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    Missing half 6



     腰まで届く長い髪に、ふとアクゼリュス崩落以前にみた彼の姿が思い出された。
     だが、向けられた儚げな微笑みは、長髪だった頃の彼が持っていたやんちゃな少年らしい笑顔ではなく、短髪となった彼の、耐えがたい罪と苦痛と悲哀を知った者のそれであって。 

    「本当に……悪い子ですね。皆が貴方を待っていたのは分かっていたでしょうに」
    「──うん。本当に、ごめん」

     白い病衣を纏った体がわずかに揺らいだのを、ジェイドは見逃さなかった。
     床に倒れ込む前に ”ルーク” の体を抱き支える。

    「話はベッドに戻ってからにしましょう。フォニムの乖離はひとまず避けられましたが、予断を許さない容体であるのに変わりはありません。貴方のその体はアッシュの体でもあるのを忘れてはいけませんよ」

     翡翠の瞳が見開かれ、素直に首肯が返された。
     ジェイドに付き添われて再び寝台に横たわると、ルークは病室の天井を見上げた。記憶にあるのと同じ格子模様。無機質な灰白色の壁。微かに漂う薬品の臭い。

    「ここは、音機関研究所なんだな」
    「ええ。魔物を退けるために超振動を使った後、貴方がたは音素乖離を起こしかけて意識を失っていたんですよ。南ルグニカを移動中だった新型タルタロスが運よく合流できたので。ガイの部隊を拾ったその足でベルケンドに貴方を搬送したというわけです。……私の話が分かりますか?」
     ゆるく笑みが浮かんだ。
    「だいたい分かるよ。俺も、アッシュの中で、アッシュと一緒に外の世界を見ていたしさ」
     たたみ込むジェイド。
    「いつからです? タタル渓谷の夜から?」
     諦めたように、目が閉じられた。
    「うん。タタル渓谷で目が覚めた最初から。みんなの様子を……ずっと見てた」

     存在しない者として、自分を殺して?
     一体、どんな思いで──

     さらりとした手のひらの感触を額に感じる。ジェイドの手が体温を確かめるように静かに額に当てられ、そして離れていった。
     ルークが目を開けると、寝台の際に端居する譜眼の主の真摯な眼差しと視線がかちあった。

    「貴方が隠れ遊びを得意とするのはガイから聞いてはいましたが、ようやく分かりましたよ。なぜ、姿を見せてくれなかったのです? ──アッシュを守るために、ですか?」

     一瞬声を失い、切実な想いを込めて翠の双眸が細められる。
     その目に肯定の光が浮かぶのを、ジェイドは見てとった。

    「俺、どうしたらいいのか分からないんだ。このままだとアッシュが死んでしまう。助けてほしいんだ、ジェイド」
    「まあ、落ち着きなさい。とりあえず、今日明日にもアッシュが死ぬということはありませんから。まずは貴方の事情を伺いましょう。……話してくれますね、ルーク」

     沈黙の後、苦しげに言葉が発せられた。

    「アッシュが起きてくれないんだ。俺に身体を預けた後、呼んでも返事がない」
    「貴方とアッシュの意識はフォンスロットで繋がっているのですか?」

     ジェイドの質問にルークは頷いた。

    「そうだと思う。俺の身体はもうないけれど、『俺』っていう意識はあって、前にアッシュが繋いでくれていた時みたいにアッシュの見たり感じたりしてることも分かるし、俺の方からアッシュに話しかけることもできる……いや、できたんだ」
     それが、何の答えもない。それどころか、あいつのフォニムまでがどんどん身体から流れ出て、力を失っていってる気がする。
    「返事がないといっても、回線を閉じているわけでもなさそうですね。でないと貴方がそうしていられるはずがない」
     レプリカがオリジナルの身体を支配できるはずが。

     辛そうに眉根が寄せられ、固く目が閉じられた。

    「こうなるのが怖かったんだ。俺が出てきてしまったらアッシュが消えてしまうんじゃないかって。またあいつの居場所を奪ってしまうんじゃないかって。消えなくちゃならないのは俺の方だ。それなのに、」
     嗚咽を堪えるような声で、やっと言葉が喉から絞り出された。
    「アッシュが手を放してくれないんだ。このままだと俺と一緒にアッシュまでが消えてしまう」

     なだめるようにジェイドは口を添えた。

    「アッシュの音素量は確かに一時は危ない状態にまで落ち込んでいましたが、相当量のフォニムを投与しましたし今のところ生命に別状はありませんよ。このまま治療を続ければきっと持ち直します。しばらく入院の必要はありますがね。そうすると……貴方を留めておくことで、やはりアッシュのフォニム流出は続いているのですか?」

     絶望を含んだ眼差しがジェイドを見つめた。

    「アッシュが回線を開きっぱなしにしているせいだと思う……アッシュは無意識にしてるみたいだけど。何度も接続を切ろうとしてみたんだ。でも俺の方からはできなかった。俺がいないと分かったら、俺のことを忘れて切り捨ててくれるかもと思って……話しかけるのもやめて、アッシュから話しかけられても答えないようにしてた。けれど、何も言わなくても、アッシュには分かってしまうんだ」

     俺が、ここにいるってこと。

    「フォンスロットはオリジナルに有利に働きますしね。その様子だと、アッシュはどうしても貴方を引き留めておく覚悟のようですね」
     
     ルークはシーツに顔を埋めた。

    「アクゼリュスの後、初めてアッシュの中に入れてもらった時、あいつは、オリジナルはレプリカの体を操れるけどお前にはできないだろうって俺を嗤ったんだ」
     俺がこうして……アッシュの体を自由に動かせているのは、あいつが俺にそれを許してくれているから。
    「不安なんだ。アッシュは、記憶も身体も何もかも俺に明け渡して、自分はもう出てこないつもりなんじゃないかって」
     ルークの言葉に、反応するジェイド。

    「記憶も? それはアッシュ自身の記憶ですか?」
    「──ああ。こっちに戻ってからの記憶は別だけど。それで、本当に分かったんだ。俺がみんなに守られて屋敷で過ごしてきた7年間、どんな思いでアッシュが生きてきたか」

     たった一人で、痛みに耐えて
     戦って、戦って……
     最後まで、一人で戦わせて、一人で死なせてしまった
     
     ジェイドの声が耳に響いた。

    「一つの体に存在できるのが一人だけであるならば……アッシュ自身が望むのであれば、それが貴方であっても構わないのではありませんか?」
     怒りに燃える瞳。
    「いいわけないだろう! そんなこと言うなよジェイド! 俺がそんな風に思うわけがないじゃないか!」

     荒く息を継ぐと、強い決意のこもった眼差しがジェイドを貫いた。

    「アッシュは絶対に死んじゃいけないんだ。アッシュを犠牲にするくらいなら俺は絶対に戻らない。それだけは絶対に嫌だ」

     アッシュが消えるのなら、俺も一緒に消えた方がいいよ

     死霊使いは深くため息を吐いた。
    「同じようなことを、恐らくアッシュの方も考えているのでしょうね。そうやって譲り合って、貴方がたは共倒れになるつもりですか」

     沈黙が降りた。
     ジェイドの手が枕元に伸ばされ、そっと少年の額に触れ、そのまま上に向かって柔らかな赤い髪をゆっくりと撫ではじめる。
     全ての優しさを拒絶するかのように身をよじってその手から逃れると、少年は壁側へと向かって体位を変えた。
     背中越しに、ぽつりと言葉がもれた。 
     
    「ジェイド、俺がアッシュの中にこうしていることは皆には言わないでいてくれないか」
    「それは……貴方がいずれ消えてしまう身だからですか?」
     咎める調子の一切ない、淡々としたその声に、それでもぴくりと肩が反応した。
    「二度も悲しい思いをさせたくないんだ。ティアにも、ガイにも、ナタリアにも、アニスにも、ミュウにも。母上や父上にも。みんなが俺がいなくなったのを悲しんでくれたのは嬉しかったけど、辛かった。そのう……ジェイドには、悪かったけど」
     笑いを含んだ言葉が返る。
    「私は冷たいですからね」
    「そんなこと、思っちゃいない! 頼むから……自分のこと、そんな風に言うなよ」

     いつもと変わらぬ平静な面差しに、ベッドから涙に濡れた顔が向けられた。
     からりと微笑すると、ジェイドは眼鏡を直した。 

    「すみません。私としては役得だったと思っていますよ。貴方がそう言うなら黙っていてさしあげますが……」
     真顔になって言う。
    「ですが、貴方はひとつ、いえ、ふたつの勘違いをしています」
    「なにを?」

     訝しげに揺れる翠の瞳を、赤い譜眼がじっと見据えた。

    「ひとつは──結果的に、再び貴方を失うことになったとしても。何も知らされずに言葉すら交せずに失ってしまうよりは」

     どんなに辛くとも短くとも、もう一度貴方と同じ時を共に過ごしたいと──
     貴方を大切に想う全ての人たちが、きっとそう願うと思いますよ。
     ガイもティアもナタリアもアニスもミュウも私も──そして、アッシュも。

    「…………」
    「貴方が表に出ればアッシュが表舞台から退くことになりますし、あまり無理は言えませんが。期待するのは私たちの勝手ですからね。半分くらいは許されるでしょう」

     困ったように目を伏せると、ルークは呟いた。
    「考えてみるよ」
     ジェイドは微笑んだ。
    「ま、今の状態では、最上の返事でしょうね。もう一つは」
     心なしかレンズ越しに譜眼の光が和らいだ気がした。

    「アッシュが残るか、貴方が残るか、二人とも消えるか。選択肢はその3つだけではありません」

     『二人とも生き残る』という4つ目の道があることを忘れないでいてください。

    「そんな方法があるのか?」
     思ってもみなかった可能性を示され、当惑した顔がジェイドに向けられた。
     ジェイドの声が優しく答えた。
    「今はまだわかりません。しかし、望まなければ、願いが叶うことはないでしょう。私たちは『貴方とアッシュの二人が揃って生きて帰ること』をまだ諦めてはいません」

     だから、どうか
     貴方も諦めないで
     
     これが他の人間が言ったのなら、単なる慰めともとれたかもしれない。
     だが、ジェイドが言うのなら、道はあると信じられた。
     ジェイドが言うのなら、可能性は0ではないのだ。
     混乱した心持ちのまま、戸惑いつつもルークは頷いた。

    「うん。4つめの道なんて皆目見当もつかないけれど……諦めないで探してみるよ」
     ジェイドは微笑した。
    「貴方たちは時に私の想定外のことをやってくれますからね。期待していますよ」
    「ちぇッ。無茶言うなよ」

     それには、まずアッシュを取り戻さないと。
     ルークは目を伏せた。

    「……アッシュは、大丈夫かな」
     ジェイドは表情を引き締めた。
    「アッシュですが……答えがないということは、貴方がそうしていたように聞こえていても黙っているのか、フォニムの極端な減少が引き金となってアッシュ自身の意志が希薄になっているかのどちらかでしょう。後者だとまずい状態ですね。フォンスロットは開いているようですし、なんとか彼の意識を刺激して早めに起こした方がいいと思います」

     貴方なら、きっと彼を捕まえられますよ。

     心を決めると、ルークは大きく息を吐いた。
    「俺、アッシュを探しにいってくるよ」


     ありがとう、ジェイド


     ルークの瞼が落ちていく。
     眠りにつこうとする顔を見守りながら、ジェイドはそっと言った。

    「ルーク」
    「なに?」


     次に会うときには、きちんと『ただいま』と言って帰ってきてくださいよ


     微かに笑って首を横に振ると、ルークは目を閉じた。
     ごめん、その約束はできないって。

     体中の力が抜けていくような、頭の芯が痺れるような、深い眠りの底に引き込まれる感覚に意識を委ねながら、ルークは呟いた。これだけは言っておかないと。

    「──ジェイド。アッシュのこと、頼むな。もしも一人しか残れないのがはっきりしたら……あいつを説得してくれ」


     残るべきなのはオリジナルの方だって


    「ッ!」


     返事を待たず、再び意識を失った少年を前に。
     言葉を失ったまま、ジェイドは目の前の白い顔を見つめた。
     ルーク、貴方は。

     ……それが言いたくて、私の前に姿を現したのですか。

     苦い記憶が心を軋ませた。


     ──思い知らされるのは、こんな時だ。
     やってしまった事も、口から出してしまった言葉も、後から気づいても取り返しはつかないのだと。しかも、どんなにその責任を取りたくとも、その代償を払うのは自分ではない他の誰かなのだ。
     自分の言葉がルークの心に届くことはないだろうと、ジェイドには分かっていた。そしてルークの意志を変えることのできる人物はこの世にただ一人しか存在しないということも。

    「申し訳ありませんが、私の方もその頼みはきけませんよ」



     それを決められるのは、貴方の被験者だけなのですから





     窓から射し込む柔らかな月光の中、死霊使いは枕元に寄り添った。

     再び目が覚めたとき、言葉を交わすのはどちらのルークだろうか。
     ──どちらでもいい。
     ルークもアッシュも。
     二人ともそこに「いて」くれさえしたら、望みはまだ繋がれるのだ。


     このままいなくなってしまうのだけは勘弁してくださいよと。
     指先で緋色の前髪を梳き、頬についた涙の跡を濡れた布で拭うと、溜息混じりにジェイドは思った。









     アッシュ!
     起きろ! 頼むから目を覚ましてくれ、アッシュ!



     うるせェ……
     俺の頭ん中で騒ぐな屑め





     起きたくなんぞなかったが、レプリカがあんまりしつこく俺を呼ぶので、俺は重いまぶたをゆっくりと上げた。白灰色の世界がぼんやりと視界に広がる。やっと焦点があった。
     目の前に、あいつがいて……両手両膝をついて俺を覗き込んでいた。目玉が溶けそうなほどぐちゃぐちゃに泣いてやがる。どこかでみたか?
     似たような顔で泣いているチーグルの顔が脳裏をよぎった。

     チーグルがチーグルなら主人も主人だぜ……

     虚脱感がひどい。背中に刺さった剣を抜く気力も最早なかった。体内の血が全て流れ出てしまったのだろう。全身が鉛のように重くて冷え切っている。指一本動かせないし動かす気にもなれない。
     俺はこれから死ぬのだ。
     身動きできないのも当然だった。  

     俺は、涙に濡れたレプリカの顔を見つめた。死の間際になって、俺のために泣いてくれる人間がいたということ自体に悪い気はしなかった。それがこいつだったというのは不本意で意外だったが。なぜレプリカが俺のために泣く必要がある?
     不思議な感情が胸に満ちた。

     レプリカに名前も居場所も奪われて生きるしかなかった、血と汚辱に塗れた7年間。自分の胸に穿たれた空虚な穴を埋めようと、あるいは認めまいとして、必死に生きてきた。
     だが、死にゆこうとする今になって、ようやく分かった。
     悔しいがレプリカの言う通りだ。
     俺は、俺だ。
     全く割に合わない面白くもない短い人生だったが、俺は俺として精一杯生きた。俺のプライドと全存在に賭けて、その事についちゃ誰のどんな異論も認めねえ。
     それに、俺は何も残せず無意味に死ぬんじゃない。俺が死んでもレプリカがいる。俺のフォニムと意志を継いでくれる存在。出会った頃のやつの出来損ないぶりには、アレが俺かと酷く失望したもんだが……今のこいつになら後を任せられる。なにせこの俺を倒したんだからな。
    きっと必ず、ヴァンを倒してローレライを解放してくれるはずだ。


     もう思い残すことはない。


     再び俺は目を閉じた。
     薄れてゆくフォニムを感じる。俺の中に渦巻いていた苛立ちは、きれいさっぱりと消えていた。俺のフォニムはルークへと流れ込んで、俺の想いも生きた証も、やつの礎となってレプリカの中で生きる。それでいい。
     ふいに、おかしさが込み上げてきた。
     まさか、この俺が。レプリカがいて良かったと本気で思う日が来ようとはな。ありえねえ。


     受け取れ、ルーク。
     俺の全てはお前にくれてやる。
     俺の代わりにしっかりと生きやがれ、レプリカ──







     フォニムの流れをたどってルークがアッシュを見つけた時、真っ先に目に入ったのは深紅の赤だった。
     仄明るい白の世界。ここは……エルドラント?
     白い柱に一人の男が凭れかかっている。バラバラに乱れた長い深紅の髪。
     男を中心に床に広がる……深紅の血溜まり。


    「アッシュ……ッ!!!」


     何度も何度も名前を呼んだ。
     ようやく目を開けたアッシュの見せた表情に胸を衝かれる。見慣れた眉間の皺もなく、かつて見せたことのない穏やかな眼差しでアッシュはルークを見つめていたが、やがて口の端に笑みを浮かべると再び目を閉じてしまった。

    「目を覚ませよ! 笑って死にかけてんじゃねぇ! 必ず生き残るって俺と……」

     アッシュを貫いていた剣を抜いてその身体を掻き抱くと、血溜まりの中でルークは泣いた。そうだ、最後の別れの時。約束しろって言ったけど、アッシュは返事をしなかった。アッシュは守れない約束はしない男だったから。

     俺は大馬鹿野郎だ。死を賭したアッシュの覚悟に全然気づいてなかった。
     気づいてやれなかったことは他にも沢山あった。
     どんなに辛くとも、弱味をさらけ出す自分が許せなくて、誰にも言わずに一人で抱え込んでいた意地っ張りの頑固者。
     アッシュの記憶を共有する今ならわかる。

     俺が屋敷にいた7年間も。
     アッシュがフォニムの乖離に苦しんでいた時期も。
     何も知らずに、俺は。シェリダンでイエモンさんたちが死んだ時も、事情も知らずに、なんでこんな時にいないんだってアッシュを責めて。
     それなのに。こんな馬鹿な俺のことを、いつだって躊躇なくあいつは助けてくれた。

    「なんでそんな満足そうな顔してんだ。潔すぎんだよ。お前だって死にたいわけじゃないって言ってたじゃないか」

     いつもみたいに怒れよ。レプリカのせいで死ぬのは間違ってるって、理不尽だって文句を言えよ。屑でも馬鹿でも劣化野郎でもいいよ。殴られても胸倉をつかまれてもいい。
     お前には俺を罵る権利がある。

     物言わぬ白い顔に、悲しくて、ただもう悲しくて、ルークはアッシュの身体を固く抱きしめた。


     でも、俺の出来の悪さに、怒って苛立って失望して、俺を見下してはいたけれど。
     アッシュは、口で言うほどには、俺のことを憎んではいなかったんだ──




     壁に背を預けてアッシュの隣に座り込むと、ルークは静寂に満ちた白い世界を眺めた。
     ここはアッシュの心の中なのだろう。あいつの意識はエルドラントで死んだ、あの時で止まってしまっている。
     アッシュが目を覚まさないのなら、何もせずここで朽ちていくのも悪くないかもなと思う。そのうちフォニムが尽きれば、いつかこの世界も終焉の時を迎えるのだろう。
     ひどく疲れていた。
     傍らに眠る赤毛を見やる。アッシュも戦い続けて疲れているのだ。

     償いきれない大きな罪を犯して、それを償いたい一心で必死に生きて、戦って。
     二度自分の命を捨てた。
     お前一人が背負うことはない。もう十分に償ったじゃないかと。ガイなら、ティアなら、ナタリアなら、アニスなら、きっとそういうだろう。
     だけど、泥の海に沈んでいったジョンの、アクゼリュスの、レムの塔で消えていったレプリカたちの姿が脳裏に蘇るたびに、それは甘い考えなのだと思い知らされる。自分の心に嘘はつけない。俺の罪はあまりにも大きすぎて何をしようとも許されない。
     消したくとも消せない過去。周囲を顧みず、他人に自分を認めさせることしか頭になかった、愚かで心ないレプリカ人形だった俺。
     俺は、俺自身を許せない。

     そんな俺にひきかえ、アッシュはどうだろうか。

     バチカルに戻るのに相応しくないほどにまで自分は汚れてしまったと、アッシュはそう思い込んでいるけれど、それは間違っている。アッシュは汚れてなんかいない。アッシュがその手を血で染めたのも、その身に辱めを受けたのも、それはアッシュ自身にはどうすることもできなかったことで。鮮血なんて言われていても、アッシュは、戦場では容赦なかった一方で、奪わずにすむ命を無暗に奪ったことはない。止むにやまれず剣を振るった時も、流した血の分だけアッシュの心も傷つき血を流していた。いつだってあいつは誇り高く自分の責任や為すべきことから逃げようとはしなかった。

     俺は、アッシュのレプリカで幸せだった。

     俺はお前に憧れていた。憎まれ口もずいぶんと叩いたけれど、お前の生き方を尊敬してた。お前に認めてもらえる人間になりたかった。たぶん、心の底ではお前のことが好きだったんだと思う。
     レプリカだからオリジナルだからっていうんじゃない。そんなことは抜きにして。俺はただ、お前に生きていて欲しい。それだけなんだ。
     だから、お願いだ。

     ──目を覚ましてくれよ、アッシュ──




     どれほど時が経ったのか。
     天上から微かに聞こえてくる澄んだ歌声に、ルークは頭を上げた。



     トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ
     クロア リゥオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ




     大譜歌?




     ティアが歌ってくれているんだ──戻ってこいって。
     懐かしさに涙が滲んでくる。


     ごめん、ティア。待っててくれているのに。
     俺、このままじゃ戻れない。アッシュをこんな寂しい場所に一人残して戻るなんて俺にはできないよ。
     それに、もう疲れたんだ。生きていくのが辛いんだ。アッシュがいない世界で、罪を抱えて生きていくなんて、苦しすぎて俺にはできない。


     ふいに、ルークは気づいた。
     何かを抱えている。
     両手に剣がある。これは……ローレライの剣?
     譜歌に反応して、剣が姿を現したのか?


     突然、稲妻のようにルークの心に一つの道が閃いた。
     そうだ、俺のフォニムはローレライの剣の力で保たれているんじゃなかったのか?
     ならば、剣がなければどうなる?


     俺が消えれば、アッシュは──
     

     大譜歌の助けがある今ならできるかもしれない。
     ルークはローレライの剣を頭上に振りかぶると、勢いよく満身の力を込めて地に叩きつけた。耳を衝く金属音。烈しい衝撃に腕が痺れると同時に刀身にひびが走る。
     
    「ぐはぁ……あぁッ……」

     全身に激痛が駆け巡り、たまらず膝をつき、剣を支えに半ば地に倒れ込む。
     剣から、ルークから奔流のように溢れ出すフォニム。
     かすんでいく意識を繋ぎ止めようと、ルークは気力を振り絞った。
     あと一撃。もう一度、剣を振りおろせば──


     譜歌が途絶えた。
     誰かの手が剣を奪い取ると、ルークを突き飛ばして地にねじ伏せた。
     響き渡る怒声。


    「この、大馬鹿野郎があッ!!! 何をしてるか分かっててやってるのか、この屑が!」


     怒りと焦燥に揺れる翠の双眸を認めると、それに向かってルークは嬉しそうに微笑みかけた。安心した反動で、意識が遠のく。


     あァ、やっぱりアッシュはこうでなくちゃな


     アッシュの両腕に強く抱きしめられる。 
     満ちてくる熱いフォニムの流れを体中に感じながら、ルークは再び深い眠りの底に引き込まれていった。 





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