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    Party(後編)



     ──進捗率94%……

     アンリ・レジャンには、君は甘すぎると長々説教をかまされたけれど、最悪の事態を想定した彼の助言は傾聴に値すると思った。
     クリスティンには、励ましの言葉と一緒にぎゅーされて、胸の谷間で楽々クリア。彼女が最後で良かった。おかげでぐっと明るい前向きな気持ちでラストステージに挑める。

     これで、四千年分の記憶については、ほぼチェックを完了した。一度は通ったことのある攻略済のルートだ。勝算はあったし、精神が崩壊してしまわないよう慎重に、覚悟を決めて臨んだ試練ではあったけれども……何十回も死んだり、ピーな事をされたりしたりする苦痛をまとめて再体験させられるのはもう願い下げにしたいなと、疲れきった心を抱えて僕は思った。

     大の字になって寝転んだまま、天窓を見上げる。青い光が絶え間なく僕を癒すように降り注いでいた。渋谷有利というこの光の導きがなければ……きっと、僕は混乱と《他者の》絶望の闇との狭間で、自分を見失っていた。到底ここまで来ることはできなかっただろう。


     ──あとはジェネウスと「彼」だけだ。


     とはいえ、ジェネウスに対しては何か策があるわけでもない。彼は僕を激しく妬み、憎んでいる。彼の境遇や僕が彼に対して容赦しなかった事情を考え合わせれば、憎まれても当然だよねと、僕自身がそう思う。この魂の中にある、最も幸福な存在であるこの僕が、最も不幸な存在ともいえる彼に対してかけることのできる言葉など、一体なにがあるだろうか?

     僕は、ジェネウスを見た。
     彼の魂は、僕たちの魂に重なってはいるものの、完全に同化しきってはいない。心と魂は正直だ。二つの魂は互いに互いを異物とみなして反発し合っている。僕たちは互いに相手を嫌って本心では一つになることを拒んでいるのだ。
     そして、目を凝らせば……
     歪な形となって揺らぐ魂、その中には……赤黒くスパークする禍々しい光の欠片が見え隠れしていた。かつては禁忌の箱に、眞王の魂の内に封じ込められていた最凶の災厄。なにせ四千年の付き合いだ。僕が見間違うわけがない。アレは災厄の萌芽……創主の元となるモノに他ならなかった。

     アレを生み出してしまったのは、僕だ。
     アレだけは、絶対に外へ出すわけにはいかない。

     無言でいる僕に、彼は刺すような笑みを向けてきた。 

    「皮肉なものですね。四千年にも渡って、魂の所有者を悉く不幸にしてまで、ようやく創主を滅ぼすことができたというのに。その大賢者自身が、消滅させたと思った災厄を再び自らの内に創り出してしまうとは」
    「……そうだね。それについては返す言葉もないよ。君をそんな風にしてしまったのは、僕の責任だから」

     ジェネウスは笑みを消すと、憎悪のこもった視線で僕を見た。冷静にその視線を受け止める、僕のそんなクールな態度も彼の気に障るんだろうなと頭の片隅で思いながらも、これが僕なんだから仕方がないと、胸の内で溜息をついた。

    「以前、貴方と眞王陛下は、私を《心無い人形》《モノ》としか見ていなかった」
    「……ああ、否定しないよ。それを切欠に、君の中にあった眞王への愛情、というか既に妄執となっていたようだけど、それが憎悪に転化。同時に僕への嫉妬心と憎しみが極限まで増大して、その膨れ上がった怨念を糧に創主の種が生み出されてしまった。アラゾンが君を作らなかったらそもそも君は存在しなかっただろうし、サラレギーが君に神剣の力を与えなかったら君が創主に転化することもなかったろうし、全く不運が重なっちゃったなァ、というのは言い訳だけどね。でも、大本の原因は、君の魂に創主の種を蒔いてしまった僕の行動にある。それは自覚しているつもりだよ」

     ジェネウスは嗤った。
    「それで、貴方はどうするのですか、双黒の大賢者?」
     僕はゆっくりと小さく首を振った。
    「何もしないよ。正直言って、どうしたらいいのか分からないんだ。君に謝ってすむ問題でもないしね。それに、君のことは気の毒だとは思うけれど、村田健としては、君のしてきた行いの全てを許す気にはなれない。一片の親しみもなく君は僕を憎んでいるし、僕は君を本心から許せていない。その辺りが、僕たちの相容れない要因となっているんだろうね」
     希望の欠片も見えない暗い眼差しが僕を睨んだ。
    「許すこともできずに私を飼い殺しにするくらいなら、創主ごと私の魂を砕いてしまえばよいものを」
     僕は彼を見た。一瞬、痛ましげな表情になったかもしれない。
    「そうして欲しいの?」
     彼は、狂ったようにくつくつと嗤い出した。
    「……いっそ消えた方が楽になれてよいかもしれませんね。よく分からない人だ。貴方が幸せになるには私の存在自体が邪魔なのでしょう?ならば、私の魂などさっさと消滅させるか貴方の魂から切り離してしまえば済むことではありませんか」

     僕は軽く微笑むと、ジェネウスに答えた。

    「そうしてもう一度、何処かの秘密の小部屋に、君の魂と記憶を閉じ込めるの?二千年前に、オリジナルのジェネウスがしたように?ダメだよ。そんなことをしたら……また、君を利用しようとする邪な誰かの手で、君は今度こそ創主になり果ててしまうかもしれない」
     これについてはアンリ・レジャンの助言に一票だ。隠したからといって、永久にジェネウスの魂が悪用されない保障など何処にもない。じっさい、アラゾンは秘密の小部屋を見つけ出したんじゃなかったのか?
    「それに、自己保身を望むだけの身勝手な動機で君を消滅させようとすれば、十中八九、創主は僕に乗り移るだろうね。そんな危険を冒すくらいなら……」
     僕はあっさりと言った。
    「君と一緒に消える方がずっといい。これはまだ種だ。依代となる器がなくなれば、創主は確実に消滅するだろう?」
    「私と心中するつもりですか」
    「他に道がなければね」

     青い光を見上げながら、ぼんやりと思った。
     そうしたら怒るだろうな、渋谷は。
     それでも、自分の蒔いた種は刈りとらなくちゃならない。

     二者選択か……本当に、他に道はあるのだろうか?
     込み上げてきた焦燥感をおし隠すと、僕は付け加えた。

    「多くの人を殺めて、渋谷を苦しめた君の行為は許せないけれど。君がそうしてしまった理由は分かるんだ。今は僕も君の記憶と感情を共有しているからね。君が眞王に対して抱いていた感情は、報われなさすぎて最後には歪んでしまったけれども、その始まりには純粋な本物の愛情があった。君の心の叫びは僕にも届いていた。僕だって君の全てを否定したいわけではないんだ。もっと言えば……」

     気分は最悪なのに、うっすらと笑みがこぼれた。

    「君の魂は渋谷が救った命だからね。君を犠牲にして戻ったら、僕は渋谷に一生顔向けができなくなってしまうよ」
     ジェネウスの顔に、そっけなく苦々しげな笑みが浮かんだ。
    「所詮は紛い物です。貴方の魂さえ助かれば、私の魂のことなど魔王陛下は気にされないと思いますがね」
     僕は静かに言った。
    「他の誰が悲しまなくとも、渋谷は悲しむよ。それに……これは僕自身の拘りでもあるんだ」

     ジェネウスを捨てることも、消すことも、絶対にしない。
     迷いはない。それは彼の魂を手にした最初から決めていたことだ。
     でも、傷ついた彼の魂を癒すすべなど、僕は知らない。
     渋谷なら……、いや。
     たぶん渋谷の力でも癒しきれないのではないかという、そんな確信めいた予感が僕の中にあった。
     創主は、彼の魂の傷口から溢れて出ている。その傷口に手を突っ込んでいるのは僕で、恐らく、それを閉じられるのは穴をこじ開けている僕だけなのだ。
     彼の過去の過ちを許すといえばいいのか?答えはノーだ。口先だけの許しに意味はないし、僕は本心では彼を許せていないのだから。


     体育座りになって、顔を両膝に埋めた。


     堂々巡りだよー行き詰まりだよー袋小路だよー。
     フェルマーの最終定理の方がずっとマシだ(あれはもう証明法が見つかっている)。
     こんな難問、僕に解けるのか?



     濃くなってゆく闇。続く沈黙。
     無限とも思われる時間が、ねっとりと過ぎていく。
     
     やば……このままだとまた闇に呑まれてしまう。
     絶望に取り込まれてしまったら、創主に……………



     と。



     突然、世界が、けぶるような青い光に満ち溢れた。
     このライティングの雰囲気って……スタジアムでナイター観戦してる感じ?
     遠くで、渋谷の歌う声が聞こえてきた。
     歌というか、トランペット?口ペット?


     チャー チャチャチャッチャチャチャチャ チャッチャチャー
     チャー チャチャチャッチャチャチャチャ チャッチャチャー


     ライオンズの応援歌。散々聞かされたからイントロでわかる。
     ちょっ、この場面で?この選曲?渋谷ってば……

     空気読み過ぎ。

     笑いを堪えきれずに、僕は小さく吹きだした。
     助かった。おかげで心がすっかり明るくなったよ。

     球場で聞くよりはスローぺースの歌声だけど、よく聞かされたせいで、トランペットも太鼓も手拍子も、勝手に脳内で補完再生されてしまう。
     チャーチャチャチャチャーチャーチャー、と。
     イントロが終わると、歌はそのまま選手応援歌へなだれ込んだ。


     ♪勝利に向かって 進め今こそー
      生み出せー(チャチャチャチャ!)
      チャンスをー(チャチャチャチャ!)
      いざムラケン~♪

     ♪ラーラララー ラーラララーラー
      ラーラララー ラーララー♪

      む・ら・た!!

     ♪走れ村田ー さあ一歩踏み出してー
      そのときをつかめ~♪


     ……うわあ。ちょー恥ずかしくて僕悶え死にそう。


     よくもまあ、選手全員の応援歌を覚えているもんだ。
     好きこそなんとやら。
     選手の名前が入るところが、僕の名前だってところに脱力するけど。
     ムラケン村田村田健と、そんなに連呼しなくても……


     気づけば、唖然とした表情で、ジェネウスが歌に聞き入っていた。
     そりゃ、初めて耳にする地球の歌が球団の応援歌じゃ、カルチャーショックも受けるよね。


    「……なんですかこれは?」
    「渋谷が歌っているんだよ。彼の好きな野球チームの応援歌を替え歌にしてね。あーあ、人がシリアスに悩んでるっていうのに、こんなの聞かされちゃ地球で渋谷と一緒に野球観戦してる気分になっちゃうじゃないか」
     第一印象を一言どうぞ。
    「意味不明の歌ですね」

     うん、僕もそう思う。

    「気にしないで。僕にだってわからないから」
     ジェネウスはなんとか歌詞の意味を理解しようとしているようだった。
     適当に聞き流せばよいのに。もー生真面目なんだから。
     当惑する異世界人に構わず、選手ごとに調子を変えて、応援歌メドレーはどんどん続いた。

     ♪Let’s Go!ホームを狙え~♪

    「……ッ!?」

     ♪Let’s Go!ジェネウス~♪

     驚愕して固まるジェネウス。
     やってくれたね、渋谷♪ だめ、可笑しくて僕もう死にそうだよ。

     平静を装ってはいるけど、かなり動揺してるよね、彼。
     黙り込むジェネウスの中で、疑念と戸惑いが渦巻いているのが手に取るように分かった。

    「……なぜ、魔王陛下の歌に私の名前がでてくるのですか?」
     くつくつと笑いをかみ殺しながら僕は答えた。
    「君のことも応援してるんじゃない?全く渋谷らしいというか。外国人選手のパートは君の名前にすることにしたみたいだね」
     理解不能な展開に硬直したまま、ジェネウスがぼそりと呟くのが聞こえた。
    「魔王陛下は戦事を好まぬ方と思っていましたが……結構物騒なことを仰ってますね」
    「ただの景気づけなんだって。あ、ストレートに想像はしないでよ?本当に切ったり燃やしたりするわけじゃないからね、安心して。こーゆーのは難しく考えちゃいけない。がんばれ応援してるよーって気持ちが、君に伝わればオッケーなんだ。ノリと勢いで聞くの。勢いで」
    「そういうものですか」

     そのまま、僕たち二人は無言で渋谷の応援歌に耳を傾けていた。
     ジェネウスの方を、そっと盗み見る。
     心なしかジェネウスの表情が柔らかくなったように見えるのは、きっと僕の気のせいじゃないと思った。

     選手応援歌が一巡すると、代打のテーマと続き、さらに曲調が変わった。
     チャンステーマだ。
     ♪光輝く~日はまた昇る~♪は、どちらかといえば渋谷のイメージの歌だと思う。

     チャンテ2の後、チャンテ4、得点時のテーマと歌はいよいよ最高潮に達した。この部分は僕も割と気に入っている。渋谷と違ってファンというほどじゃないけど、ライオンズの応援歌は格好いいよね。獅子が吠え、ムラケンズ連呼、♪one for all、all for one~♪と……歌は終わった。


     訪れる、長い余韻と沈黙。


     同時に、次第に照明が落ちていく。試合終了を告げる合図のように。
     ──いや。


     まさか。


     がばりと立ち上がる。
     ふいに、氷水を浴びせられたように、僕の心は不安に締め付けられた。
     そういえば、これまでに渋谷の声が聞こえてきたことはなかった。「彼」の結界は強力だ。力任せに結界を壊せば、僕の魂まで傷つけてしまう。直感的にそれと気づいて、渋谷は僕を傷つけないよう、細心の注意を払って結界を緩め、辛抱強く力を注いでくれていたと思うのだけれど……。
     結界を越えてこの歌を届けるのに、渋谷は無理をして力を使ったのか?それでなくとも、僕がこの状態になってからかなりの日数が経っているはずだ。


     僕は確信した。
     渋谷はもう限界だ。


     しかし、歌が途絶えた後も、僕を照らす青い光は消えない。ちらつき、弱まってはいても消えようとしない。
     このままだと、そう遠くなく、彼の魔力が尽きてしまうのは確実だった。
     渋谷──
     僕は天窓を見つめた。


     タイムリミットだよ。


     精神を集中し、力を発動させる。
     僕の全身から放出される青白い光が、渋谷の光を巻き込んでいく。僕と渋谷の力が互いに同調し、一つに溶け合い、互いに力を与え合って循環しはじめた。
     共鳴し合い、エクスタシーに満たされていく魔王と大賢者の魂。
     全身全霊を込めて、互いに相手を求めて強く抱き締め合うっていうのは、こんな感じなのかなと、僕は吐息をついた。魂の底から渦巻き湧き上がってくる恍惚感、深い陶酔と一体感を、僕と同じように渋谷も感じているはずだった。泣きたいほどに……
     今、僕は最高に幸せだ。
     これで、渋谷の力は幾分回復するはずだ。しばらくは二人とも持ちこたえられるだろう。だけど僕たちは他から魔力をもらっているわけじゃない。いつまでもこのままではいられない。魔力が枯渇してしまう前に、


     ごめんよ、渋谷。


     同調していた波長を反転させて強引に接続を断ち切ると、刹那。渋谷の驚いた、怒った顔が脳裏を貫いた。

     やめろ!ダメだ、村田~ッ!!!

     聞こえてくる悲痛な叫びに構わず、僕は渋谷を僕の魂から叩き出した。同時に、渋谷が入って来ないように魂に張り巡らせた結界を強め、ピシャリと窓を閉じた。

     音も光もない暗黒の世界で、僕は、光の消えた天窓のあった空間を見つめた。これでいい。
     闇の中で、静かにジェネウスの声だけが聞こえた。

    「それで、よかったのですか?」
    「──うん。何とかなるかもって、渋谷に甘えて先延ばしにしてきたけれど……さすがに限界だったからね。渋谷は自分からは絶対にノックダウンしないだろうから、僕の方からタオルを投げたのさ。僕は渋谷と心中したいわけじゃない。渋谷には、彼を必要とする人が、彼の帰りを待っている人たちが大勢いる。僕は渋谷には幸せになって欲しいんだよ」
    「それでは、貴方の幸せはどこにあるのです?」
     なんの躊躇いもなく、するりと言葉が出た。
    「僕の幸せ?それなら、ここにあるさ」

     僕の手にある、幸せな時の記憶、数々の思い出の光が、闇を照らし出した。

     渋谷に助けられた日。大賢者の記憶を持ってると告った日。渋谷と一緒に街を歩いて、チームの面倒を見て、バイトして、銭湯に行って、アイスを食べて、勉強に付き合って、ゲームをして、草っ原に寝転んで。地の果てを止め、創主を打ち倒し、世の中の理不尽と闘って、眞魔国中を歩いて、お茶を飲んで、笑って泣いて怒ってふざけて。辛い時もあったけれど、渋谷がいたから乗り越えられた。四千年分の記憶を抱えた異質な人間だった僕を、ただのムラケンとして受け入れてくれる友に、命を賭けて護りたいと思える大切な人に、僕は巡り逢えた。

     満足してる。悔いはない。
     
     悔いはないはずなのに──
     あれ?
     どうして僕は泣いているんだろう?

     溢れ出てくる涙を、ごしごしと拭った。拭っても拭っても、涙は溢れ出てくる。
     それでも、迷いはない。
     僕は進む。僕の選ぶべき、僕自身が自ら選んだ、ただ一つの道を。

     ごめん渋谷。
     僕はもう君と野球観戦はできない。眞魔国の行く末を見守ることも。君の元へは戻れないけれど……
     だけど、僕がいなくとも、君を守ってくれる人は、君を愛する人は大勢いるから。
     君はきっと走り続けていけるだろうから。
     たとえ僕の魂が消えてしまっても、村田健の想いは永遠に君の魂の傍にいるから──

     僕の手にあるメモリーが集約され、一つの白い光の玉となる。
     完全な真円を描き、澄み切った冬空に浮かぶ満月の如く、眩いばかりに光り輝く魂。

     僕の魂を、烈しいまでの憧憬の眼差しで、食い入るように見つめるジェネウスの視線を感じた。陶然とした表情で、眩しげに目を細めつつ、ジェネウスが問いを投げかけてきた。

    「なぜ──貴方の魂はそんな風に一筋の歪みもなくいられるのです?貴方にも心残りはあるはずだ。貴方の心は魔王陛下と共に生きることを切望している……それなのに。なぜ、貴方は私を憎まない?運命を呪わない?貴方は己の魂を捨ててまで、それほどまでに世界を守りたいのですか?」
     僕は頭を振った。
    「──違うよ。僕は世界を守りたいんじゃない。渋谷を守るために世界を守りたいんだ」

     彼の生きる未来に、創主は存在してはならない。
     渋谷が創主と戦う姿を見るのは、もう沢山だよ。
     だから、創主との戦いの歴史に、僕は完全に終止符を打つ。
     渋谷を守るためなら、僕は魂だって捨てられるんだ。

     憐れむように僕をじっと見つめると、彼は薄く、奇妙な笑みを浮かべた。
    「大賢者ともあろう者が、愚かなことを……。貴方は自分のこととなると、客観的な判断ができなくなるようですね」
    「何が言いたいの?」
     呆れたようにくすりと笑うジェネウス。
    「この場で貴方の魂が消滅してしまえば、彼は幸せになどなれません。魔王陛下の性格からすれば、貴方の道連れとなるかもしれませんね」
    「……!」
     そんな、……!!
     一瞬、我を忘れて、僕は叫んだ。
    「それじゃあ、僕はどうしたらいい?創主は絶対に外には出さない。君も絶対に捨てない。他に道なんてないんだ!」

     深まる微笑。
    「貴方がする必要はありません」


     私がこうするんですよ


     ジェネウスの両手の中に現れ出る魂。
     揺らめく己の魂を束の間眺め遣ると、ジェネウスは躊躇うことなくそれを握り潰した。
     烈しく光輝きながら、澄んだ音を立てて砕け散る魂。


    「……ジェネウスッ!?」


     ジェネウスの魂に巣食っていた創主が……
     煌々と白く輝きを増してゆく強烈な光に塗り潰され浄化されていく様を、僕は茫然と見つめた。
     ジェネウスの声が、聞こえた。

     貴方のためではありませんよ。あの方には借りがありますからね。
     ユーリ陛下にお伝えください。
     陛下は、何一つ自身の物を持たなかった私に、眞王陛下との幸せな思い出をくださった。 
     だから──今度は、私が陛下に一つ贈り物を差し上げる。貴方の親友をお返しすると。
     
    「待って!待ってよ、ジェネウス!消えちゃダメだ!」

     突如として、解った。理屈やうわべだけじゃなくて本当にだ。
     僕は僕を許せなかったのだ。ジェネウスは僕だ。僕は、彼を自分の魂の一部とみなしていたからこそ許せなかった。
     僕は、はじめから彼を僕の一部だと心底から認めていたんだ。

    「僕の手を取って!」

     薄れゆく光の中で、ジェネウスが苦笑するのが見えた。

     魔王陛下の影響ですか……お人よしな方だ。
     このまま私の存在など消してしまっても良かったのに。
     私の記憶などあっても辛いだけですよ?

     僕は迷いなく言い切った。

     構わない。 
     言ったろう?君は、元々僕の、僕たちの一部なんだって。
     今まで、待たせてしまってごめんよ。


     差し伸べた手が、握り返される。
     手と手が触れあった瞬間、怒涛のように押し寄せる記憶、食い込んでくるような激痛に頭の中が真っ白になる。烈しい衝撃に波打つ魂。




     ──嵐が過ぎ去って、心が凪いだ。
     両手の中で、僕たちの魂の放つ光が、仄明るく静かに闇を照らし出していた。

     聞こえるかい?感じるかい、ジェネウス?
     今度こそ。僕たちは、いま本当に、一つとなった。

     僕は、僕の魂ごと、彼を胸に抱き寄せた。



     おかえり、ジェネウス
     ようこそ、君の魂の故郷へ──







     「彼」は開いた扉の前に腰を下ろしていた。



     長い黒髪。理知的な光を湛えた黒い瞳。
     ジェネウス……ではなくて、こっちは初代オリジナルの方だ。
     優しげな容貌に騙されてはいけない。
     彼こそは、この非情なプログラムを実行した元凶。眞王と共謀して、創主に脅かされない世界の未来を買うために、自らの魂の未来を無期限で質に入れた張本人。歴代の魂の所有者に累々と続く重い宿業を背負わせた諸悪の根源。このゲームのラスボス。
     えーと、あれ?僕ってば、「彼」のこと、血も涙もない冷血漢に言い過ぎてるかなあ?

     僕が皆を代表して四千年分の恨みつらみをぶちまけようかとも思ったけれど、面倒なので止めておいた。つぶさに文句を言いはじめたら、さらに四千年の月日がかかってしまう。それにしても……ああ、どうして僕たちはこんなにも人がいいんだろうね。性格は変わっても、魂の持つ性質には不変の特性があるのかもしれない。

     僕はまだいい。渋谷に出逢えたことで、どんな苦労も帳消しにできる。むしろ、気の毒なのは僕の前の魂の所有者たちだ。
     気が狂いそうなほど(実際に狂ってしまうほど)、怖くて辛くて苦しくて、悲しくて寂しくて、誰からも理解されず、絶対的な孤独に苛まれて。恨んでいないと言ったらきっと嘘になるだろうけど、そんな目に遭わされても……

     自らに課した使命を完遂すべく、鉄の意志と眞王への情愛を胸に、時を越えて完全なる創主打倒に挑んだ男を見つめる。

     皆、心の底では、君を許していたんだよ。君を憎むこともなく、運命を受け入れていた。受け入れざるを得なかった、ともいえるけどね。


     お疲れさまーと、互いに言い合う仲でもないので、ビジネスライクに話を進めることにした。実際、冗談抜きで時間が惜しいのだ。さっさと最後の用事を済ませて目を覚まさないと──。
     渋谷がまた無茶をはじめないか、ひどく心配で僕は気が気じゃなかった。

    「残っているのは君だけだ。僕の身体と魂を返してもらってもいいかな?」
    「ええ、もちろん。それらは初めから貴方のものですよ」

     彼は扉を指し示すと、淡々とした口調で僕に問いかけてきた。

    「今なら選べます。過去の記憶を封じたいのなら、記憶の扉を閉じることもできるでしょう」
    「……そうだね。今度のことで、僕は君を凌駕する力を手に入れた。今の僕なら、扉を開けるのも閉めるのもできなくはないだろうね」
    「はい」

     全てを忘れ去ることができれば、どんなに楽になれるか……。そう思った時代も確かにあったと、僕はぼんやり考えた。
     やっかいものだったはずなのに。失うと思えばどうしてこんな寂しさに襲われるのだろう?
     開かれた扉の向こうにいる、僕の魂の仲間たちへと想いを馳せた。

     もう手遅れだ。彼らを忘れ去ることなんてできやしない。
     僕は小さく笑った。

    「四千年も散々苦労させといて何いってるの。今更いなくなられても困るっていうか、君たちの事を覚えていない僕なんて想像もつかないよ。どのみち僕の代までなんだからこのままでいいんじゃない?君たちと僕は切っても切れない腐れ縁の仲間なんだし」
     僕の方へ、見透かすような視線を向けると、彼は微笑んだ。その笑い方がなんとなく僕みたいで、やっぱり僕らは似てるのかもしれないねと、胸の内でこっそり思った。
    「貴方ならそう言うと思いました」

     ごく真面目な表情になると、彼は言った。
    「急いでいるのは承知していますが、このような機会は二度とないでしょうから」

     僕の前に、深々と、恭しく頭を垂れて跪く「彼」。
     正確には「僕」だけじゃなくて、四千年に渡る全ての魂の継承者たちに向かって、だ。
     全身から発せられる、敬意と最大級の感謝の念。
     眞王の前でだって、こんな敬虔な態度は、一度も見せたことはなかったと思う。
     でもね。
     僕は言った。

    「君の言いたいことは解かるけど、必要ないよ。だって、」

     「僕」は、「僕たち」は、君でもあるんだから。
     ね?自分自身に向かって礼を言うなんて、おかしいだろう?

     僕は片膝をついて跪く彼の前に腰を下ろすと、同じ高さで目線を合わせた。

    「うーん、なんて言ったらいいのかな。僕が創主を打ち倒すまでの困難な道を最後まで登り切ることができたのは、山頂までのルートを確保してくれた君たちのおかげなんだよ。僕たちは同じパーティ、渋谷風に言うなら、同じチームの一員だった。たまたま最後は僕の打順だったわけだけど、君たちがいなかったら、僕は絶対に僕の役割を果たすことはできなかったんだ」

     四千年分の知識とトライ&エラーがなかったら、僕は膨大な記憶に呑まれて自我を失くしていたかもしれない。創主を倒して生き延びるための、唯一の正しい道筋を読み損なっていたかもしれない。

    「創主打倒に一役買うことができたのは、僕たちのチーム力の勝利。少なくとも、僕はそう思っているよ」
     それに──
     ジェネウスを想いつつ、胸に手をあてた。
    「それに、君の時代に封じた創主は確かに消滅させたとはいっても、図らずも僕がミスって証明してしまったように、永久に創主が復活しないという保証はどこにもないしね。結局のところ、自分自身の心に潜む創主と、人は誰しも戦い続けていくしかないんだと思うよ」
     感慨深げに彼が言った。
    「そんな貴方だからですよ。この時代に巡り合せた存在が貴方だったのは、眞魔国や世界にとっての幸いでした」
    「まったく、大げさだなァ」
     彼の声が、優しく耳を打った。
    「残る気がかりは……そうですね。記憶を留めておくのであれば、どうぞ、一人で全てを背負い込むことのないように」

     思わず、苦笑した。
     眞王といい君といい、自分のことは棚に上げてひとの世話を焼きたがるんだから。
     右手を上げて、僕は彼の心配を押しとどめた。

    「大丈夫。これまでと変わらないよ。──僕は僕。君たちは君たち。自分の人生だけでも後悔手一杯なのにさ。他人の人生の結果を全て背負い込めると思うほど僕はおこがましくはないよ。僕の手の届く範囲で、できることがあればしたいとは思うけどね。最善を尽くす以上のことなんてできないし、僕はそれでいいと思ってる」


     パリッ!!


     世界が揺れた。
     青い光が、ひび割れた空から射し込んでくる。
     まずい、自棄になった渋谷が強引に結界を壊そうとしているんだ。


     もう、いかなくっちゃ。
     僕は扉の方を顧みた。


     ──ああ、でも。一つだけ、心に懸っていることがあった。
     叶うものなら、皆に許しを請いたいことがあった。


     僕は、腰を上げると「彼」に目で頷きかけ、《魂の記憶の扉》と向かい合った。
     扉の向こうに向かって、僕は心で呼びかけた。


     君たちは、僕の魂の同志で先輩で先生で。
     たいていは面倒で、はた迷惑な、でも時には頼りになる同居人で。
     敵でもあり味方でもあり……誰よりもよく見知った馴染みの仲間でもあったんだよ。

     君たちの生きた証を、成し遂げた勲も、犯した罪も痛みも、僕は受け入れよう。
     君たちがそんな風に生きた、生きざるを得なかった理由を、僕は誰よりも解っているから。 
     僕=君たちじゃない。だけど、君たち=僕でもあるから。同じ魂を共有する存在としてはイコールだから。
     だから──


     僕は、幸せになってもいいかな?



     ……、……、……、……、……、……、……、……、……、… … ‥



     過去に転生した全ての国の言葉で。
     彼ら全員が、YESという声を聞いた気がした──


     必ずしも、皆が皆、素直に祝福してくれたわけじゃないけれど。
     似た者同士というか。なにせ、彼らは僕でもあるからね♪



     みんな、ありがとう
     僕は、きっと──
























    「村田ッ!!」



     渋谷の僕を呼ぶ声で、目が覚めた。


     真っ先に目に入ってきたのは、渋谷の顔だった。
     涙でぐちゃぐちゃだ。
     なんか重いと思ったら、渋谷が上に乗っかって僕を押し倒していた。
     間違いなく、限界なんか無視して僕に魔力を注ごうとしていたんだろう。
     文句を言おうと思ったけど、長く喋っていなかったせいか、乾ききった口からは、なかなか言葉が出て来ない。
     二、三度試みて、やっと声がでた。ひどい掠れ声だ。

    「……渋谷」
     ぐいと涙を拭うと、怒った顔で彼が言う。
    「遅かったじゃないか、村田」
    「ごめん。だいぶ待たせちゃったみたいだね……と、大丈夫かい、渋谷?」
     強気な発言の割に身体がふらついている。俯き加減に、疲労し切った顔で必死に体を支える様子が、精神的にも体力的にも彼がもう一杯一杯な事を示していた。
    「……大丈夫じゃない。お前の声聞いたら気が抜けた。もー限界。4週間ぶっ通しでフルマラソンした気分つーか……あーマジ間に合って良かった。ゴールまでもたなかったらどうしようかと思ったよ。お前が目を覚まさなかったら100年でも頑張る気ではいたけどさ」

     また無茶苦茶言ってる。間に合って良かったのは僕の方だよ。
     自分の声が、低く耳障りに聞こえた。

    「……痩せたね、渋谷」
     彼の頬にそっと触れると、逆に両頬を挟まれた。
    「その台詞は鏡を見てから言え。俺の方は……長いこと筋トレさぼってたかんな」
     彼の優しさに、熱く、胸が痛む。
    「僕のせいで、また渋谷に……」
     強い口調で遮られる。
    「何も言うな。お前は戻ってきてくれた、今はそれだけでいい」
    「渋谷」
     僕を組み敷く、腕を掴む彼の手に力がこもった。

    「もう何処にも行くな、村田。お前のいる場所は俺の傍なんだから。ずっと俺と一緒に──」

     言うだけ言って力を使い果たしたのか、渋谷の身体が覆いかぶさるようにして僕の上に倒れ込んできた。
     ……やっぱり重い。

     シャツ越しに、渋谷の体温と心臓の鼓動が伝わってくる──
     
     ゆっくり休めよ、渋谷。
     僕も目を開けてられないや……
     深く呼吸をして、目を閉じる。僕は呟いた。

    「何いってんだよ。僕は、君のために、君と一緒に生きていくって」


     僕の愛と友情は、未来永劫、どんなときも君の傍にあるって。
     そう誓っただろう、有利?
     











     星球儀の上に映し出された二つの光。
     不安定に揺らめいていた星の輝きが力強く安定したのを見届けると、ウルリーケは安堵の溜息を吐いた。誇らしげに微笑む眞王。

    「なんとか間に合ったようだな」
    「はい。もう大丈夫ですわね、眞王陛下」





     魔動装置の示す禍々しい力の存在が、ふっと消えた。
     見事な赤いポニーテールが揺れた。

    「──おや?猊下の中で蠢いていた創主の力が消えたようです」
    「なんですって?アニシナ、それでは陛下と猊下は?」
    「落ち着きなさいギュンター。装置の反応が消えたのは猊下の魂が消滅したか、あるいは、」
    「ままままままさかそんなッ!?……げ、猊下?陛下~ッ!!!」

     真っ青になって飛び出していく王佐を見送りつつ、赤い魔女は肩をすくめて微笑んだ。

    「ったく、そそっかしい男ですこと。私の話は最後まで聞くものですよ」

     



     異変を察して助けを呼びに走ったヨザックとギーゼラが、コンラートが、ヴォルフラムが、ギュンターが、グウェンダルが、一斉に飛び込んできた。

    「ユーリ!」
    「陛下!」
    「猊下は?」

     折り重なるようにベッドに倒れ込む二人の少年の上を薄茶の視線が鋭く走る、険しい表情をすぐに溶かすとコンラートはほっとしたように微笑んだ。
    「大丈夫。ちゃんと息がある」
     脈をとっていたギーゼラが笑顔で告げた。
    「お二人とも眠っていらっしゃるだけです。そのうち自然に目が覚められるでしょう」 
    「ユーリ……」

     感涙しかかった三男坊の動きがぴたりと止まった。

    「────それにしても、二人のこの体勢はなんなんだ?」
    「一枚の絵画のように悩ましいことです……」
    「……いいかげんにしないかお前たち」

     こめかみに手をあてるグウェンダル。
     汁を吹きそうになる義父をギーゼラが慌てて取り押さえる。
     喜びを隠し切れずにヨザックがコンラートの肩に腕を置いた。

    「まあ、お約束ということで。落ち着いたらお二人を寝かしつけましょうか、隊長?」
    「そうだな♪」

    「ユーリ~~~!!」
     喧噪のるつぼと化す、赤い魔女の実験室。



     いつもの騒ぎが戻ってきた。









    村田健 【双黒の大賢者】



    渋谷有利 【第27代魔王】



    渋谷勝利 【地球の次期魔王】
    渋谷美子 【魔王の生母】



    ウィレム・デュソイエ・イーライ・ド・モルギフ 【魔剣】



    ウェラー卿コンラート 【魔王の名付け親】
    フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム 【魔王の婚約者】
    フォンヴォルテール卿グウェンダル 【摂政】



    フォンクライスト卿ギュンター 【王佐】



    グリエ・ヨザック 【お庭番】



    フォンクライスト卿ギーゼラ 【癒し手にして鬼軍曹】
    フォンカーベルニコフ卿アニシナ 【赤のアニシナ】
    フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア 【白のジュリア】
    フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ 【第26代魔王】



    ウルリーケ 【言賜巫女】



    眞王 【創国の魔王】
    双黒の大賢者 【双黒の大賢者(初代)】



    ジェネウス 【白い鴉の首領】



    眞魔国の皆さん
    歴代の魂の所有者の皆さん



    埼玉西武ライオンズ応援歌(2013年)
    イメージBGM『ありがとう~(インストゥルメンタル2)』
    イメージ挿入歌『大切なもの』
    イメージエンディングテーマ『世界よ笑え』



     『Party』




                      ──End─

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