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    花影に微睡む(エピローグ1)


     
    「聞きたい?」
     進藤がそう問いかけたから、ボクはこう答えた。
    「うん、聞きたい。どんな人だったんだい?」





     進藤を半ば強引に花見に誘ったのは、半分はボクの身勝手から、半分は彼の様子を見るに見かねての事からだった。
     生涯のライバルをこんな下らない諸事で潰されてはたまらない。4冠のうち3冠を立て続けに失ったことで、世間の進藤への評価は上昇したときの速さより速く急落した。無責任なマスコミ、彼の真価を理解していない口さがない連中の風当たりや、相変わらず加減というものを知らず全ての対局に力を出し切ってしまう進藤の無器用さ。それらに遣り場のない憤懣と懸念の思いを抱いていたボクは、たまたま一緒になった京都でのイベントを丁度よい機会とばかりに、そろそろ疲れの見え始めた彼を、この地でボクの知る限り最良の癒しの場である藤原家へと一時避難させることにしたのだ。

     父に連れられて藤原家を初めて訪れたのは8才くらいの頃だったが、この庭の満開の桜に我を忘れるほどの衝撃を受けたのをはっきりと覚えている。彼もこの景色を気に入ってくれたようで、安心したボクは、進藤を庭に残してこの家の主と話すために別室へ戻ると、お礼や父の近況を伝えているうちに藤原さんと長く話し込んでしまったのだ。

     ボクが縁側へ戻ってくると、進藤の姿はなかった。

    「進藤?」

     庭を見回すと、桜の樹の下で仰向けに横たわっている彼の姿が目に入った。寛いでいてくれるのは結構なことだが──
    「おい、進藤!まだ風は冷たいし、そんなところで寝てると風邪をひいてしまうぞ?」
     マグネット碁盤を抱えて草履を履いて庭に下り、彼の方へと近づいた……と。異様な気配に、ボクは強烈な不安に襲われた。
     進藤はぴくりとも動かない。ボクは慌てて彼の傍へと駆け寄った。

    「進藤!」

     顔色の白さが尋常ではない。恐ろしいことに、彼の呼吸が感じられなかった。思わず、跪いて脈をとるのに首筋に手を当てると、右耳を進藤の胸に寄せた。
     肌の温度が冷たい。心臓が……止まっている!?

     一瞬目の前が暗くなって、頭がぐらぐらした。以前に過労で彼が倒れた時のことを思い出す。嘘だろう?疲れていそうだとは思ったけど、まさかそんな命に関わるほどまでに具合が悪かったのか?
     こういう時は下手に動かしてはいけないんだったと、彼を揺り動かそうとした手を止める。必死で心の動揺を鎮め彼の名を呼びながら、救急車を呼びにいかないと、と考えが及んだ時。
     彼が微かに息を吐き、目を覚ました。
     どこか痛むのか、頬に細く一筋の涙が伝い落ちた。

    「……塔矢」
    「どうしたんだ、大丈夫か?」

     言葉を交わせば、普段より感じやすくなっている気はしたものの彼の様子に異常はなく。不安が溶けてゆくと同時に、ボクは自分の早とちりが恥ずかしくなった。
     仕方ないだろうと胸の内で言い訳をする。なにせ、彼には前歴が有り過ぎるのだ。

     彼は、夢を見ていたのだという。
     夢の中でまで碁を打っているのも彼らしいが、何気にその相手が気になった。
    (──幸せだった──)
     残念ながらその棋士はボクではないようだが、それなら進藤にここまで言わせる棋士はどんな人なのだろう?

     たかが夢の話と聞き流せば、彼も笑って流したに違いなかった。
     だから、ボクは聞きたいと答えた。
     進藤がその人とどんな碁を打ったか聞いてもみたかったし──それに。
     静かな、香しい微風の吹く薄紅色の世界で、不思議とそれが相応しい話題に思えたから。

     進藤は笑ってぎこちなく起き上がると、寄り添うように桜の幹に背を預けた。

    「そいつは平安時代の棋士でさ、帝の指南役をやってたんだ」
     平安?
     ……言ってはなんだが、進藤は教養があるタイプでも勉強が好きなタイプでもない。
     予想外の言葉に、ボクは面食らって応じた。

    「キミが日本史に興味があったなんて意外だな。てっきりボクの知ってる棋士の誰かかと思ったのに」
     進藤は拗ねたようにむくれた。
    「混ぜっ返すなよ。オレが日本史得意なわけないじゃん。黙って聞かないともう言わねえからな」
    「分かったよ。……それで?」
     せっかくその気になっている彼の気が変っては拙い。ボクは急いで先を促すと口を閉じた。
     進藤はすぐに気を取り直すと、再び話をはじめた。
    「帝にはもう一人指南役がいてさ。それが汚ねェヤツで、御前対局でズルした挙句にそいつに濡れ衣を着せて、そのせいでそいつは入水自殺するハメになったんだけど。碁を打ちたいばっかりに碁盤に憑りついて、自分に打たせてくれる棋士を何百年も待つことになったんだ」

     ……キミにそんな夢を見るほどの想像力があるなんて、想像もしなかったよ。
     いけない、いけない。
     呆れるやら感心するやらで、ボクはそう言いたい気持ちをぐっと堪えた。
     ボクの内心の思いを他所に、彼の物語は続いた。

    「そいつの姿は誰にも見えなかったんだけど、虎次郎っていう子供には見えたんだ。虎次郎はそいつの碁打ちの才能に気づいて、自分の身体を貸して碁を打たせてやったんだ。そして虎次郎は……後に、本因坊秀策と呼ばれるようになった」


     ──え?


     カチリと。前触れもなく。心の内で、行き場を失っていた謎のピースのはまる音がした。
     世界の全てが、止まった気がした。



     辺りの静けさとドクンドクンと高鳴り始めた胸の鼓動の中で、ボクはなんとなく気づいた。これは進藤の夢の話で、ボクは進藤の夢の中に入り込んでいるのだ。もしもボクが驚いたり叫んだり、この夢に疑いをもって話せば、夢は壊れ、夢の続きは見られなくなる。
     ボクは、期待と恐れに胸を震わせながら、そっと言った。

    「それからどうなったんだい?」
     進藤は、腕を組むと梢を見上げた。
    「虎次郎が死んだ後、巡り巡ってその碁盤はオレのじいちゃんちの蔵に来たんだ。で、なんでかオレにはそいつの姿が見えたんだよね。そん当時のオレは虎次郎と違って囲碁なんてこれっぽっちも知らなかったから、もー大変でさ。そいつは打ちたい一心で千年も幽霊やってるくらい囲碁が好きな上に、我が儘で、歳の割に子供っぽくて。打ちたい打ちたいって毎日オレにせっつくしで。アイツと出逢わなかったら、オレが碁を打つことは絶対になかったろうな」

     進藤は、楽しげに話を続ける。
     やっとの思いで勇気を出すと、ボクは夢の中へと問いを投げ込んだ。
    「キミは、その人とお父さんの碁会所に来た?」

     一時の間があった。
     進藤は思い出すようにふっと笑みを浮かべた。

    「うん。たまたま入った碁会所があそこだったんだ。そこで塔矢とはじめて打った。アイツ、塔矢のことただの子供じゃないって褒めてたよ。……オレは悔しかったなァ。お前はホントに凄いヤツだったし、あんな風に一途に一つの道に邁進してる奴に会ったのはお前が初めてだったから。ただの子供だったオレには、衝撃だった」

     進藤の声は、どこまでも染み入るように穏やかで、優しかった。

    「今、オレがこうして打っていられるのは、アイツと塔矢先生と……お前のおかげだ。アイツが碁を教えてくれて、塔矢先生の打ってる姿に憧れて、お前と対等に打ちたくて、お前を追いかけ続けて……オレはここまで来ることができた。オレは、そう思っている」

     風に吹かれて、ちらちらと花びらが宙を舞っていた。
     ボクは身体を起こして脇にあったマグネット碁盤を広げると、黙って石を並べた。
     進藤と打った二つ目の棋譜だ。
     数手を並べたところで、進藤の顔に理解の色が浮かんだ。

    「これは……ボクにとっての、かけがえのない大切な棋譜の一つだ。この一局でボクの人生が変わったと言ってもいい」

     進藤は、神妙な顔つきで黒と白の織り成す模様を見つめていた。
     彼に問いかける声が、微かに震えた。

    「これは、彼が打ったのだろう?」
    「うん」
    「碁会所で、キミと初めて会った時も?」
    「うん」
    「……ボクのプロ試験の初日に、インターネットで打った対局も?」
    「うん」
     バラバラだった謎のピースが次々とあるべき場所へと納まってゆく。
    「……そうか。キミの新初段戦の対局も彼だね」
     進藤の眼差しは、遠く空を流れる雲を追っていた。
    「うん。アイツ、塔矢先生とすごく打ちたがってて。逆コミ先番じゃアイツが勝ってしまうから、十目のハンデがあると考えて打たせたんだ」

     ボクは深く息を吸った。

    「……彼は、今、どうしてる?」

     続く沈黙。
     やがて、静かに答えがあった。

    「アイツは……もういない。ネットで塔矢先生と対局した後、消えちまったんだ。10年前の、5月5日の朝だった」
    「入段後、キミが不戦敗を続けていた直前の時期だね」
    「うん」

     胸が痛んだ。
     進藤の声は、静かだった。しかし、理由は解からないながらも、ボクには、ボクの問いかけの一つ一つが彼の古傷を深く抉っているのが確信をもって感じられた。
    (約2年半ほどか……)
     長くもないその日々を、進藤と彼がどんな風に過ごしたか、ボクには推し量りようもないけれど。あの頃の進藤は、最高に幸せそうで最高に輝いていたのをボクは覚えている。……その天真爛漫といってよかった笑顔が失われて、随分と年月が経つが。
     だから、そうだったのだろうとボクは思った。
     声が続いた。

    「オレ、お前に謝りたかったんだ。お前はずっとアイツと打ちたがっていたのに、アイツも皆と打ちたがっていたのに、オレが……」
     予期せずに、詰まる声。
     金色の前髪に半分隠れて閉じられた瞼の下、彼の瞳は見えなかった。
    「オレがアイツに打たせなかったから。オレが自分で打ちたいって自分の我が儘を押し通したから……お前はアイツと打てなかった。お前も、塔矢先生も、アイツと打ちたがってた他の皆も」
     
     苦汁に満ちた、キミの言葉。
     その言葉の意味がゆっくりと心に染み入るうちに、ボクにもだんだんと解ってきた。

     ──進藤。キミを苦しめ続けていたのは、それだったのか?
     大切な人との別れだけじゃなくて。
     自分が打つのではなく、彼に打たせるべきだったと。
     あの時期、キミが打たずにいたのは、その後悔の念からだったのか?

     進藤から伝わってくる痛切な想いに触れ、目頭が痛いほどに熱くなってくる。
     指先の爪が、手のひらに深く食い込んだ。
     歯を食い縛りながら、進藤に気づかれないようにボクは口の中で激しく息を吐いた。

     なんてバカなんだ、キミは。人がいいにもほどがある。
     何を悔やむ必要がある?我が儘なんかじゃない。相手がどれほどに素晴らしい棋士だったとしても。それが囲碁の神だろうとも、自分の時間を、人生を譲り渡す必要が何処にあるというんだ?
     打たない自分なんて、ボクには想像もできない。
     自分が打たずにいるなんて。そんなに碁が好きなキミが打たずにいるなんて、そんなことできるはずがないじゃないか。

     不戦敗を続けていた時期の進藤がまざまざと記憶に蘇り、恐れと怒りに胸が震えた。
     本人は自覚していないようだが、あの当時の進藤は死んだも同然だった。
     ──なのに、進藤は自分を捨てて、彼が打つことを望んでいたのか?その人やボクたちに遠慮して……それが正しい道だったと、キミは本気でそう思っていたのか?
     たとえそれでどんなに素晴らしい棋譜ができたとしても、そんな対局ならボクはいらない。キミの可能性を潰して、キミの哀しみの上に成り立つ対局など、ボクは望まない。
     もし彼が消えずにいたら、誰も気づかずにいたら、いつかキミはそうして本当の『進藤ヒカル』を殺していたのだろうか?

     心の中で、ピースがはまった。

     あァ、だから「彼」は。
     進藤のために。
     真に碁を愛する棋士、真の天才だったからこそ……彼は進藤の才能を見抜き、育て上げ、そして去っていったのだろうか?

     ボクは改めて進藤を見つめた。
     今やボクの知る限り、最強の棋士、最大の好敵手となって存在する彼の姿を。

     不意に、ボクはあることに気づくと笑いが込み上げてきた。
     そう、やはり彼は天才だったのだ。
     彼の石は完全には死んでいない。
     進藤の石も自分の石も、二つ共に生かす道を、彼は見出したのだから。


     青い空を仰ぎながら、ボクは答えた。


    「彼がいなかったら、キミという棋士は存在しなかった。それでいいんじゃないか」
    「でも、」
     なおも言い募ろうとする進藤を、ボクは強く遮った。
    「しつこいぞ。ボクがいいというんだから、それでいいんだ。それに……」

     その棋士の打つ碁が、その棋士の存在の証の全てだ。
     ずっと彼を見てきたボクだからこそ、解かることがある。ボクに迷いはなかった。
     有無を言わさず同意を求めて、ボクは進藤を見つめた。

    「彼は本当には消えてはいない。そうなんだろう、進藤?」
     ボクははっきりと断言した。

    「キミの中に、もう一人いる。反論は許さない」

     びっくりしたように目を見開いてボクを見つめる進藤。
     暫くそうしているうちに胸の内で何かが氷解していったのか、やがて彼は相好を崩すと、心底可笑しそうにくつくつと笑いはじめた。
    「あーあ。負けたよ負けた。本当にお前はすごい奴だよ。考えてみたら、お前には最初からほとんどバレてたもんな」


     残る謎は、あと一つだった。


    「彼の名前は、何というの?」
     進藤の声が、優しく彼の名を伝えてきた。
    「……佐為。藤原佐為っていうんだ」

     ──sai

     最後のピースがはまった。
     なんとなく、そうするのが自然な気がして、ボクは進藤をしっかりと抱き締めた。まだ夢の中にいるような気分だったせいかもしれない。いや、これはたぶん夢だろうから何も気にすることはないんだろう。聊か子供っぽい行動のような気もするが構うものか。
     完全な不意打ちに、驚いてじたばたもがく彼。

    「わーっ!!と、塔矢、いきなりお前なにをしだすんだっ???」
    「やっと捕まえたんだから、少しくらい大人しく捕まえられてろ」
    「離せッ!オレにそっちのシュミはない!」
    「安心しろ。ボクにもない。これはそういう意味じゃないから」

     キミには解らないだろうね。
     ボクが、どんなにキミという人が現れるのを待っていたか。
     ──キミたちの存在に救われてきたか。

     訝しげに、腕の中で彼が大人しくなった。
    「……塔矢?」


     ありがとう。
     キミがいてくれて、キミたちに逢えて、ボクは本当に……


     この日、この瞬間、満開の花の中で。
     ようやく、ボクは二人の進藤を捕まえたと実感できた。
     





                               ──End──
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