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    花影に微睡む 3

     
     
     一月はあっという間に過ぎ去った。

    「もう、オレがお前に教えられることはなくなっちゃったかな」

     思えば、ネット碁でひと夏打っただけで、佐為は塔矢名人と互角に渡り合えるくらいにまで強くなったのだ。一局打つごとに佐為はアイツに近づいてくる。このまま打ち続ければ、いずれ間違いなくこの佐為はアイツと同じくらいにまで強くなるだろう。同じ人間なんだから当然といえば当然の話だが。
     ヒカルの言葉に抗議の声が重なった。

    「そんなことはありません!まだ私は貴方に勝てていないじゃありませんか!」
    「先番かコミなしなら勝ってるだろ?お前の時代のルールにはコミはないんだからそれで十分じゃん」
     こんな風にムキになる佐為は子供みたいだなァと、ほほ笑ましくヒカルは思う。佐為の声がワントーン高くなった。
    「十分じゃありません!さあ、もう一局打ちましょうヒカル!」
    「しつこいなァ。一体どうしちゃったんだよ?」

     半分呆れながら目を上げる──と。
     そこにある、憂いを含んだ物言いたげな表情に、ヒカルは胸を突かれた。
     ……あァ、この顔。見たことがある。

     佐為は袖口で口元を隠すと、静かに目を伏せた。
    「だって……不安なのです。菅原顕忠との対局が終わったら、貴方が私の前から消えてしまうような気がして」

     そうか、お前も心の底じゃわかっているのか──
     何も言えずに眼の前の哀しみを見つめる。
     そんなことないよ、とは言えなくて。これからもずっと一緒だとは言えなくて。
     佐為に向かって明るく微笑むと、ヒカルは優しく言った。
    「もう一局だけだからな。明日は本番なんだから夜更かし禁止。打ったら小丸の捕ってきた魚を食べてさ、今日はしっかりと寝るんだぞ、佐為」





     そして、運命の日。

    「これはこれは、佐為どの。妖物にあてられて病がちと伺っておりましたが、お加減はいかがですか」
    「ご心配をおかけしました。おかげで体調も良く、今日はよい碁が打てそうです」
    「なんでも此度の対局に勝った方のみが指南役として召されるとか。顕忠どのは音に聞く碁の名手。まだお若い貴方には厳しい局面となりましたな」
    「勝敗はやってみなければ分からぬものです。私なりに精一杯打たせていただくつもりですよ」

     参内した佐為に公家たちが声をかけてくる。彼らの扇の下に隠された含み笑い、言外に感じられる佐為を貶めようとする悪意の醜さに、ヒカルは胸がむかついて仕方がなかった。アウェーでの試合にしてもこれは酷い。
    「なんだよあいつら。対局前に嫌がらせしてくるなんて感じ悪いな」
    「顕忠どのに連なる者たちですよ」
     涼しげに場をさばく佐為の落ち着きぶりにホッとするヒカル。
    「意外に、お前って大人だったんだなァ」
    「慣れてますから。あの手の輩の言動をいちいち気にしていては御所勤めなどできません。それに……」
     ヒカルの方を振り返ると佐為は微笑んだ。 
    「ヒカルに打っていただいたおかげで、大分自信がつきましたからね」

     長く退屈な儀礼が終わると、大君の御前にて対局がはじまった。
     ヒカルの見た菅原顕忠の印象は、キモいおっさんだなァの一言に尽きる。先入観が最悪なのに加えて(美貌の佐為ならともかく)男の白塗りはどうにも生理的に受けつけられない。
     見下すような菅原顕忠の視線を、ごく自然に受け止める佐為。それを侮られたように捉えたか、口元を歪めると顕忠は脅すように音を立てて初手を打ってきた。

    (たいしたことねェな)
     初手からの数手で、顕忠は佐為の敵ではないと見て取るヒカル。ヒカルと打つ前の佐為なら確かに力は互角に近かったのだろうが、それでも佐為の方が優っていたに違いない。棋力だけなら佐為は顕忠に勝っていただろうと容易に察しはついた。
    (それにしても佐為は何を考えているんだろう?)
     後の不利を詰めてしまうと、一定の優位を保ちながら佐為は石を進めていく。大差をつけての中押し勝ちもできただろうに、敢えて真の急所を外し、相手に合わせて打っているようだ。

     ──来た!

     先番の利を失い、白塗りの顔をさらに青ざめさせた顕忠が、碁笥の白石に指を伸ばすのが見えた。佐為の鋭い視線に気づいた顕忠が、苦し紛れに怒声を張り上げる。

    「おい貴様、今、碁笥にまじっていた黒石を自分のアゲハマにしたな!!見ていたぞ、皆の目が盤上に注がれているのをよいことに、碁笥にまじっていた私の石をアゲハマにしたではないか!」

    (マジかよ)
     胸の悪くなるような卑劣さに、吐きそうになるヒカル。鳩尾が冷たくなり怒りで目の前が昏くなった。なんて言いがかりだ、こんなヤツのせいで、こいつのせいで佐為は死んだのか?
     絶対許せない。こんな不正が許されていいはずがない。
     ああ、神様。お願いだ、佐為を助けて。これで佐為が死ぬなんてこと、あっちゃならない。そんなのは酷過ぎる……

     佐為……ッ!!

    (大丈夫ですよ、ヒカル)


     落ち着き払った声が、穏やかに場内に響いた。


    「それは何かの見間違えでしょう、顕忠どの。そのような賢しい誤魔化しが大君の御前で行われるはずはありません」
     予想外の、佐為の冷静な応答に動揺する顕忠。
    「な、なんだと!つまらぬ言い訳をする気か!」
     微塵も動じず自信に満ちて対する敵手の余裕に、顕忠の白い顔が土気色となった。
     佐為の厳しい双眸が顕忠を射抜いた。
    「御前ですぞ顕忠どの。言葉を慎みください。此度の対局は棋譜を記していると聞いております。アゲハマの数に相違ありと異議を申されるならば、後に検めることもできましょう」
     伺うように、恭しく御簾に向かって視線が投げかけられる。
    「それに指南役ともあれば、私も貴方も初手から終局に至る全ての石を記憶しているはず。確かめればすぐに分かる稚拙な誤魔化しを、恐れ多くも御前で行うような痴れ者がいるとは、私には思いもよりませんな」
     御簾越しから、機嫌を損じたような帝の声がした。
    「そこまでにせよ顕忠。佐為の言う通り、そのような下卑た行為が余の前で行われたとは思えぬ。続けるがよい」
    「くッ……」

     肩をわなわなと震わせ憎々しげに佐為を睨む顕忠。が、不利を悟ったか、その後顕忠が言いがかりをつけてくることはなかった。途中、顕忠が加えたアゲハマの石を元に戻したのを見届けると、佐為は微かに頬を緩めた。

     それから半刻後──

     白石と黒石は同数にて、試合は終局した。
     指南役同士の互角の勝負として棋譜は広まり、力を同じくする打ち手が二人いなければ名局は生まれぬとの進言もあって指南役は二人のまま据え置かれることになったとは、後に観光が佐為に伝える話となる。






     ──梢の上には、天高く秋晴れの空が広がっていた。

     時折り庭に響く、石を打つ音。
     赤く色づいた紅葉が揺れる木の下で、佐為とヒカルは碁盤を挟んで茵の上に座していた。

    「なんで持碁にしたんだ、佐為?」
     盤面に釘づけとなったまま、上の空で答える佐為。
    「勝ちが過ぎると恨みを買いますからね。あの対局は、顕忠が指南役の座を守るためだけに用意したもの。目的は達せられ、御役は両者とも守られました。だから、あれでいいのですよ」
     嘆息するヒカル。
    「ちぇっ。あんな汚い手を使う奴の地位まで守ってやる必要ないのに……お前ってば人が良すぎるんだよ」

     正直なところ、もう一人の佐為を死に追いやる原因となった男など、ぎったんぎったんにノシてやりたかったというのがヒカルの本音だ。こっちの佐為の判断が正しいと理性では納得していても、感情の方はそうはいかない。
    「あーあ。今のお前だったら中押しで勝てたのになァ。あっちは、わざと引き分けたのに気づきもしないで、大きな顔してんだぜ?」
     パチリと黒石が盤上に置かれ、涼しげな微笑が返された。
    「相手にそれと気づかれずに打つのが、持碁の醍醐味なのでしょう?顕忠を相手に力を誇示しても無意味です。ヒカルと打って、私は強くなりました。弱い者をいたぶる趣味など私にはありませんからね」
    「言い切ったな♪」

     あァ、佐為はこんなヤツだった。純粋で真直ぐで。碁を意趣返しの道具として利用するなど、真に囲碁を愛する佐為には思いも及ばぬことなのだろう。
     相好を崩して両手をついて仰け反ると、ヒカルは空を仰いだ。 
    「しゃーねえか。……オレの中にいる佐為も、きっとそう言う気がする」
     気づけば、佐為の真摯な瞳がヒカルを見つめていた。

    「貴方のおかげで、私は不名誉な死から免れました。感謝します、ヒカル」
    「佐為?」
     寂しげに目が伏せられた。
    「心残りなのは……これで、私が千年後の貴方に会うことは叶わなくなったのですね」

     そうだった。こっちの佐為は救われたけど、オレの佐為はどうなるんだろう?
     そう思いつつも、なぜかヒカルの心に不安はなかった。
     だって、オレは佐為を覚えている。オレの碁の中に、佐為はいる。ほら、こんな風に……
     扇子の先が弧を描いた。

    「今、こうしてオレと打ってんだから、それで我慢しろよ。次、拾壱の六」
     扇子の指し示す場所に石を置く。その白石を見つめつつ、佐為は悲しげに袖で口元を隠すと顔を背けた。
    「……このような一手を打てる者を、私は他に知りません。貴方がいなくなったら、私は一体誰と打てばよいのか。私は悲しみのあまり入水するかもしれません」
     慌てて身を乗り出すヒカル。
    「おいッ!そんなことされたら、オレがここに来た意味ねーじゃん!」
     切なげな眼差しが、縋るようにヒカルへと向けられた。
    「ヒカル、このままいつまでも、貴方と一緒に打つことはできないのですか?」

     一瞬。心がくらりと揺れた。
     いつまでも、いつまでも。
     あの頃のオレも、そう思っていた。そう信じていた。
     いっそ、このまま───


     ……進藤ッ


     梢の向こうから聞こえてきた声に、ハッとヒカルは我に返った。
     ごめん、オレは、オレには──
     居住まいを正すと、ヒカルはゆっくりと首を左右に振った。

    「一緒に打とうって約束したヤツが、あっちで待ってるんだ。だからオレ……戻らなくちゃ」
     刹那の沈黙。
     佐為は、溜息をつくと、気を取り直したようにヒカルに向かって笑ってみせた。
    「我が儘を言って、ごめんなさい。ちょっと言ってみただけですよ。ずっとヒカルと一緒にいられないことは……私にもわかってました」
     込み上げてくる寂しさに耐えて、ヒカルは精一杯、軽い調子で言った。

    「お前の我が儘には慣れてるよ。──凄かったんだぜ?碁石なんて持ったこともない、まだ子供だったオレに憑りついてさ、打ちたい打ちたいって、そりゃもう毎日」
    「私がそのようなことを?……申し訳ありません(汗)」
    「ハハハ♪」
     夢見るように微笑むと、佐為は紅葉を振り仰いだ。
    「もう一人の私は、貴方とどんな日々を過ごしたのでしょうね。千年の時を越えて、どんな打ち手と出会い、どんな碁を打ったのか。叶わぬ夢と分かってはいますが……私も、見てみたかった」

     アイツが打った碁か……

     少し考えると、ヒカルは佐為に言った。
    「石を片づけろよ。いいもの、見せてやるよ」


     原初の宇宙となった、真っさらの盤面。

     扇子の先が弧を描くたびに、石を打つ音が一つ響くたびに、新しい星が一つ生まれる。
     音は波紋のように響き渡り、生死を奏で、世界を形作っていく。

     ヒカルに導かれ、己が指先の創り出していく世界を、佐為は陶然と見つめ続けていた。
     そして、終焉の時。最後の石が置かれると、佐為は止めていた息を長く吐き出した。

    「なんという美しい一局であることか。私にもこんな碁が打てたら──まさか」
     はっと佐為が面を上げると、そこには静かに微笑むヒカルの眼差しがあった。
    「これは……千年後に、オレの世界で一番強い棋士と打った、お前の碁さ。白が佐為、黒が塔矢先生」

     葉擦れの音を聞きながら、佐為は無言で盤面を見つめていた。そのうち、何か得心したのか、すっきりと晴れやかな表情となって、佐為はくすりと笑った。

    「千年の時を経て──私は、幸せだったのですね」
     ヒカルの目が見開かれた。躊躇いがちに問いが発せられる。
    「……本当に、そう思う?」
     力強く、答えが返ってきた。
    「はい。ヒカル、貴方とも出会えて……きっと幸福で楽しい時を過ごしたに違いありません」

     空を見上げる。あの日の空も、こんな風に澄んで青かった。
     深く頭を垂れるヒカル。堰を切ったように、ヒカルの口から言葉が紡ぎ出された。

    「オレ、初めはお前が凄いヤツだってこと、全然分かってなくてさ。アイツとはよく喧嘩したし、自分が打つのに夢中でアイツに打たせてやらなかったし……アイツが消えてしまった後は、オレが打つよりアイツに打たせてやれば良かったって、後悔ばかりで……本当はアイツがどう思っていたのかなんて、オレには分からないけれど」

     オレが幸せだったように。
     アイツもそうだったらいいなと……ずっとそう思っていた。

     ふわりと。
     頭に手が乗せられ、何かに包み込まれたような気がする。
     と、優しい声が聞こえた。

    「私が言うのだから間違いありませんよ、ヒカル」


     貴方と出逢えて、本当に良かった
     ありがとう、ヒカル……


     目の前に広がる満開の笑顔。
     記憶に残る同じ笑顔に、奔流となって想いがあふれ出し、世界がぼやけた。
     ヒカルの目に──佐為に、佐為が、重なって見えた。

     オレ、馬鹿だったから、お前に一番大切なことを言ってなくて。
     オレの方こそ。
     ずっと、ずっと、お前に言いたかったんだ。

    「オレも……オレも、お前に逢えて───」

     佐為を失った日のように、佐為を見つけた日のように、ヒカルは泣いた。


     お前のこと、大好きだった
     ありがとう、佐為──


     ──世界が、眩い光に呑み込まれていく。
     薄れてゆく意識の中で、自分を呼ぶ声が遠く木霊するのを、ヒカルは聞いた。




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