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    Party(中編)

                                                        
     粘液質の闇が、体中にまとわりついていた。

     目を閉じても、耳を塞いでも。
     見えてくる映像、聞こえてくる音声。
     闇の中で僕の見る映画は、地球の最先端技術も白旗を上げる程の高性能で再生される、触覚や味覚や嗅覚、それどころか主人公の思考や感情までも正確に伝えてくるという凶悪なシロモノ。TVからアレが出てくる3D映画の比じゃない。
     問題なのは、映画の内容を選べないということだ。娯楽映画なら楽しく見られたろうが、あいにくと僕の魂の中に所蔵されているのは4000年分の人間ドキュメンタリー。視聴者を楽しませるための演出も編集も補正も解説もない、不親切な純正のナマモノ。

     幼児期から思春期にかけては特に感じやすい年頃なんだからさ、程度を考えて「ピーッ」なシーンくらいはスキップするなり自主規制音やモザイクを入れてくれてもいいんじゃない?

     と訴える、リアル魂の所有者の抗議の叫びもお構いなしに。過去何十人もの記憶は、鋭利な刃物となって容赦なく村田健としての精神をえぐり、暴き立て、蹂躙し、侵食していく。鮮明すぎる記憶は、感度のいい無防備な心にとっては凶器以外の何物でもない。
     これは一種の精神的強姦かもねとは、疲れて自分を取り戻すたびに思うことだ。苦痛や衝撃をやり過ごすために随分鈍くなったとはいえ、村田健の感受性はまだ完全には死んでいない。それどころか、彼との関係が深まるにつれて死にかけていた感性が復活してきているのが……この失態を招いた原因の一つかもしれなかった。凍傷に冒された身体に、温もりを与えるとその治療の最中には激しい痛みが伴うように。


     打ち合う剣戟の音。耳をつんざく怒号と悲鳴。暗闇に混乱と恐怖。
     香水の匂い──それに混じって立ち込める、生々しい血臭と、人の体臭に、澱んだ空気。

     僕は、薄暗い部屋の中にいた。
     室内の造作や豪奢な装飾から、シマロン貴族の屋敷の寝室と分かる。
     いや、僕はこの屋敷の主を知っていてこの場所に来たのだ。この屋敷に来たのは───

     自分の手から放たれる、不快な色をした法術の光。
     その光が、恐怖に顔を歪めた一人の男の胸を貫く。
     男の絶命した手ごたえが、ズシリと伝わってきた。ぞくりと背筋を走る……快感?恍惚感?
     侮蔑を込めて、満足気に口の端が自然と上がっていくのが感じられた。
     フードの下で、僕は嗤って呟いた。


    「貴方に恨みはありませんが、あの方と私の宿願を果たすためには、貴方に消えていただかねばならないのですよ」


     自分がしたことへの嫌悪感に吐きそうになった。
     そう、白い鴉は二千年前に僕が作ったときのような文化系クラブではない。目的のためには手段を選ばない危険な秘密結社へと変貌を遂げている。そして、そんな暗殺集団に組織を仕立て直したのは──

     この僕だった。

     僕は……人を殺した。
     ランジールやアラゾンの命令だとか、直接手を下したかどうかは大した問題じゃない。
     一人だけでなく。この人以外にも、何人も、何十人も。大勢。 
     溢れ出てくる昏い記憶に混乱した頭で考える。真っ黒な絶望感が、胸に、みぞおちに広がっていった。

     僕は(私は)、殺人者だ。

     私の犯した罪は大義あってのことだ(大義だって?渋谷や眞王がこの所業を正義だと納得すると思う?僕だって納得できやしないよ?)。そうなのか?ならば、こんな忌まわしい存在へと成り果ててしまった私に、眞王陛下への目通りは叶うのか?私は許されるのか?(許されるわけないんじゃない?一度犯した罪を取り消しにはできないよ。それは君にだって分かっていたことでしょう?)
     こんな人間が眞王陛下の傍にいていいわけがない。
     こんな人間が渋谷有利の傍にいていいわけがない。
     走馬灯のように巡る別の記憶。
     眞王に捉えられる渋谷。消滅してゆく創主の群れ。木漏れ日の中で微笑む眞王──
     僕の使命は終わった。私の宿願は成就した。もう僕の、私の、存在する理由はない。

     大賢者はすでに不要な存在なのだ。

     いっそ僕など、私など、魂などなくなってしまえば、この痛みも苦しみも……
     魂ごと全てを終わらせてしまえば!
     僕は何を考えているんだ?だめだ、頭の中がぐしゃぐしゃで何がなんだかわからない…… 




     それは「僕」じゃないでしょ、健ちゃん?





     ロドリゲス先生───







     誰かの手が、僕を記憶の泥沼から引きずり出した。

     気がつけば、僕は過去の記憶から解放されて、ただの村田健として薄昏い世界に一人漂っていた。
     自分の魂の中にいるのが直観的に分かった。魂の内側にシャボンのような泡の膜がある、その中に僕は閉じ込められていた。閉じ込められているというか……守られているというか。
     膜のように見えるのは結界だろう。僕は周囲を見回した。見えるといっても、これは全部僕のイメージ、想念の作り上げた世界にすぎない。
     安全装置が働いたと言っていいのか。こんなことができるのは、この魂の記憶の番人である「彼」以外には考えられない。過去を振り返っても、「彼」が現世の魂の所有者に対してここまで露骨に介入してきた事例はなかったし、よほど事態は切羽詰っていたのだろう。正直言って助かった。あのまま自暴自棄となったジェネウスに巻き込まれていたなら、こっちの魂まで破壊されていたかもしれなかった。
    「……久々にやっちゃったな」

     最後に記憶の海に溺れたのは、いつだっけ?
     もう大分昔のことだ。ドクターからも「大丈夫」と太鼓判を押されて以来、かなりの年月が経っていた。
     僕は僕、彼らは彼ら。
     そう割り切って、彼らに感情移入しすぎて深みにハマらないようにする精神状態を保ってきたはずなのに。凶行の現場に足を踏み入れたり、僕の……じゃなくて、ジェネウスのした事のせいで死んだ人の遺族や関係者に責められたというのならともかく。暗殺リストを目にしたくらいで記憶や感情を制御できなくなったのは、それらの記憶をジェネウスと一緒に見て、感じてしまったのが原因だ。僕とジェネウスの思念が混線したせいで、大賢者の(僕の)魂と完全に同化しきっていないジェネウスの魂の傷口が開いてしまったのだろうと僕はあたりをつけた。

     昏い世界に、膜の向こう側に「彼ら」のいる気配が感じられる。


     そこにいるのかい、ジェネウス?
     ごめん、僕はいつも君を追い詰めて、傷つけてばかりいるね……


     溜息が出てきた。
     参ったね、これからどうしたものか。

     例えるなら、1台しかないパソコンに、何十種類ものオペレーティングシステムが並列状態で待機している感じだろうか。
     この状況は、恐らく、ジェネウスの破壊衝動から「僕たちの」魂を守るために「彼」が作り出したものに違いなかった。
     さすがは初代大賢者というか、やることに容赦がない。
     つまり、僕は現在の魂の所有者であるにもかかわらず、管理能力なしと判断されて魂と身体の管理権限を取り上げられてしまったのだ。これについては反論の余地はない。「彼」がそうしなければ、よくて僕たちの魂はジェネウスごと消滅、想定し得る最悪のシナリオとしては、ジェネウスに魂を乗っ取られて人格を破壊された僕が、狂気と自らの魂の持つ魔力を糧に創主として復活する、という可能性もあったのだから。
     一方で、「彼」は自分も含めた他の人格に管理権限を持たせる気もないらしく、ジェネウスを含めた全ての人格が公平に結界の中に納まっている、というのが現状のようだった。

    「面倒なことになったなあ」

     彼は僕に挑戦してきているのだ。現世の魂の所有者であると主張するなら、自分が管理者に相応しいことを証明してみせろと。その先にある彼の意図も、僕には分かる気がした。本当に容赦がない。彼は僕に二者選択を迫っているのだ。悔しいけれど、僕が彼でもそうすると思った。
     
     長く息を吐いた。荒療治になる。とりあえずは、結界の向こうにいる彼ら全員を、自分の中に取り込むしかない。四千年に渡る彼ら全ての人格と接触して、今の魂の所有者が僕であることを再認知してもらわなければ。ジェネウスとの決着はそれからの話だ。時間感覚もつかめないし、どれだけ時間がかかるか、僕たちの魂の混乱に収拾をつけるまで僕の心と身体がもつかも分からないけれど……

     やるしかないだろう。


     ぶるりと、恐れに身体が震えた。
     白い包帯に血が滲んでゆくように、心に闇が広がっていく。


     いや?……そもそも?
     僕はこの挑戦を受けるの?
     僕にやり通せる?僕は本当にそれを「やりたい」の?
     消えた方がマシなほど、苦しむ事になるのに?
     僕がそれをしなくても、今は世界も誰も困らない。このまま僕が死んだとしても、過去の記憶は僕の代でジェネウスもろとも永遠に封印されるのだから──

     まずい、ジェネウスの中にくすぶっていた創主の欠片に影響されたかな。
     分かってはいても、コイツと闘うのは難しい……


     たぶん、あの瞬間まで。
     僕の精神は、暗闇に捕えられて、止まってしまっていたんじゃないかと思う。



     ──ふいに。



     天窓から見える青空のように。頭上から……青い光が射し込んできた。
     雲ひとつない空、目の眩みそうな一番深い高みにある、澄み切ったディープスカイブルー。
     よく、知っている。この光は───


     有利。


     懐かしさに、愛しさに、痛みすら覚えた。

     おーいムラケン、迎えに来たぞーって感じ?
     あーあ、君は何も知らないはずなのに。
     僕が家で不貞寝してるって、どうして分かってしまうのかな。
     僕のハマってる状況は酷くまずいんだけど、それでも君は僕の傍にいてくれるっていうのかい?僕のことなんて、放っておいてくれてよかったのに。
     まったく君らしいというか、一緒に面倒事にハマりに来るなんて正真正銘のバカだよ、君は。

     再び血が通い始めたかのように、精神が活動を開始し、思考が巡りはじめる。
     現実の僕の身体は、たぶん意識不明となって寝込んでいる事だろう。おそらく、というか、間違いなく、渋谷は僕を、僕の身体を守るために自分の魔力を使っているに違いなかった。
     切実な祈りを胸に、僕は天窓を見上げた。
     君は短距離が得意なんじゃなかったっけ?分かってるかい?今度はきっと長距離走になる。
     しかも何時間、何日走ることになるかは僕にも想像がつかない。
     頼むから、無茶だけはしないでくれよ。君は加減というものを知らないから。
     でも──
     胸がひどく痛んだ。

     僕が手を振り解こうとしても、結局、君は僕の手をつかもうとするんだろうな。
     

     僕は決意を新たにする。そうなれば、道は一つしかない。
     急がなければ。渋谷が力を使い果たしてしまう前に、彼らを取り込んで一刻も早く自らの手に魂を取り戻すのだ。
     渋谷がきてしまったのなら、この勝負──


     絶対に、負けるわけにはいかない。






     ──身体が熱い。
     ふわふわ浮いてるような感じで、女の人のいーい匂いがするなァ……
     

    「……、……」
    「…ァ…、…ゥ…」
    「…ィ…、……ッ!」


     ────ん?


     遠くで、誰かが何かを言っている。
     呻き声のような喘ぎ声のような……誰だったかな?
     聞きなれた声のはずなんだけど、なんだかいつもと違うような気もするし……

     音量が上がった。

    「起きろ!」

     返事ができないでいると、声のボリュームがさらに上がった。
    「死にたくなかったら起きろッ!」
     怒声が脳天を直撃した。

     ───軍曹サマ?

    「さあ、しゃっきりとせんか!起きて水分補給をしないと無理にでも喉に押し込むからな!」

     瞼が重くて、目が開けられない。口の中も奥も張り付いたように乾き切っている。
     喉から漏れ出た自分の声が、他人の呻き声のように聞こえた。
     かろうじて返事ができた。

    「ギ……ゼラ?」
    「気がつかれましたか、坊ちゃん?」

     別の声が聞こえた。耳に心地よいハスキーボイスだ。
     力強い上腕二頭筋に背中を支えられ、唇に冷たい何かがあてがわれる。
     滑らかで固い感触……コップの縁が口に差し込まれ、少しづつ水を流し込まれると反射的に有利はそれを飲み込んだ。
     水分が、カラカラだった喉に体内に沁み渡って人心地がつくと、やっと目が開けられた。

    「……あれ?俺、どうしたんだっけ?」

    「陛下!」
    「坊ちゃん!」
    「ウォウ、オ~!」

     目が覚める前に聞いた唸り声はこれか。

     声のする右手の方へと目を向けると、喜びの叫びを上げて飛びついてきた魔剣の鞘に有利は優しく指をすべらせた。
    「モルギフ?お前も来てたのか?」
    「オゥ♪」
    「坊ちゃんの様子がおかしいと、こいつが知らせてくれたんですよ」

     熱っぽくて身体に力が入らない。くらくらしていた視界が晴れると、ホッとしたような案じ顔で有利を見つめるギーゼラとヨザックの顔が目に飛び込んできた。はっと我に返るなり、慌てて辺りを見回す有利。

    「村田は?まさか俺、うっかり寝てて部屋から追い出されたんじゃ!」
     目尻を下げると、ヨザックは呆れたように微笑した。
    「猊下なら隣に寝ておられますよ。お二人を引きはがそうったって、そうしっかりと手を握られちゃあ、簡単に引きはがすこともできませんて」

     逞しい腕で、軽々とヨザックが少年の身体を支え直す。と、ジャラリと音がした。
     有利の左手と村田の右手を繋ぐ、手枷の音だ。
     左隣で眠る親友の顔を見ると、有利は安堵の息を吐いた。

    「あ、そっか。コイツでつないでたの、忘れてた」
     苦笑するヨザック。
    「あんましいい趣味とは思えないんですがね~」
     むくれる有利。
    「バカいうな。趣味なわけないっしょ。これにはちゃ~んと実用的な理由があるの。こうしとけば寝てるうちに村田と引き離されたり、点滴が外れたりしないからな」

     気休めだけど。こんなちゃっちい手枷、ヨザックならすぐ外せるだろうし。
     と、思った通りに。赤らんだ手首や魔王と大賢者の囚人スタイルを見るに忍びなかったのか、何時の間にかピンを取り出したヨザックが手際よく枷を外してしまう。その横では、有利の脈をとり治癒術を施しながら、ギーゼラが訝しげな顔つきで問いかけてきた。

    「テンテキ?」
    「そ。俺、村田の点滴なの。やっとコツがつかめたぜ。村田が飢え死にしないように、俺が水と栄養をやってるのさ」
    「そんなことができるのですか?」
    「必要に迫られてってやつかな。今じゃ集中しなくても寝ていても少しくらい離れていても、ほらこのとおり♪」

     淡く青く燐光を放っている有利の左手に視線を向けると、得心したようにギーゼラは深く溜息を吐いた。道理で、体力の消耗スピードが速すぎるはずだ。魔力の使い過ぎだけが理由ではなかったのだ。

    「──それで分かりました。そういうことでしたら陛下、きちんと食事を召し上がってくださいませんと」
     目を上げる有利。
    「食事?」
     頷くギーゼラ。
    「そうです。猊下に陛下の水と栄養を分けていらっしゃるのなら、猊下の分も食事を摂られないと体が持ちません。ただでさえ、陛下は魔力を使い続けて体力が落ちているんです。食べないと──」
    「食べないと?」
     一瞬、恫喝軍曹モードに、表情のスイッチが切り変わった。
    「モルギフのようにやせ細って、そのうち起き上がれなくなりますよ?」
    「ウォウ!」

     そいつは困る。

    「えっと、そしたら俺、毎食二人前も食べないといけないの?」
     頬を引きつらせて伺いを立てる有利に、にっこりと笑顔を返すギーゼラ。
    「1回に食べられる量は限られますので、1日5食。なるべく消化によいものをご用意しますから、必ず食べてくださいよ、陛下」
    「ええー!?朝昼おやつに夕食夜食って?」
    「では早速、グリ江が厨房に行って参りますわん♪」



     どん!



     出てきたのは、どんぶり一杯のシチューだった。
     凄く美味しそうな香りはするし美味しそう……だけど。
     量が。

    「うっわ~……これ全部?俺が食べるの?」
     棒読みする有利。
    「ハイ♪ゆっくりとでいいですから、残さず食べてください。食べられないと……」
    「食べられないと?」
     緑の髪が揺れ、天使の微笑みが向けられる。
    「私の、医師としての判断で、陛下にはこの部屋を出ていただきます」
    「そんな!」

     笑顔を消すと、真剣な表情でギーゼラは首を横に振った。

    「それが譲れない一線です。ご自分の身体も守れないようなら、猊下をお守りするのも無理な話ですから。本来なら、陛下が気を失われた時点でお止めしても良かったくらいなんですよ?起こしてもすぐに目を覚まされないようでしたら、陛下にはなんと仰られようとこの部屋から出ていただいていたところでした」
    「ギーゼラ」
     翡翠の瞳が、切実な光を宿して彼女の王を見つめた。
    「猊下をお助けしたい気持ちは私達も同じです。ですから、本当のギリギリまでは陛下の意志を尊重するつもりではいますが……陛下の命も危ういようなら選ぶ道は一つです。私は、二度も同じ後悔をしたくはないのです」

     後悔?それって……

    「それ……もしかして、ジュリアさんのこと?」
    「はい」



     トクン



     一刹那。
     走り抜ける、甘やかな香り。水色の髪。”あの人”の想い。
     胸に浸みわたる、謝罪と感謝、親友への深い労わりと愛情。


     でも、どうしても、私はそうしなくてはならなかったの……


     共鳴する想いに、有利は目を閉じた。


     ──そうだ。どうしてもやらなければならないことがある。
     その想いは俺も同じだ、ジュリアさん。
     でも。
     目を開けると、ギーゼラの眼を真直ぐに受け止める有利。

     俺だって、大切な人たちを悲しませたいわけじゃない。
     俺は欲張りなんだ。叶うものなら、何かを選ぶんじゃなくて全部手に入れたい。
     皆で幸せになるんだ。
     貴女も本当はそうだったんだろう?
     だから、今度は。今度こそ。俺は必ず──
     ギーゼラの手に、優しく有利の右手が重ねられた。

    「大丈夫。俺は絶対に死なない。ギーゼラを二度も悲しませたりはしないよ。約束する」
    「陛下……」

     ほほ笑ましげに二人の様子を眺めていたヨザックが、軽い調子で言い添えた。

    「俺の方も、寄ってたかって皆様方から、ヤバくなりそうなら無理にでも陛下を引きずり出して来いと命令を受けてますんで。まあ、命令がなくともそうしますがね」
     苦笑する有利。
    「心配かけてごめん。しっかり食べないと夏の合宿は乗り切れないもんな。出されたものは食べるし、今後はペース配分にも気をつけるからさ」
    「スプーンが持てないようでしたら、グリ江が陛下にあ~んして差し上げますがv」
    「わー嬉しいなーvじゃなくって!遠慮するって!自分でちゃんと食べられるからっ!」
     微かに目を潤ませると、ギーゼラは立ち上がっていつもの笑顔をみせた。
    「それでは、陛下のご様子を皆様にご報告して参りますね」


     んー、いつもながらドリアさんのシチューは美味いなー。体中がほこほこして生き返るぜ。
     ぎこちなく、スプーンで半溶けとなった根菜類を口に運びながら、ふと気づいたように有利はヨザックを見上げた。

    「そういえば、どうしてヨザックがここにいるの?」
     両手を広げて肩を竦めるお庭番。
    「フォンカーベルニコフ卿の人選ですよ。軍曹殿だけでは負担が大きいだろうてんで、護衛兼メイドを増やすことになったんです。隊長やヴォルフラム閣下やギュンター閣下だと坊ちゃんが大事すぎて冷静な判断ができないだろうとアニシナちゃんに断言されましてね。じっさい、坊ちゃんのあんな姿を見たら、あのお三方じゃ我慢がきかなかったでしょう」
     恐る恐る問い返す。
    「えーと俺、そんな見ちゃいられない感じだったの?」
    「前線で補給なしで半月くらい過ごしたら丁度あんな具合になりますかね」
    「……干からびていたわけね」
     片目をつぶって見せるヨザック。
    「それから、この部屋はフォンカーベルニコフ卿の特別実験室で、軍曹と俺はその助手ってことになってますんで。俺たち二人以外はアニシナちゃんが絶対に中へ入れさせやしませんよ。もっとも関係者以外で、中に入ろうなんてそんな命知らずもいやしませんでしょうが」
    「さすがはアニシナさん。助かるよ」

     どんぶりが空になったのを見届けると、ティーカップを渡しながらヨザックは淡々と有利に問いかけた。
    「……で、猊下の具合はいかがです?」

     青と黒、二組の視線が昏々と眠り続ける少年へと注がれる。
     糸が切れた人形のように力なく横たわる、その体は僅かに呼吸を繰り返すだけで、前より細くなった熱を帯びた顔からは、どんな種類の表情も読み取ることはできなかった。
     内心の不安をおし隠すと、有利は笑ってみせた。

    「うん……頑張ってるよ、あいつ。正直言って、村田の魂に何が起こっているのかは、俺にはさっぱり分からなくてさ。村田の声も聞こえないし、俺の声が届いているのかもはっきりしなくって……。だけど、あいつが”中”で全力で戦っているのだけは分かる。俺がこうしていることで、少しでも村田の力になっていればいいんだけどね」
    「陛下以上の援軍はありませんよ。猊下は頑固な方ですからねぇ。坊ちゃんが傍について待っているとなれば、どんな手を使ってでもなんとか戻ろうとされますよ」
    「俺もそれに期待してる」

     お茶を飲み干す有利を見守りつつ、少しの躊躇いの後、真顔となって口を開くヨザック。
     ウェラー卿がみれば、戦場での、戦況を伝えてきた時の彼の表情を思い出したかもしれない。

    「それで、あまりいい知らせではないんですがね、陛下」
    「なに?」
     カップを脇に置くと、寝台に腰掛けたまま有利はヨザックを見た。
    「フォンクライスト卿とフォンカーベルニコフ卿の見立てでは……猊下が昏倒された原因は、ジェネウスの魂が猊下の魂を破壊しかけている可能性が高いそうです。グウェンダル閣下や隊長もかなり迷っていたんですがね。この話を陛下にお伝えするようにと、ことづかってきました」

     え……?

     魔王の眼差しが、蒼い瞳を凝視した。
     漆黒の瞳に、強く光が漲った。
    「……話して、ヨザック。大事な話なんだろ?悪い話だったら、尚の事きちんと聞いておかないと」

     ごく自然に、兵士の姿勢となってヨザックは有利の前に片膝をついていた。
     話を続けて問題ないか、推し量るような視線で王を見つめた後、ヨザックは静かに語りはじめた。
     
    「フォンカーベルニコフ卿の魔動装置が、創主と似た何かの力が猊下の中に働いているのを感知したんです。あくまで推測なんですがね、ジェネウスの魂には創主になりかけていた、あの時の火種が残っていたのではないかと。猊下はその可能性と危険を承知の上でジェネウスの魂を引き受けられ、ご自分の中だけで対処されようとしていた。そう考えると、これまでの猊下のなされようにもいろいろ納得がいくんです」
    「だから眞王廟に引きこもっていたのか?自分に何かあっても国が混乱しないように気を使って?最悪、ジェネウスの魂に眠る創主が復活しそうになっても、自分だけでなんとかしようって……」

     魂ごと心中する気で?

    「猊下ならやりかねないというので、全員の意見が一致しました」
     握り締める左手に力がこもる。
     眠り続ける親友の顔を睨みつけると、有利は怒りに下唇を噛みしめた。
    「馬鹿な……どうして一人で!どうして俺に相談しなかったんだ!どうして俺を、皆を頼ろうとしないんだよ!」
    「全く、同感です」

     かつて見たこともない、彼の真摯な眼差しが魔王へと向けられる。
     ヨザックは有利の前に、恭しく頭を垂れた。

    「ねぇ、坊ちゃん。異世界で育ったお二人にはお分かりにならないでしょうが、お二人が思っている以上に、俺たち眞魔国の民はお二人のことを知っているんですよ。……その尊さをね。創主を倒すそのために、四千年の長きに渡ってお二人の魂がどんな試練に晒されてきたか、本当のところは確かに誰にも分かりません。しかし、世界のために陛下と猊下の魂が想像を絶する痛みを引き受けてきた、その事だけは理解しています。特に猊下の場合は、その全てを記憶しておられますから……そんな素振りは、あの方は微塵もみせませんがね」
    「ヨザック……」

     オレンジ色の頭が、敬虔に、深々と下げられた。

    「これは俺だけじゃなく……グウェンダル閣下、ギュンター閣下、ヴォルフラム閣下、隊長、ツェリ様、姫様方、そして眞魔国の民、猊下を敬愛する者全ての願いです。眞魔国には、大賢者としてではなくムラタケンとしての貴方自身を必要としている者が、守りたいと願う者が、陛下の他にも大勢いると。今からでも間に合うのなら、俺たちのその想いをちゃんと猊下に──」
     声が詰まった。

     後悔してるんですよ。
     貴方を愛していると。貴方は愛されているのだと。
     気後れや躊躇いなど捨てて、もっと早く、率直に猊下に伝えていれば良かった。

     小さくなったように見える上腕二頭筋に触れ、有利は穏やかに微笑した。

    「間に合うさ」

     暫しの沈黙の後、言葉を選びながら、つかえつかえ有利は言った。
    「また甘すぎるって言われそうだけど。心のどこかで……俺はまだ信じているんだ。ジェネウスを助ける道がまだあるんじゃないかって。……だってさ、」
     記憶を呼び覚ましながら、有利は目を閉じた。

     眞王に逢えた時のあいつは、本当に、嬉しそうに、幸せそうに笑っていたんだ──

    「陛下」
     辛そうに黒曜石の眼が細められる。
    「ずっと苦しんでいたんだ。村田もジェネウスも。それに村田は言ってた。元々ジェネウスと村田は一つのものなんだって。創主から救えないままにジェネウスを消し去ってしまったら、きっと村田も傷つく。だから俺は、村田もジェネウスも、一緒に、二人とも助けたいんだよ」

     ほんと、かなわないなァ、坊ちゃんには──

     ほんの一瞬。ほんの僅かに、感極まった憧憬の眼差しが有利の上を掠める。
     信頼に満ちた微笑を浮かべて目を伏せると、ヨザックは言った。
    「陛下になら必ずそれができると……俺は信じてますよ」


     頭を上げて普段の調子に戻ると、ヨザックは悪戯っぽく付け加えた。

    「猊下が戻られましたら、皆でお帰りケンちゃん♪とお出迎えする計画があるんですがね」
     へにゃと頬を緩める有利。
    「あう……村田の反応がいまいち読めない。意外と普通に流しそうな気もするけどって、その前に!グウェンやヴォルフラムもそれ言うの!?」
    「ハイ♪それを皆すごく楽しみにしてますんで」

     くっそ、なんでだ?
     こんな楽しいサプライズ企画を立ててるってのに、目から出てくんのはなんだよこれ?
     ギュンターじゃないんだからさ……


     ヨザックの頑丈な腕に肩を抱かれながら、有利は溢れ出る涙をぬぐった。
     一つ貸しだかんな。
     みてろよ。俺を泣かせた貸しはでかいぞムラケン。




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