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    Party(前編)


    「そういえばさー、村田は16歳の成人の儀式はしていないんだよな?俺ん時はうるさく言われたのに、なんでお前には成人式やろうって話がでなかったのかな?」
    「渋谷と僕じゃ立場が違うよ。僕の誕生日は渋谷より先に過ぎていたし、大賢者ってイメージ的には四千歳?ダイケンジャーは16歳って言われても、皆ピンと来なかったんだと思うよ」
    「でもそんなのオカシイじゃん!魔族にとっては大切な儀式なのに、お前だけがしていないなんてさ」
    「いいんだよ、渋谷。魔族としてはね、初代大賢者の誓いは、四千年の間を通して確かに僕の中にも生きていた。だから、今さら改めて皆の前でそれを誓う必要は、大賢者としてはなかったんだよ」
    「今はどうなんだよ?創主は消滅して四千年前の誓いは果たされたんだろう?」
    「いいのいいの。村田健としての誓いはちゃーんと別にあるからさ」

     君にカミングアウトして以来、ずっとね。

    「えー!なになに、何なの?村田の誓いってなんだよ。俺にくらい教えろよ?」
    「あれ、渋谷には言ってなかったっけ?」
     少年は極上の笑みを浮かべて答えた。


     僕、ムラケンこと村田健は───





      
    「進路ねえ」
    「どうした、ゆーちゃん?」

     渋谷家リビングでの、ある日の出来事。

     椅子の背もたれに体を預けながら、指でつまんだ一枚の紙を眺めやる渋谷家次男。「ちびっと悩んでます」という弟の顔に釣られた通りすがりの渋谷家長男が、マグカップにコーヒーを注ぎながら訝しげに問い質した。立ちのぼるブラックな大人の香り。

    「うん、二年になったらクラス替えがあるから。進学か就職か希望だせってアンケート用紙渡されたんだけどね」

     学校関係者の皆様には内緒の話だが、渋谷有利の進路は生まれる前から決まっていた。
     職業は魔王。就職先は異世界の眞魔国。実をいえば、高校生になるやいなや女子トイレから流されるままに人生は波乱の急展開。会社説明会も入社試験も新入社員歓迎のセレモニーも試用期間も全て終わって、今や現役在位中の魔王と学生の二重生活を送っている、というのが渋谷弟の隠された現実だった。ちなみに、渋谷兄の方は地球の次期魔王@研修中と大学生の二重生活に勤しんでいる真っ最中である。
     コーヒーを一口飲むと、兄は言った。

    「そんな事は考えるまでもないだろう。お前がこっちの世界で就職することはないんだから、進学でいいんじゃないか?」
    「そりゃまあ、そうなんだけど。進学なら進学でさ、俺、どこの学校に行けばいいかなーって」
     肩をすくめる兄。
    「そんなもん、お前の学力で入れる所ならどこだって同じだろう」
     こめかみをひくつかせる弟。
    「……喧嘩売ってんのかよ、勝利。そうじゃないよ、気になってるのは村田のことさ。村田はどうすんのかなって。ほら、あっちとの行き来を考えると俺たちなるべく近くにいた方が都合がいいし」
     二口目のコーヒーを飲み込んで、客観的意見を述べる勝利。
    「進学するのに決まっているだろう。奴が通っているのは一流大学まっしぐらの名門進学校だぞ?東大A判定、全国模擬試験2位の秀才を周りが放っておくはずがない。認めたくはないが、アイツのオツムの出来の良さは格が違うからな。それこそ東大でもハーバードでもMITでも選り取り見取りだろうよ」
     有利の視線が力なく落ちた。
    「だからさー。……俺が村田の足をひっぱっちゃうんじゃないか心配なんだ」
    「なに?」
    「眞魔国に戻る時は、俺と一緒じゃないとダメだろ?だから本当は他に行きたい学校があっても、俺に合わせて近くの学校でいいって言うような気がしてさ」
     むっと眼鏡越しに目が細められた。そこまでしてゆーちゃんと一緒にいたいか、弟のオトモダチ。いやいやと頭を振る。彼は眞魔国の大賢者なのだ。何を差し置いても王の傍を選ぶのは彼の立場からすれば当然の選択といえた。
     平静を装うと、勝利は言った。
    「それのどこが問題なんだ?何を選ぶのもアイツの自由だ。それに、奴が大学よりお前や眞魔国の都合を優先するとも限らないだろうに?」
     熱血全開でアンケート用紙を握りしめる弟。
    「いいや、あいつは絶対に!俺と一緒にいる方を選ぶ。村田は海を渡ってもっと凄い選手になれるっていうのに、俺のせいでメジャーに行かないなんて、俺はそんなの嫌なんだ!」
     呆れる勝利。
    「あのな、オトモダチとの惚気話は他でやってくれ。2年も先の話に、何を今から熱くなってんだか」

     はぁと、深く息を吐いて肩を落とす最愛の弟の姿にほだされ、甘々の長兄は溜息を吐くとつい言ってしまった。

    「お前の兄を誰だと思ってるんだ?それなら、お前がアイツに合わせてやればいいだけの話だろう」
    「え?」
    「仮にだ。アイツがアメリカへ渡るなら、お前もアメリカの学校へ留学すればいい。学校へは行かずに眞魔国での生活に軸足を置きたいなら、ま、それでもビザの方はなんとかしてやる。その頃には俺もボブの配下として国外へ出ることになると思うしな。事情を話せばビザと勤務先の希望くらいは融通してくれるだろう……どうした有利?」

     な、なんだ、ゆーちゃん?がっしと俺の手をつかむこの両手はなんだ?
     夢にまで見たそんなお目目ウルウルしっぽ振り振りの嬉しげな表情、お兄ちゃんは10年以上も見たことないぞ!

    「おにいちゃん!」
    「へ?」
     腰砕けになる渋谷兄。
    「イイイ、イマ、ナンテイッタ?ゆーちゃん?」
    「ありがとう、おにいちゃん!その時はきっと頼む!絶対だかんな?約束したからな?」
    「ゆ、ゆーちゃん……」

     やっと……(滝涙)。長年の夢叶ってゆーちゃんがおにいちゃんと呼んでくれた……って!これは素直に喜んでいいのか?いや、話の経緯を考えると複雑というか、弟よ、そこまでしてオトモダチと一緒にいたいのか?下手すりゃ現地にいったら二人で住むとか言い出しかねん、保護者としては弟が不純同性愛な道に進む危険は断固阻止せねば──
     兄の方がぐるぐるしている間にキッチンから乱入してくる渋谷母。

    「ゆーちゃんたらズルい~ッ!!そーなったらパパもママもゆーちゃんたちと一緒にいくわ!パパを脅し……いえ、パパにお願いして異動願いを出してもらって!パーティの度に着物を着させられるのは嫌だったけど、久しぶりの外国生活も悪くないわねぇ♪」
    「「へ?」」
     手を握り合って目点となって固まる兄弟。


     いい加減、子離れした方がいいと思うよ、オフクロ……





    「──という事があってだな。だから、お前が日本国外の大学選んでも、こっちのバックアップ態勢は万全だって伝えておきたくてさ。俺の方の心配はせずに好きな道を選んで大丈夫……って、村田?」

     溜息を吐いて深く項垂れる親友の姿にうろたえる有利。

    「つまり、僕の進学先次第じゃ、渋谷家の人々全員が漏れなくついてくるってこと?」
    「うん。そんな話になったみたい」
    「息子や弟の友人の留学先に家族ぐるみで引っ越ししてくるなんて有り得ないな」
     訂正。規格外魔族一家ならアリと証明された。たった今。さすがは渋谷ファミリー。
     有利は静かに微笑した。
    「違うよ、村田。息子や弟の、じゃない。眞魔国の魔王と大賢者の、だよ」

     瞬間。通り過ぎる軽く張りつめた空気。
     二人の少年が小さく笑みを交わし合うと、その空気はすぐに解けた。

    「そっか」
    「うん」
     有利は手にした軟式球を、右手だけで軽く上下にお手玉した。
    「ま、俺とうちの家族に関しては私情丸出し。親友の、息子の、弟のー、なんだけどな。ボブが世話してくれんのは、地球と眞魔国の魔族のためだ。お前も言ってただろう?王であることや守られることに慣れろって。一個人の渋谷有利としては分不相応な待遇だと思うけれど、眞魔国の魔王としては、地球の魔王の厚意を受けるのもありだと思ってさ」

     お前の親友としても、魔王としても、俺にはお前が必要だから。
     俺の我がままだって、解かっちゃいるけれど。
     お前には……俺の傍にいて欲しいんだ。

     眼鏡のレンズ越しに、微笑が深まった。
    「いよいよ、渋谷も魔王としての自覚が出てきたね」
    「いつまでも半人前ってわけにもいかないしな……それに。勝利の方はお前に対する下心もあるんだ」
     親友の目が丸くなった。
    「下心?」
     ボールを投げる手を止めて頷くと、有利は視線を空に向けた。
    「将来的には、できることなら、お前に勝利の手助けもして欲しいんだってさ。お前の気持ち次第だけど、地球も眞魔国も関係なしに魔族全体の事を考えるなら、両方の世界を解って二つの世界の架け橋となれる人間が必要だ、そして誰かにその役割を頼むならお前が一番適任なんだと。その選択肢を残しておくなら、ちゃんと大学に行って、地球での足がかりを作っておくのも悪くないだろうって。そうすれば……村田の家族も悲しませずに済むだろうし」

     ややあって、村田健は穏やかな微笑を浮かべた。

    「さすがだね、渋谷のお兄さんは。物事の先を見通す目を持ってる」
     黒目がちの柔らかな瞳が、優しく親友の視線を捉えた。
    「どっちにしてもお前が決めることだけどな。俺に言えるのは、俺や周りの都合なんか気にしないで、お前自身のために悔いのない道を選んで欲しいってことだけだ。一度きりの人生、やりたいようにやれよ、村田。俺もお前も、好きな道を精一杯生きればいい。俺はそう思う」

     染み入るように、笑顔が広がる。
    「考えておくよ。──ありがとう、有利」

     村田が俺をファーストネームで呼ぶのは、大切な何かを伝えたいときだ。
     不覚にも親友の幸せそうな笑顔に心を奪われてしまい、有利は照れ臭そうに咳払いをした。
     
    「で、どうなのよ、健ちゃん?行きたい学校とかあるの?」
    「うーん、そうだねえ。メジャーなとこじゃ、やっぱりアメリカのケンブリッジ辺りかな?ハーバードもマサチューセッツ工科大学もあるし、君の生まれたボストンとも近いしね」



     大賢者異変の知らせが魔王の耳に届いたのは、それから三日後のことだった。






     どうして、こんなことに?

     
     血盟城にある大賢者専用の別室で、天蓋のついた寝台の上に双黒の少年は横たわっていた。
     眼鏡は外されている。
     閉じられた目に不自然に赤らんだ頬。黒衣を纏った細い体はぴくとも動く気配を見せない。
    「おいっ、しっかりしろ村田!村田ッ!」
     枕元に覆いかぶさり、足元が崩れそうな深い衝撃に震えながら、有利は痛切な表情で意識のない親友の顔を見つめていた。

    「朝会った時には全然いつも通りに元気だったじゃないか。急に一体どうしちゃったんだよ、村田は?」
    「申し訳ない。この事態を招いたいきさつについては我らに責任がある」

     室内では、関係者一同が深刻な顔つきで大賢者を見守っていた。
     摂政のグウェンダル、王佐のギュンター、護衛役のコンラートにヨザック、騒ぎを聞きつけて飛び込んできたヴォルフラムに医師のギーゼラ。
     癒しの術を施す手を止めると、ギーゼラは唇をかんだ。

    「治癒術があまり効きません。発熱を抑えるので精一杯です。皆様のお話からすると、恐らくは身体というよりは魂の方に問題があると考えられますが──」
     心の乱れを隠し切れずに、有利は声を詰まらせた。
    「魂のって……何があったんだグウェンダル?」

     有利から視線を外すと、摂政は重い口を開いた。眉間の皺がさらに深まった。
    「先ほどまで、我々は大シマロンの動向についての報告を受けていた。先の海戦で眞魔国に敗れて以来、大シマロンでは、王に対する不信と不満から国の内外で反乱が頻発している。ランジールを支持する者はなく、奴が退位を迫られるのはいよいよ時間の問題だろうと話をしていたところだった」
     向けられたグウェンダルの眼差しに目で頷くと、ヨザックが上司の後を引き取った。
    「ランジールが退位した後、誰が玉座を手に入れそうか洗い出しをしていたんですよ。後を継ぐ人物次第で眞魔国が大シマロンに対して打つべき手も変わってきますからね。その時に……俺たちは猊下の目に触れちゃいけないものをお見せしてしまったんです」
     嫌な予感に、有利の瞳が不安に揺れた。
    「村田に見せたくなかったものって?」
     グウェンダルが無表情に答えた。
    「ランジールの命で白い鴉が行ったとされる、要人の暗殺名簿だ」

     それは村田がしたことじゃない!

     懸念と焦燥に叫び出したくなる感情を抑えながら、有利は必死の想いで口を開いた。
    「暗殺って……でもそれは!」
     ヨザックが、首を横に振りながらどうか落ち着いてくださいという風に有利の腕をとると、支えるように主の身体を引き寄せた。
    「もちろん、俺たちには『暗殺を指示したのはジェネウスであって猊下ではない』事はちゃんと解ってます。猊下もその場では大丈夫だと仰られたんで、やむなくそのまま話を進めたのですが……やっぱり不味かったんですよ。会議が終わった後、猊下は何かの発作に襲われたかのように苦しまれて、じきに気を失ってしまわれたんです」
     厳しい表情で、眠り続ける少年を見つめていたコンラートが、静かに付け加えた。
    「意識を失われる直前に猊下が口にされたのは、ジェネウスの名前でした」
     落ちようとする身体を咄嗟に支えた、そのコンラートの腕の中で。少年が吐くように漏らした最後の言葉。

     違う、止めるんだ、ジェネウス。

     沈痛な面持ちで拳を握り締めると、ギュンターが悔しげに項垂れた。
    「恐らくは猊下の中にあるジェネウスの魂が猊下の魂に干渉しているのだと思われますが……どうしたらよいのかいまだ有効な手立てが見つからずにいるのです。全くもって不甲斐なく、誠に申し訳なく思っております、陛下」
    「そんな……」

     無意識のうちにヨザックの手をゆっくり振りほどくと、有利は茫然と一人立ち尽くした。

    「俺の……俺のせいだ」
    「陛下?」
    「俺があの時、よく考えもしないで村田にジェネウスの魂を預けたから……だから村田は」
    「ユーリ!」
    「坊ちゃん、それは違う!」
     有利は激しく首を振った。少年を気遣って声を上げるギュンター、ヴォルフラム、そしてヨザックの声も、今は耳に入らない。
    「違わないよ!いつもそうだ。村田はどんな時でも自分は大丈夫だって言って。俺に心配かけないように笑って何でも引き受けてしまう奴だって。……分かっていながら俺はいつも村田に甘えてた」

     村田にはこうなる危険が分かっていたはずだ。
     一度は創主に成り果てるほどまで闇に染まった魂だ。それを受け入れることが怖くないわけはなかっただろうに。なのに、あのとき彼は即断したのだ。大賢者としての責務を果たすために、ジェネウスへの贖罪のために、眞魔国の民を守るために……そして親友である有利の信頼に応えるために。

    「ジェネウスの魂を渡した時、元々自分たちは一つだったんだからって、あいつは笑ってたんだ。全然問題ないって顔で。俺はその言葉を真に受けて、村田のことなんかこれっぽっちも考えなかった」

     彼の事を忘れない。それが、彼の存在した証だろう?
     うん、そうだな。俺も忘れない。

     それどころか、そう言って笑いさえしたのだ。忘れずにいようだなんて、魂を共有する村田と俺とじゃその意味するところが全く違う。彼を忘れずにいるということは、ジェネウスの魂に刻まれた苦しみを村田自身にも背負わせることになるのだと──俺は「本当に」解かっていたのか?

     眦を決して全身を震わせながら、親友の前に立つ少年。自分への怒りと決意に満ちた魔王の姿に、その場に居合わせた者全員が言葉を失った。

    「眞王廟に行ってくる。あの人ならあいつを救う方法を何か知っているかもしれない。俺はどんなことをしてでも村田を助けたいんだ。……ギーゼラ、俺が戻ってくるまで村田をよろしく頼むよ」
     言いながら、脇目も振らずに踵を返すと、断固とした急ぎ足で部屋を飛び出していく有利。
    「待て、ユーリ!僕も一緒に行く!」
     間髪入れずに、その後を追うヴォルフラム。

     心を決めた魔王を止められる者は誰もいない。
     視線を交わし合う年長4人組。

     グウェンダルとギュンター、ヨザックに頷きかけると、コンラートは素早くヴォルフラムの後に続いた。





    「こうなることを案じていたのだが」

     大賢者が意識不明となった、その事の次第と彼の容体を一通りユーリから聞き出すと、禁忌の箱の上に座り込んだ眞王は内なる想念に沈み込んだ。
     魔力が回復しきっていないのか、微かに燐光を発するその姿は相変わらず小さいままだ。
     重苦しく落ちる沈黙に耐えきれなくなった有利は、もどかしげに眞王に問いかけた。

    「眞王には解っていたのか?ジェネウスの魂が村田を傷つけるかもしれないってこと?」
     落ち着き払ったアイスブルーの瞳が、有利を射抜いた。
    「まあな。俺もだてに長年、お前たちの魂を見てきたわけではない」
     冷え冷えとした声が仄明るい廟内に響いた。
     
     ジェネウスの魂は……お前のおかげで大方は癒されたはしたが、一時は創主に等しいまでの怨念に穢されたものだ。あの時の傷は未だ遺っているだろうし、元の記憶は大賢者の魂に由来しているとはいえ、所詮は人の手で造られた紛い物。些細な切欠でたやすく負の情念に流されてしまう、本物の魂に比べれば脆弱で不安定極まりない代物だ。

    「時間をかけて鎮めてゆけば、いずれは大賢者の魂に同化して消滅していく──ムラタはその心積もりだと言っていたが。あいつ自身の心に迷いがあったせいで、ジェネウスの闇にその心の隙を突かれてしまったのだろう」
    「迷いって。村田は何かに悩んでいたのか?」
     探るような視線が有利に注がれた。
    「不器用な奴だからな。お前は、なぜあいつが血盟城ではなく普段はこの眞王廟に引っ込んでいるのか分かるか?」

     一瞬。虚をつかれて口を閉じた後、有利はむくれたように躊躇いがちに答えた。
    「それは……眞王が村田を手放さないからじゃなかったの?」

     眞王、村田に懐いてたし。

     不本意気に秀眉がひそめられた。
    「──全く。俺があいつを此処に縛りつけているわけではないぞ。まあ、大賢者に傍にいて欲しいのは事実だから完全に否定はせぬが。あいつの優しさに甘えていたという点では俺も同罪かもしれん。お前の臣下に聞いてみることだな。今回はそれが裏目に出てしまったようだが」
    「どういうことだよ?」
    「聞けば分かることだ」
     ……その理由だけではないがなと、内心で独りごちる眞王。

     有利は必死に訴えた。

    「眞王、俺は村田を助けたいんだ。頼む。村田を助ける方法を知っているなら教えてくれよ」
     冷徹な眼差しが有利を見据えた。
    「これは俺の想像だから確証はないが。ジェネウスの暴走を切欠に、大賢者の魂の中にある四千年分の記憶と人格を制御していた精神の均衡が崩れてしまったのだ。恐らく、ジャネウスや他の人格に表の意識を支配されないよう、大賢者が自らの魂に結界を張ったのではないかと思うが……ムラタが自分でジェネウスと四千年分の記憶にけじめをつけて出て来ぬ限り、あいつの意識が戻ることはないだろうよ」
     有利の顔に動揺が走る。
    「じゃあ、目を覚ますのは村田次第ってこと?俺にできることは何もないのか?」
     氷の面差しが和らいだ。
    「そう焦るな。今あれに与えてやらねばならないものは、魂に秩序を回復させるまでに必要な気力と時間だ。この状態が長く続けば、心より先に身体の方がもたなくなる。三日か一月か分からぬがな。ムラタが自分を取り戻すまで、あいつの身体を守って時間を稼いでやることだ。……俺の大賢者のことだからきっとなんとかするとは思うがな」
     反射的に有利はかみついた。
    「それを言うなら俺の村田だぜ、眞王。例え百年かかろうと、村田は俺が守ってみせる」
     微笑する眞王。

    「ユーリ、俺がお前を魔王に選んだのは、なぜだかわかるか?」

     あの時と同じ問いかけ。
     しかし、あの時と今は違う。今の渋谷有利には即答できる。
     ──お前が誰にも負けないと思う事はなんだ?
     強い光を湛えた漆黒の瞳が、まっすぐに眞王を見返した。

    「眞魔国と仲間を、村田を大切に想う気持ちは、誰にも負けない」
     真顔になって頷くと、眞王は言った。
    「その愛と情熱があれば、お前のすべきことは自ずと明らかだろう。あいつの体の癒すのは他の者でもできるが、こちらに戻ってくる理由を示してやれるのはお前だけだと……俺はそう思う」

     あれを頼む、ユーリ。あいつの魂を守ってやれるのはお前しかいない。

     眞王の言葉に頷くと、僅かの時間も惜しむように有利は出口へと足を向けた。
     その足がふと止まると、だだっ広い廟の中、一人箱の上に座す廟の主を振り返る。彼の上に見える孤独の影は俺の気のせいなんかじゃない。

     ごめん。頭に血が上ってて、忘れていたよ、おれ。
     あんたにとっても村田は──
     有利は言った。

    「……必ず助けるから。村田も。村田の魂も──あんたの大賢者も」
    「ああ。頼んだぞ、ユーリ」

     少し驚いたように微笑んだ眞王へ決意に満ちた笑顔で頷き返すと、今度こそ身を翻して有利は駆け出した。
    「俺、いくよ。ありがとう、眞王!」





     眞王廟から血盟城への道中。

     眞王との話が済めばユーリは一目散に城へと戻るだろうという護衛二人の予想は外れ、少年は考え事をしながら並足で馬を進めていた。無言のままでその後に付き従うヴォルフラムとコンラート。
     ほどなく、馬に揺られながら、かたい口調でぽつぽつと有利が言い始めた。

    「……眞王が言ったんだ。なぜ村田が血盟城じゃなくて眞王廟にいるのか分かるかって。コンラッドやヴォルフラムにはその理由が分かるの?」
     顔を見合わせて、逡巡の表情を浮かべる兄弟。
     少しの間をおいて、コンラートが答えた。
    「それは……猊下が俺たちに遠慮していらっしゃるからだと思います」
    「それって、村田が……大賢者が偉すぎるせいか?あいつが表に出ていろいろ口出しすると皆が何も言えなくなるからってこと?」
    「そうです」
     名付け親の淡々とした応答に、じれったげに反論する有利。
    「そんなのおかしいよ。村田だって間違うことがあるかもしれない。皆で話し合って決めたらいいだけの事じゃないか」
     感情を押し殺した声で、ヴォルフラムが冷たく言った。
    「ユーリ、大シマロンの件の会議に、兄上たちが猊下を呼んだのは何故だと思う?猊下にはわざわざ来てもらわずとも、後で報告するだけでも良かったんだ。それでもあいつはきっと気にしなかったろうよ」
    「あ……」

     そうか。グウェンも皆も村田と一緒に話し合って決めようとして──
     三男坊は翠色の眼を伏せると静かに言った。

    「猊下への尊敬の念は理屈じゃないんだ。お前への、魔王に対する敬愛とも違う絶対的なものだ。ムラタと直に接している僕たちは、あいつが、大賢者が絶大な権威を持つ今の状況を良しと考えていないことを知っているが、十貴族たちや民はそうじゃない。これはどうしようもない事実なんだ」
     次男の声が後に続く。
    「猊下は大賢者としての影響力を正しく理解されるが故に、ご自分が積極的に政に関わることで眞魔国の秩序が乱される事を恐れていらした。それどころか……過去の存在である大賢者は今の世に関わるべきではないと考えておられる節さえありました」

     首を横に振ると、有利は苛立たしげに手綱を握り締めた。

    「なに言ってんだよ!村田は、大賢者である前に今を生きてる村田健だ。過去の人なんかじゃないっていうのに……」
     薄茶の目が微かに細まった。
    「陛下の仰る通りです。グウェンダルやギュンターは、むしろ、いずれは陛下と猊下が中心となって眞魔国の政を担って頂きたいと願っている。それで、なんとか猊下のお考えを変えられないかと、猊下を交えて今後の方針を決める場を増やす試みを企てていたところなのですが……」

     自嘲ぎみに有利は吐き捨てた。
    「キャッチャー失格だな。ぜんぜん周りの事が読めてないじゃん。村田がチームに自分の居場所がないと思い込んでて皆もそれを心配していたなんて……俺はちっとも気づいてなかった」

     眞王にはちゃんと分かっていたのに。
     経験値の差があるっていっても、村田のことだぜ?

     そっけなく慰める三男坊。
    「お前の鈍さ加減は今に始まった話じゃないだろう」
     ごく穏やかに、コンラートの声がフォローした。
    「近すぎて見えない事もあります。ユーリにとっては猊下は《村田健》以外の何者でもありませんでしたから。……大丈夫、猊下はちゃんと分かっておられますよ」

     ご自分の居場所は、陛下の隣にこそあるって事をね。
     
     ふんと横を向く弟に、コンラートは微笑みかけた。
    「妬けるか、ヴォルフラム?」
     悄然と前を進むユーリの後姿に目をやると、ヴォルフラムは毅然として胸を張った。
    「見損なうな。そんな話は、ムラタが元気になってからでいい。ユーリが誰を想おうとも、僕のユーリへの想いが変わるわけじゃないからな───」



     血盟城に戻ると、摂政、王佐、お庭番、プラス”赤い魔女”が魔王を待ち構えていた。

    「ユーリ陛下。猊下の身体を保存する必要があるなら、この私にお任せを。氷の棺の準備はいつでもできておりますわ。魂を分離する必要があるならお菊ダイケンジャーの手配も……」

     いや、いいからそれは(汗)。

     苦笑する有利。
    「村田を雪ムラタにしても、現状を維持するだけで問題解決にはならないみたいなんだよ。……それよりアニシナさん、この部屋の周りに誰も近づけないようにしてもらえないかな?魔王と大賢者が揃って不在なのがバレたらまずいからさ。俺たちは地球に戻ってることにして、この部屋にいるのが誰にも解らないようにして欲しいんだ」
     眉を上げるアニシナ。
    「どういうことです、陛下?」
     優しく親友の胸に手を当てる有利。
    「村田が目を覚ますまで、俺が付き添うんだよ。俺じゃないとダメなんだ。あ、たぶん長丁場になると思うし、俺の食事とか身の回りの手助けはギーゼラに頼むよ」
     動揺をみせるグウェンダル。
    「長丁場とは……一体どのくらいの期間になるのだ?」
    「んー。3日か10日か……1か月?」

     沈黙。

    「そんなに!」
    「なんですと!」
    「無茶な!」
    「ユーリ!」
    「坊ちゃん!」

     へらりと笑みを崩す有利。

    「えーと。下手したら、1年とか100年とか……かも?」


     赤い魔女が、満面の笑みを浮かべて宣言した。


    「陛下のご覚悟、確かにお聞きいたしました。陛下の邪魔は誰にもさせません。お二人を引き離そうとする輩があれば、このアニシナが責任を持って全力で排除いたしましょう!」

     ブリザードが吹き抜ける。ギュンターが絶叫した。
    「陛下~~!」

     有利は笑った。


    「大丈夫。俺を信じて待っていてくれ。必ず二人で戻ってくるからさ」




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