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    土竜穴から引越しました☆

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    虚空に光は広がり満ちて 1

     

     世界は光に満ちていた──


     船団の一角にある赤い連結アームの上で、オレンジ色に輝く海と空を背景に、黒い巨人は身動ぎ一つせずに片膝をついていた。

     爽やかに肌を過ぎる夕凪に包まれながら、一日の連結作業を終えて一息つくと、ジョーはその黒いシルエットに真面目な視線を投げかけた。
     同様に頭上のテラスで巨人を見守る少女に向かって、さりげに声をかける。

    「あいつ、またあそこに座り込んでるんだな」
    「うん……。チェインバー、きっとレドに綺麗な夕陽を見せてあげてるんだよ」
    「そっか。……お前さんも少しは元気が戻ったようだな」

     その言葉に少女の目が大きく見開かれる。
     碧い瞳が零れそうな光を湛え、海の滴でできた宝石のように煌めいた。

    「べベルが言ったの。いつまでも泣いていたらレドが悲しむってさ……あはは、きっとそうだろうって分かっちゃいるんだけどね」

     小さく微笑みながら手の平で頬を拭うエイミーの姿に、連結屋の青年は傷ましそうに一瞬黙り込むと、ぶっきら棒に言葉を返した。

    「あれからまだひと月も経ってないんだ。無理して笑うことはねえよ。……でもちゃんと笑えるようになったら笑ってくれ。あいつはお前さんの笑っている顔がいっとう好きだったに違いないからさ」
    「うん……早くそうなれるように、がんばる」

     風に身体を預けながら、壮大な海の輝きに視線を戻す。


     目の前に広がる景色が綺麗すぎて
     光が眩しすぎて
     目が、胸が痛くなる

     世界はこんなにも輝いているのに──
     レド、貴方がいない

     戻ってきて欲しかった。一緒にこの夕陽を見たかった。
     貴方の笑顔が見たかった。もっと声を聞きたかった。
     貴方を抱きしめたかった……!


     どうして……なぜ戻ってきてくれなかったの?



     海鳥が舞う風の中を、陽光が潮騒と共に波間に煌めいていた──









    「当該ウィルスの解析を完了した」


     無菌状態に保たれたコックピット内で、少年は小さく咳をした。
     疲れの抜けきらない熱っぽい体をアームシートに横たえたまま、チェインバーに問いかける。

    「チェインバー、治療法は見つかりそうか?」
    「否定する。当該ウィルスは銀河同盟においては存在しない地球特有のものと断定。解析は可能だが、治療薬の開発には専用の医療設備を必要とする。当機は当該設備を有しないため治療薬の開発は不可能である」
    「薬の現地調達は可能か?」
    「ストライカーX-3752からの情報によれば、地球上においては治療薬は存在せず、当該ウィルスにより発病した場合には不治の病として認識されるとのことである。但し、地球人は銀河同盟の人間に比して強靭な肉体を有し、98%以上の個体が当該ウィルスに対する抗体を持つため、感染の危険度は極めて低いとのこと。これは当機が独自に収集した情報と一致する」
    「……チェインバー、こいつが自然治癒する可能性は?」
    「自然治癒の可能性は極めて低いと思われる」
     レドはひどく穏やかに言った。
    「……じゃあ、俺はあとどのくらい生きられそうか?」
    「ウィルスの解析結果によれば、当機が保有する医療設備を使用した場合においても、貴官の余命は30日以内と推定される」
    「まいったな……」

     レドは考えをまとめようと口を閉じた。
     想定外のアクシデントに、皮肉な笑いが込み上げてくる。
     銀河同盟の楔から解放され、今度こそ大切な人たちのために、自分自身のために生きていける、そう実感しはじめたばかりだというのに。やはり戦場でかつて人だった生き物を殲滅してきた者に、そんな身勝手な甘い道は許されなかったのだろうかと達観する自分を、レドは他人事のように見つめていた。

     半ば開かれた煙ぶるような紫の瞳に、強い光が宿る。

     いや、まだだ。時間は残されている。
     自分のためには生きられなくとも、エイミーを、べベルを、ガルガンティアの人たちを、クーゲル中佐が守ろうとした船団の人たちを守るために……できることが俺にはある。
     レドは、ぎこちなく姿勢を変えると、気だるげにコミュニケーターに視線を向けた。

    「チェインバー。俺たちにはしなければならないことが二つある」
    「貴官の行動方針を確認する」

     コミュニケーターが明滅する。
     レドは呼吸を整えながら、ゆっくりと口を開いた。

    「俺の状態からいっても、中佐がすでに亡くなっているのは確実だ。一つは、ストライカーを止めることだ。排除対象として晒し者にされている人たち、彼らを助けて、ストライカーがガルガンティアを襲うのを止めさせる」
    「クーゲル中佐の死亡、及び、ストライカーX-3752の即時停止と破棄を最優先課題と認識することについては同意する。具体的な指示を請う」
    「俺たちの動きに呼応して、ピニオンたちが反乱を起こすそうだ。生贄の人たちを解放する。それを口火に俺たちはストライカーに戦いを挑む」
    「許容外判断。貴官の身体状態でストライカーX-3752との戦闘行動に及ぶことは自殺行為である。貴官の生命を危険に晒す行為と認識されたし」

     レドは優しく微笑んだ。

    「いいんだよ、チェインバー。ストライカーはクーゲル中佐の遺志を継ごうとして逆に中佐の守ろうとした世界を破壊しようとしている。ストライカーを止めてやれるのは俺たちしかいない。遥かな昔から人類を縛ってきた憎しみの負の連鎖から奴を解放すること、それはあいつと同じ世界に生まれ育った同類である俺たちの責任なんだ」

     軽い発作に襲われ、目の前が昏くなる。
     身を捩って胸の辺りのパイロットスーツを握り締めながら、レドは体中の力を搾り取られるような不快感に耐えた。息をするのも辛い。
     チェインバーが投入した薬剤を吸い込むと、身体が幾分楽になるをの感じる。
     発作の苦しみが和らいできたところで、レドは話を続けた。

    「銀河同盟に戻る道も意味も、今の俺にはない。俺はこんな俺を受け入れてくれた世界を……エイミーを、ガルガンティアの人たちを、地球の人々を守りたい。それが今の俺の存在意義だ。それで命が尽きても悔いはないよ。俺に時間が残されていないならなおさらだ」

     コミュニケーターから声がした。

    「判断を保留。貴官のもう一つの行動方針について問う」
    「もう一つは、地球近辺の何処かにあるワームホールの破壊だ。俺たち、そして中佐とストライカーが同時期に地球に漂着したのは偶然にしては出来過ぎだ。おそらく地球の近くにエルゴ領域に繋がっている穴があると考えていいだろう」

     応答まで間があった。

    「条件付きにて貴官の推論に同意する。但し、当該推論の真偽については、詳細な現地調査を要すると思われる」
    「そうだな。だから、その仕事はお前がやるんだ、チェインバー」
    「貴官の発言の意図不明」

     レドはコミュニケーターに目を向けた。

    「ストライカーと戦えば、たぶん俺の命はもたない。だけど、お前さえ生き延びてくれれば、宇宙の穴をなんとかできる可能性がある。万が一銀河同盟やヒディアーズが地球に侵攻すれば、地球の人々もクジライカも淘汰されてしまう。この星には人とクジライカが共存できる可能性が残されているんだ。宇宙の彼方にある争いを持ち込めば、ここも銀河同盟と同じく滅びの道を歩むことになるかもしれない。俺はそんなことにはなって欲しくないんだ」

    「貴官の推論に同意する。しかし、貴官が当機に求める行為は許諾できない。私は貴官がより多くの成果を獲得することで存在意義を達成する。貴官が死亡した場合は当機もその機能を停止するのみ。パイロットを喪失したパイロット支援啓発インターフェイスシステムがプログラムの脆弱性を露呈し論理破綻に至る危険性については、ストライカーX-3752システムがたどった経緯を見れば明白である」

     レドの唇に笑みが浮かぶ。

    「お前はストライカーにはならないよ」
    「貴官の推論は、根拠のない希望的観測にすぎない」
    「お前はストライカーの犯した過ちを理解している。人は自ら思考し、探求すべき存在だと言ったのはお前じゃないか。俺はそんなお前を信じている。決してお前は人の持つ可能性の光を消したりする存在にはならないと」
    「パイロットを喪失した当機が正常な機能を保つことが可能かは当機にも予測できない」
    「俺が言うんだから、大丈夫」
    「貴官の発言に論理性を見出せない」
    「それでもだ。……チェインバー、これは俺の、お前への最後の命令だ。聞き分けてくれ」

     深く呼吸し、レドは言った。

    「マシンキャリバーK-6821チェインバーシステムに、レド少尉が命ずる。ストライカーX-3752を破棄し、地球近辺にあるワームホールを調査し、これを封鎖すること。これはレド少尉の生命が消失しても継続する永久指令であり、人類存続の可能性を確保するためレド少尉が最善と考える措置である。……チェインバーK-6821はこれを受諾するか?」
     
     一呼吸の間の後、答えがあった。 

    「チェインバーK-6821は、これを受諾する」
    「よし。頼んだぞ、チェインバー。これで俺も心おきなくストライカーとやりあえる」

     レドは笑って安堵の息をつくと、ぐったりと身体の力を抜いた。
     身体は辛かったが、心は空に舞うサーフカイトのように軽く感じられた。
     眠気に襲われながら、微かに、呟く。

    「エイミーに会って、べベルに会って、みんなに会って……ガルガンティアじゃ、いろんなことがあったな。俺も、お前も。チェインバー、もしもお前が俺の代わりにガルガンティアで生きていけるなら、そうしてくれ」
    「許容外判断。貴官の存在なくして当機が存在意義を達成することは不可能である」

     レドは微笑んだ。

    「これは命令じゃない。お前の友人としての最後の願いだ。全てが終わった後、お前にできることなら俺にしてくれたように地球の人たちの力になってくれ」
    「許容外判断」
    「お前は俺がいなくとも俺以上にガルガンティアの人たちと上手く付き合えていたじゃないか。荷運びも連結作業もサルベージも。あれでいいんだよ。きっと皆、お前のことを大事にしてくれる。ストライカーが神になれるんなら、お前が人間の友になることだって不可能じゃないだろう?」
    「許容外判断。それらは全て当機が貴官を支援するために行ったものである。貴官なくしては当機にとってそれらの行為は意味をなさない」

     レドは苦笑した。

    「全く、相変わらず融通の利かないやつだな。もういい。お前の好きにしろ」
    「同意する。これ以上の議論は無意味である」

     半分眠りに落ちながら、レドは言った。

    「俺も、もう一度お前と一緒にあそこで過ごしたかった。またお前と一緒に魚を獲りたかったな……」
    「有為提言。現時点においては、貴官が当初の行動方針を破棄し、ガルガンティアに帰還するための行動方針を再策定することは可能。オルダム医師が治療に関する情報を持つ可能性もあり。貴官の求める任務については、当機のみでも実行可能である」
     あっさりと答えがあった。
    「ダメだ。お前だけじゃストライカーに勝てない。お前とストライカーの戦力差を埋めるには俺が必要なんだ。魚捕りの時と同じさ。俺とお前が一緒ならきっと上手くいく。いいな、チェインバー」
    「──了解した。当機は貴官の最終意志を全面的に受諾する」

     愛機の約束を胸に、レドは安らかな眠りについた。

    「ありがとう……チェインバー」















     チェインバー……
     ガルガンティアに行ったら
     エイミーとべベルに
     ありがとう、戻れなくてすまないって
     そう伝えてくれ───













     黒い巨人は、気まぐれな大きな鳥のようにガルガンティアに時折りその姿をみせた。
     半月も留守にしたかと思うと、いつの間にか連結アームの上に戻っている。
     そうして数日いたかと思えば、再び何処かへ飛び去ってしまい姿を見せなくなるのだ。

    「彼の好きにさせておきなさい」
     リジットの判断は明快だった。
    「エイミーやべローズたちの話からするとチェインバーに問題はないわ。チェインバーがガルガンティアに逗留したいのならかまわない。ガルガンティアのためにレドがしてくれたことを思えば異議はないはずよ」


     レドの仲間だったというもう一機の空飛ぶユンボロとの戦いの後、ガルガンティアに戻ってきたチェインバーは、当初は歓呼の声に迎えられ、次いで戸惑いの声に囲まれ、最後には胸の痛むような沈黙と哀しみの空気に包まれた。
     連結アームの上に片膝をついて座す巨人のコックピットから、いつしかガルガンティアの人々にとって馴染みの存在となっていた白い少年が降りてくることは、終になかった。


    「当機はレド少尉の蘇生プロセスを継続中」
     その言葉を繰り返し続けるチェインバーに向かって、首を横に振るオルダム医師。
     肩を震わせて咽び泣く姉を支え、涙を懸命に堪えながら巨人を見上げると、べベルは悲痛な表情でその言葉を遮った。
    「もうやめよう、チェインバー。レドは……レドは死んでしまった。そうなんでしょう?」

     永遠とも思える沈黙の後、巨人は答えた。

    「──蘇生失敗。肯定する。これ以上の蘇生プロセスの継続は無意味と判断。当機はレド少尉の死亡を確認した──」






     ガルガンティアでレドの葬儀が行われてから7日間。
     チェインバーは誰の声にも応えず、無言のまま連結アームにとどまっていた。その悄然とした(とガルガンティアの人々の目にはそう映った)姿に、慰めや励ましの言葉をかけていく人も多くあった。

    「おい、ブリキ野郎……じゃない、チェインバー。いつまでもそこで落ち込んでても仕方ねえだろうが。どうだ、お前に解析を頼みたいお宝があるんだ。力を貸しては貰えねえか?」

     光を失っていた巨人の緑の目が短く明滅した。

    「当機の機能を利用するにはレド少尉の許可が必要。レド少尉が存在しない今、貴君の求める行為は当機にとっては無意味である」

     いつものピニオンであれば口から出そうな「使えねえ奴」という罵声はでなかった。
     代わりに、金髪の青年は肩をすくめるとあっさり言った。
    「そうか……。ま、気が向いたら声をかけろや。待っててやるからよ」



    「まったく、見ちゃいられねえよ」

     連結作業中の船べりを通り過ぎつつ、苛立たしげに吐き捨てるピニオン。
     その呟きを耳にとめたべローズとジョーが振り向いた。
     べローズが威勢よく声をかけてくる。

    「やっぱりチェインバーには振られたのか、ピニオン?」
    「ちっ。いつまでも死んじまった奴のことを考えてても仕方ないだろうに」

     不機嫌そうに髪をかき上げるピニオンに、慰め顔でべローズは微笑みかけた。

    「仕方ないさ。チェインバーの力を借りたいと思うのは、こっちの都合だ。あたしは……例えこの先チェインバーが役にたたないユンボロでいたとしても、あいつの好きなだけガルガンティアにいればいいと、そう思ってるよ」
     仏頂面を背けるピニオン。
    「そりゃそうだけどよ。あのままでいいとも思えねえんだよな。……レドだって、そんなことは望んじゃいまい」
    「……そうだね」

     腕を組んでジョーは空を見上げた。
     
    「レドがいなくなってチェインバーにも心の整理をつける時間が必要なんだろう。しばらくしたら俺もあいつの様子を見てくるよ」
    「ああ、頼むよ。ジョーだったらチェインバーも動いてくれるかもしれないしね♪」
    「なんだよそりゃ!」



     さらに2日後。
     ジョーは連結アームの上、チェインバーの前にいた。
     レンチを弄びながら、世間話でもするような調子で巨人に話しかける。

    「いつまでそうしている気だ、チェインバー?皆、お前のことを心配しているんだぜ。レドはお前に何もするなって言ったのか?」
    「否定する。レド少尉は自身の死後に当機が遂行すべき任務について命を残している」
     そうか、と青年は頷いた。
    「なら、お前はそれをしなければならないんじゃないのか?」

     チェインバーの緑の目が、明滅しながらジョーの方に向けられた。

    「私はレド少尉がより多くの成果を獲得することで存在意義を達成する。しかしレド少尉が存在しない今、当機が何を行ってもレド少尉が成果を獲得することは不可能である。存在意義を達成できない当機の存在は、私にとっては意味をなさず不用である」
     ジョーは頭を振った。
    「俺たちにとってはお前の存在は意味があるさ。よく解からないが、レドは何かをお前に頼んで死んだんだろう?その願いを叶えてやることがレドのためになるんじゃないのか?」
    「死者が成果を享受することは不可能である」

     青年の手が止まると、黒々とした瞳がチェインバーを優しく見つめた。

    「チェインバー。人間は死んだらそれで終わりってもんじゃないんだ。俺たちがレドのことを覚えている限り、俺たちの中でレドは生きている。お前さんの中にもレドは生きているんだよ。お前の中のレドはお前がレドの頼みを聞いてやらないと悲しむんじゃないのか」
    「貴君の発言に論理性を見出せない」
    「理屈じゃねえって。お前さんには分かると思うんだけどな」

     精悍な顔に静かな微笑が浮かんだ。黒い装甲をレンチで軽く小突く。

    「……レドがいなくなって本当に自分のすることに何の意味も見出せないなら、お前はこうして俺と話なんぞしてねえはずだ。今ごろは、そこらの鉄屑みてえに黙ってそこに転がってるだろうよ。そうして悩んでいるってことは、お前さんには分かってるのさ。自分にはまだすべきことがあるんだってな」

     チェインバーは再び緑の瞳を明滅させた。
     ジョーの言葉を理解し許容するのに時間を要しているのか、応答まで間があった。

    「懐疑提言。人が《魂》と呼んでいるものについて貴君が言及しているのであれば、当機は《魂》を感知する機能を有しない」
    「そんな難しいことじゃねえよ」

     レンチを腰に下げた作業袋に放り込むと、労わるように黒い機体に右手が添えられた。

    「大切な人のことを思い出して、生きていたらどうしただろうと考えて、一緒にいるような気持ちで何かをする。そんなとき、そいつの魂は傍にいるんだ。まして一心同体だったも同然の奴なら、肝心なときにはきっと現れて守ってくれる。……それを信じるか信じないかはお前さんの勝手だがな」
      
     巨人に向き合うと、ジョーは真顔で言った。

    「俺たちは、レドがいたときのようにチェインバーがガルガンティアで暮らしてくれたらいいと願っているんだ。俺たちがお前にしてやれることはあまりないが……よければガルガンティアの力になってほしい。虫のいい話だけどな。気が向いたらいつでも声をかけてくれ」

     片手を上げると、ジョーは仕事場へと戻っていった。

    「じゃあな。待ってるぜ」




     翌日。
     連結作業に追われるジョーの頭上から、フローターの駆動音と共にチェインバーが舞い降りてきた。

    「提言。当機は貴君が必要とするならば連結作業を行う用意がある」
    「お、来たか!よし、それじゃ早速手伝ってくれ。お前が来てくれると助かるぜ」

     ジョーは巨人に笑いかけると、手際よく作業の段取りに取りかかり、チェインバーに指示を出し始めた。




     ──それからの数日。
     チェインバーはレドと共に在った頃のように、まるでずっと以前からそうしていたかのように住民の中に溶け込むと、ガルガンティアで働き続けた。

     そうこうするうちに、伝票を手にしたジョーが頭を掻きながら船団長室へとやってきた。
    「リジット、親方連中とも相談したんだが……チェインバーの働いた分の給料だけどよ、お前さんが預かっててくれないか?無償であいつを使うのは公平じゃないし、チェインバーの稼ぎは奴が自分で使うか、少なくともあいつのために使うのが筋だからな」

     山積する書類から目を上げると、リジットは少し考えた。

    「分かったわ、ジョー。チェインバーの得た収入は船団が預かりましょう。ただしガルガンティアの正式の住民として重量税とかの諸経費は引かせて貰うわね。彼の居住権を認めることについて船主たちへは私から話をするわ。了解は貰えると思う」
     安心したような笑みが返った。
    「そうしてくれると助かるぜ」

     リジットは眼鏡を直すと連結屋の青年に微笑みを返した。

    「チェインバーにお金の使い道を教えるのは貴方たちに任せるわ。頼むわね」
    「おうよ」




     そんな風に平穏に続いていたとある日の明け方、上空へと飛び立ったチェインバーは、15日の間その姿を見せなかった。ひょっとしたら戻ってこないのではと皆が心配し出した頃、黒い巨人は再びガルガンティアに戻ってきた。

     エイミーからチェインバーが帰ってきたという知らせを聞いて、こっそり部屋を抜け出すとべベルは連結アームと足を急がせた。やはり自分の目で確かめたい。青空を背景に片膝をつく馴染みのシルエットを前にして、少年の顔には自然と安堵の笑みが広がった。

    「チェインバー、何処へ行っていたの?」

     巨人の緑の瞳が歩み寄ってきた少年を見下ろすと、答えがあった。

    「宇宙である」

     べベルは目を丸くした。

    「宇宙って?チェインバー、家にはもう帰れないって言っていたじゃない。それともまだ帰る方法を探しているの?」
    「否定する。当機は銀河同盟への帰還手段を探しているのではない」
    「じゃあ、そんな遠くまで何しに行ってるの?ガルガンティアにいればいいのに」

     チェインバーは答えた。

    「当機はレド少尉の遺命を遂行中。地球付近の宇宙空間にあるワームホールを発見し、これを封鎖すること。それがレド少尉が当機に課した最後の任務である」

     少年は首を傾げた。

    「わーむほーる?」
    「我々が来た宇宙へと続く、空の穴である。レド少尉は、銀河同盟に属する人類及びヒディアーズから貴君らを守るため、エルゴ領域に繋がる可能性のある道を閉ざすことを望んでいた」
    「僕たちを守るって……?」
    「銀河同盟に属する軍隊やヒディアーズが地球に現れ貴君らと遭遇した場合、地球上に存在する人類やクジライカは淘汰される可能性が極めて高いからである」
    「淘汰って……」

     チェインバーの話は大きすぎて、少年がその意味することを飲み込むまでには暫くの時間を要した。というよりはおそらく、隠然と存在する宇宙からの脅威をおぼろげながらも理解できる人間は、ガルガンティアにおいてはべベル以外には五賢人ほかごく限られた一部の者くらいなものだったろう。
     巨人の足元に座り込むと、べベルは悲しげに言った。

    「レドは……最後まで僕たちを守ることしか考えてなかったんだね。どうして自分のことをもっと大事にしてくれなかったのかな」
    「レド少尉はガルガンティアへの帰還を望んでいた」
     巨人を見上げるべベル。
    「それならなぜ!」

     チェインバーの声が光煌めく海に淡々と響き渡る。

    「少尉は、当機には癒すことのできない病により余命がなかった。故に少尉は、自身のガルガンティアへの帰還より、ワームホールを封鎖するために必要とされた当機の機体確保を優先した。パイロットを喪失した当機が今なお稼働し続けているのは、貴君らを守ることが自らの存在意義だとしたレド少尉の存在意義を達成するためである」
    「そんな……じゃあ、レドは自分が死ぬのを分かっててあのユンボロと戦ったっていうの?」

     緑の双眸が瞬いた。

    「肯定する。レド少尉は、自らの生命活動の維持を優先するならばストライカーX-3752と戦うべきではなかった。しかし、当機にはストライカーX-3752を破壊するに足る性能はなく、パイロットなしに単独で交戦に及べば当機のみが破壊される可能性が極めて高い状況にあった。さらに当機を損傷させないために、少尉が限界を超えてニューロプラスパワードを継続し、対ショック防御バリアを発動させたことが、レド少尉の死を決定づけた」

     最期の瞬間を、チェインバーは思い出していた。

    (チェインバー……ここまできて、奴を倒す前にニューロプラスパワードを一方的に切るのはなしだぞ?そんなことをしたら、何もかもが無駄になってしまう)
     チェインバーとの中枢神経接続の負荷に全身を震わせ、荒い息をつきながら、それでもレドの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
    (大丈夫。ストライカーを倒してお前を守るまではもってみせるから。後を頼んだぞ、チェインバー……)

    (主砲発射!即、対ショック防御!)

     ストライカーの爆発する光と自らの発するバリアの光に飲み込まれつつ、レドの中枢神経に接続していたチェインバーには、少年の生命が最期のあらん限りの力を振り絞って眩い輝きを放っているのが感じられた。
     自らを盾とし、生きるため、生かそうとするために向かっていこうとする強烈な意志。そして心から溢れ出る、どこまでも強く深く優しく誰かを抱き包み込もうとするような……

     その生体反応の示す想いが《愛》と呼ばれるものだったのかは、人工知能であるチェインバーには判別のしようがなかった。
     ただ、流れ込んでくる死の間際の感覚を共有しながら、爆発するレドの想いに圧され弾かれるように、機能停止に陥る寸前、チェインバーはニューロプラスパワードを断ち切った。

     チェインバーは付け加えた。

    「レド少尉は命の尽きるその瞬間まで精一杯生きようとしていた。それが当機の知る事実である」
    「うん、信じるよ。……話してくれてありがとう、チェインバー」

     ふと、心配そうに巨人を見上げると、べベルは小さな声で言った。

    「それじゃあ、その最後の任務が終わったらチェインバーはいなくなっちゃうの?」
    「最終任務が完了した後の行動方針については、当機にも不明である」

     少年は寂しげに俯いた。
     どうして、こんなにも一途で優しくて残酷で……人も機械も。
     どうして……こんなにも似ているんだろう。
     
    「そう。……最後のお仕事に行くときには、僕にも教えてね」
     チェインバーは傾げていた首を前に戻した。
    「検討する」
    「うん。約束だよ──」





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