続いた。

    「ふふ、貴方とこんな風に話をすることになるなんて、不思議ね」
    「お互い直に関わりを持つ事もなかったからな」
    「そうね。関わりといえるのは兄さんとルークくらいだったもの」

     窓の外、空を見上げたティアの眼差しが遠くなる。

    「今でも心の何処かで信じられないの。ううん、信じたくないだけかもしれない。あの優しかった兄さんがどうしてあんなことをしたのか……ちゃんと現実は直視しないといけないって、わかっているのにね」
    「あいつは……」

     一瞬、言い淀む。アッシュは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

    「信じられない、か。案外とその考えで合っているのかもしれないぞ」
    「どういうこと?」
    (アッシュ?)

     訝しげに問い返す外からと中からの声に。
     アッシュは静かに答えた。

    「ヴァンには世界がこうなることが初めからわかっていたんじゃないかってことさ。オールドラントが存続することも。……あいつ自身が死ぬことも」
    「初めからって、まさか……」

     シューッ!

    「その話、俺も参加させてもらっていいか? ──丁度いい機会だ。ヴァンについてはいつか話を整理してけじめをつけたいと思っていたんだ」

     扉が開くと同時に、やや張り詰めた面持ちでガイが入ってきた。
     真剣な眼差しが翡翠の目を捉えた。

    「奴のことは俺も完全に納得がいってないんだ。あの頃、ヴァンの身近に一番長くいたのはお前だ。差支えなければ、お前の知っていること、考えていることを聞かせてもらえないか、アッシュ?」




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