SS部屋

    二次SS&感想置き場です

    プロフィール

    夏風

    Author:夏風
    拍手&一言連絡はこちら→_旦~~

    pixivリンク先はこちら


    土竜穴から引越しました☆

    SS用拍手(ジャンル別)

    コメントは任意&非公開です☆

    ブロとも申請フォーム

    カウンター

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    クーゲル回想録(後編)

     
     戦域には、撤退命令が繰り返し響き渡っていた。

    「帰投せよ!帰投せよ!発進まで180秒!」

     戻ってきたマシンキャリバーが次々と戦域突入支援艇に着艦していく。
     周囲に警戒円陣を巡らせ追撃してくるヒディアーズの群れを退けながら、マシンキャリバー隊は仲間を回収し続けていた。
     母艦への退路を確保し、機体の収容もほぼ終わったと見てとったクーゲルは、愛機に鋭く問いかけた。

    「ストライカー、全機戻ったか?」
    「接近中2機の帰投ビーコンを捕捉。K-6821は敵ヒディアーズ9体と交戦中。K-7231の通常武器残数は0である」
     中佐は小さく鼻で息をついた。
    「またレドの奴か」

     2機はすでに目視できる距離まで近づいてきていた。黒いマシンキャリバーがデフレクター・ビームを発射し、敵ヒディアーズが爆散していく。
     敵の攻撃をかわした間隙を突いてK-7231が着艦し、K-6821も着艦の軌道に入ろうとした、その瞬間、ヒディアーズの中距離グレイザーが着弾。マシンキャリバーの右腕が砕け散った。慣性で機体が飛ばされ支援艇から遠ざかっていく。
     黒い機体へと発射されたグレイザーの光を視認するとほぼ同時に、クーゲルは機体を翻し動きだしていた。

    「接近中の残存ヒディアーズを捕捉しろ、ストライカー。K-6821を回収する。あの程度の被害なら爆発はしない」
    「了解した」
    「こちらクーゲル、レド少尉応答しろ!」
    「K-6821機より応答なし」

     指揮官機にのみ可能な高速で現場に急行すると、ストライカーはビームファランクスを連射しヒディアーズを牽制。行動不能となったチェインバーK-6821を抱えるや、再び猛烈な速さで噴射直前の支援艇へ接近、外殻ハッチはほぼ閉じられ着艦が間に合わないと判断したストライカーは、緊急着艦モードにより相対速度を相殺しつつ絶妙な加減速を行うと非常用収容ハッチへと転がり込んだ。

    「ストライカーX-3752よりチェインバーK-6821へ。機体及び搭乗者の損傷状態の報告を求む」
    「──再起動完了。応答する。当機の緊急修復装置は正常に作動、搭乗者レド少尉は当機被弾時に負傷。機体損傷により機内空気圧が急激に低下、血中酸素の不足によりレド少尉は意識を喪失し、減圧症を発症している可能性があると推定される。レド少尉に対し速やかな医療措置をとられたし。自動外殻修復装置により機内の気密は回復している」
    「了解した。現時点よりチェインバーK-6821は故障機リストへ移行。医療班及び整備班に要請を伝達する。必要な処置を受けられたし」
    「K-6821、了解した」

     噴射ノズルに光が爆発する。 
     支援艇の去った後には、破壊されたマシンキャリバーの残骸と大量のヒディアーズの死骸が漂う黒々とした空間のみが残されていた。





    「──脳波計測。基礎律動、条件つき異常なし。覚醒プロセス完了」

     ゆっくりと意識が浮上してくる。
     はっと、息を止め目を閉じたまま無意識のうちに上半身を起こしかける。緊急チェンバーを作動させようと少年の手が空をさまよった。

     息苦しさに耐え切れず、反射的に深く息を吸った。
    (息ができる……?)
     うっすらと目を開けると、低く白い天井が目に入った。微かに鼻をつく消毒用エタノールの匂い。
     コックピットにいるんじゃない……
     医療用のプライベートルームでシートに横たわっている自身を認めると、レドはようやく身体の力を抜いた。
     脇腹の浅い傷には薬用テープが張られている。体の節々が酷く痛み、痺れたように手やあちこちの感覚がなかったが……むしろあの状況からまた目覚めることができたのを、レドは奇跡のように感じていた。
     再び、息を吸った。新鮮な酸素が、肺全体にしみ渡る。


     油断したな、と思う。


     近距離にあったヒディアーズの群れを一掃した直後に警戒が一瞬緩んだ、その隙を突かれた。
     中距離砲の射程内にいたことに気づくべきだったのだ。
     着弾の瞬間、爆発音と同時に突然真っ暗に落ちたスクリーン。
     激しく鳴り響くアラート。
     脇腹の痛みと首筋の汗と口内の唾液がチリチリと蒸散していく感触に、外壁とパイロットスーツが損傷し気密が保てずコックピット内が真空状態になったと悟り、緊急チェンバーの作動を試みた……レドの記憶はそこで途切れていた。
     頭をわずかに動かすとコミュニケーターに話しかける。

    「チェインバー」
    「レド少尉の意識の回復を確認」
    「被弾した後、何があったんだ?どうやって俺たちは助かった?」
    「貴官と当機は指揮官機により救助された。現在は母艦ラモラックに収容されている。貴官は医療班の管理下にあり、治療を受けた後に安静を要求されている処である」
    「……また中佐に迷惑をかけちゃったんだな。時間はどのくらい経っているんだ?」
    「被弾時点から15時間28分を経過。現在の時刻は、船内における同盟標準時刻で3:08である」

     レドはからかうように優しく言った。

    「お前はどうなんだ?あの衝撃じゃ相当ひどくやられたんじゃないのか」
    「当機の故障率37%、右腕部位全壊、頭部及び胴体部位一部破損。本体は整備ブロックにて破損部位の交換修理中であり、進捗率18%、完了予定時刻は58時間43分後と推定される」
     レドは短く息を吐いた。
    「そうか……お前も大変だったな。無理をさせて悪かった」
     コミュニケーターが明滅する。
    「当機への謝罪は不要である。レド少尉は自身の身体機能の速やかな回復に努められたし」

     相変わらず律儀で口うるさいAIだ。
     少年の口元が微かに苦笑でほころんだ。こいつはどんな時も変わらない。
     とはいえ、身体中が痛み、深い疲労感を感じているのも事実だった。
     生きている。今は、ただそれだけでいい。
     レドは再び目を閉じた。
     
    「わかったわかった。船は休息時間帯のようだしもう少し休むことにするよ」
    「同意する」
    「誰かが来るか、どこからか通信が入ったら起こしてくれ」
    「了解した。──脳波計測。睡眠プロセスへ移行する」

     睡眠プロセスが完了した10秒の後、少年は穏やかな眠りへと落ちていた。
     




     クーゲルは評価データの数字に目を走らせ、目を細めた。
     考えているのは、薄い紫の瞳をした部下の少年のことだ。

     一機対多数でレドほど戦果を上げられるパイロットはいまい。あいつには才能がある。
     マシンキャリバーの最大性能を引き出す戦い方を誰より知っているし、ヒディアーズの総撃墜数では数、質ともに群を抜いている。
     なのに部隊内での数値的総評価が並み程度なのはマイナス評価が高いためで、その原因は、戦闘となれば機体も自分自身も限界まで酷使してしまうレド自身の妥協のなさにあるといえた。

     パイロットの評価は、主に戦果とコスト、規律遵守の3方向から行われる。敵に与えた損害に対してはプラス評価が与えられ、味方に与えた損害に対してはマイナス評価が与えられる仕組みだ。
     パイロットは、撃墜したヒディアーズの数や出撃回数が多く、倒した敵や参加した作戦の難易度が高いほど高評価を与えられる一方で、機体の損傷、パイロット自身の傷病、作戦行動上のミスや遅延行為については、費やされた資源や時間、労働力、発生した損害の程度に応じて厳しいペナルティが科せられる。その評価方式に象徴されるように、銀河同盟においては、パイロット個人に対しても最小のコストで最大の戦果を上げることが強く要求されていた。

     戦果だけを見ればレドの評価は高い。
     しかしコストパフォーマンスからみると、レド機の故障率は他のマシンキャリバーに比べて際立って高い上に、パイロットといえば撤退時に命令違反すれすれの自主行動に走ろうとする問題児だった。
     今日の戦闘にしてもそうだ。命令通りにさっさと帰投すればいいものを、レド機が帰ってくるのは大抵が最後だ。あいつはいつもぎりぎり最後まで誰かを拾って帰って来ようとする。

     レドの行動パターンは一貫していた。作戦命令を順守した上で、一定の行動の自由を得ると友軍機の支援を優先する。恐らく本人にも自覚はなく自然とそうなってしまうのだろう。
     そんな余分な戦闘をしていれば通常ならすぐに戦死してしまいそうなものだったが、その点レドは優秀だった。支援行動を取るにしても無暗に行うのではなく、助けるか助けないかその取捨選択の判断はおおむね冷静で的確だった。

    「ストライカー、お前ならどう思う?」
    「質問の意味不明」
    「お前ならK-6821機の撤退時の余分な救援行動をどう評価する?」
     2秒ほど間があった。
    「K-6821機の行う撤退時の救援行動により、部隊損耗率は6%減少している。当該行動の成果はK-6821機の評価には加算されないが、部隊評価には加算される。作戦の遂行に支障なく軍規に抵触しない限り問題はない。提言。むしろパイロットの性質を積極的に有効利用すべきである」
    「──そうだろうな」

     一言で言えば「優秀な部下を、部隊のために都合よく利用しろ」というわけだ。

     指揮官の役割は部隊全体の効率を上げることにある。作戦を完遂し、マシンキャリバー隊の損害を最小限に抑えることがクーゲルに与えられた役目だった。
     銀河同盟においては個人より全体の利益が常に優先される。
     レド機に撤退時の友軍機支援の役割を与えれば部隊の被害は減る。クーゲルは、指揮官として常に撤退時には可能な限り部下を回収することを自らに課していたが、レドの支援があれば確かにクーゲルの負担は軽くなる。
     だが、レド機にとっては撃墜される危険度が増大するだけで、要は損な役回りを引き受けさせるにすぎない。
     しかもあいつは……
     憮然とした面持ちとなるクーゲル。

    (あの馬鹿は損得の勘定も考えず、素直に俺の命令を実行するだろうからな)

     恐らくあいつは喜んで俺の命令に従うにちがいない。
     それにどのみち放っておいてもレド機は友軍機の救援に向かってしまうのだ。むしろ予め撤退時の友軍支援を命じておけば、やつの自由にさせておいてもレドの行動が軍規違反に問われる心配もなくなる。
     指揮官としての打算、諦め、レドに抱く期待と信頼、自分を慕ってくる部下を死なせたくはないと躊躇う心情、複雑な想いが渦巻き、クーゲルは胸の内でため息をついた。

     数度の戦闘を経て、レドの持つ欠陥がクーゲルには分かりかけてきていた。
     あいつは「恐怖」という感情を忘れている。死の恐怖への不感症は、冷静に戦況に対処するには有意に働くだろうが、一人の人間の在り様としては健全な状態とはいえなかった。恐怖を感じないのは「生」への執着心を失っていることを意味するからだ。

     レドは人の生死に無関心になることで恐怖を遠ざけ、求められるままに、自ら望んで最も性能のいい役に立つ部品の一つであろうとしている。
     救いなのは、そんな自棄的な行動を取っているにも関わらず、これまでレド機が生還してきたことだ。レドにデッドラインを越えさせないよう引き留めているものが何なのか、兵士としての義務感からなのか別の理由かは分からないが……少なくともあいつは無駄に死に急ごうとするまでには自分を捨ててはいない、そうクーゲルは分析していた。


     そして、この俺は。
     そんな指揮官にとって都合のいい兵士を利用しようとしているわけだ。


     何もこれが初めてのことではない。任務のために、部隊のために、クーゲルは幾人もの信頼する部下を死地に送り出してきた。彼らの多くは既にメモリアルホールにその名を刻まれている。
     そのリストにまた一人名前が追加される……ただそれだけのことだと。

    「ストライカー、クーゲル隊全体の戦力計算を頼む。次の作戦までに戦線に復帰できる機体とパイロットを抽出してくれ」
    「了解した」

     つくづく俺は指揮官に向いていないと、自嘲気味に考えることがクーゲルには時たまあった。戦闘中には感じないが、平時となるとこの手の決断を下す時にはいつも胸に苦渋がつきまとう。
     自分の内にある感情や矛盾を圧し殺すのはわけもなかったが、幾ら慣れているとはいえ気持ちのよいものとはいえなかった。


     取るに足りない話だと。通信ウィンドウを開き、クーゲルは思考を切り替える。
     5日後に控える次の作戦に備え、部隊編成を行わなければならない。


     それが、クーゲルに与えられた現実なのだった。
      




     クーゲルがレドが治療を受けている個室に入ると、そこには先客がいた。
     三つの視線が一斉に向けられる。

    「中佐!」
    「ククルにアレル……お前たち、レドの見舞いか?」
     照れくさそうにククルが答えた。彼はレドに助けられたK-7321のパイロットだ。
    「そうです。先日の戦闘では、レドのおかげで自分は助かったようなものですから」
    「撃墜数を増やそうと無茶するからいけないのよ。いくら評価を上げても死んでしまったら元も子もないでしょ」
    「それを言うなよ。これで次の戦闘が終わったら、俺もアヴァロンに行けるんだからさ」

     クーゲルは記憶を呼び起こすと、隊員の評価シートを脳裏に思い浮かべた。
    「そういえば、アレルは2週間前に渡航許可申請の権利を獲得していたな」
     にっこりと微笑むアレル。
    「はい。私たち、権利を獲得したら二人でアヴァロンへ行こうって約束していたんです。次の作戦が終わったら申請する予定なので宜しくお願いしますね、中佐」
    「アレルったら気が早いよ……」

     楽しげに言葉を交わす二人の部下を眺めながら、幾分冷めた思いでクーゲルは考えた。生きているうちに人類の故郷を見られるならまだ運がいい方といえるだろう。
     苦笑しつつ、クーゲルはたしなめる口調で釘を刺した。

    「浮かれていると痛い目に遭うぞ。アヴァロンに行きたかったら次の作戦は気を引き締めていくことだな」
    「はい、中佐!……では私たちは失礼します。レドも大事にね」

     クーゲルが部屋を出ていく二人に視線を向けるうちに、レドは手に持っていた何かをポケットにしまいこんだ。それが少年がいつも持ち歩いているヒディアーズの爪であり、彼が時間を見つけてはそれを削っていることをクーゲルは知っていたが、素知らぬふりをする。戦闘に影響しない限り、上官が部下の私的な行動に立ち入る必要はないとクーゲルは考えていた。
     レドの方に向き直ると、クーゲルは真顔で問いただした。
     
    「具合はどうだ、レド少尉?」
    「中佐……先日の撤退の時はすみませんでした。感謝します。中佐のおかげで自分は帰還できました」
     シートから身体を起こして頭を垂れるレドを、クーゲルは身振りで制した。
    「それはいい。俺は指揮官としての役目を果たしただけだ。それよりお前から出撃許可申請が出ていたのを見て状態を確認しにきた。……手を出せ」

     表情も変えず、右手を差し出すクーゲル。

    「握ってみろ」
    「は?」
    「いいから、俺の手を力一杯握ってみろ」

     しぶしぶ右手を差し出す少年。
     白い指先が微かに震えている。クーゲルより若干小さめの手が、熱をもって、そう強くなく握り返してきた。
     クーゲルの切れ長の目が細められた。

    「まだ減圧症の後遺症が残っているようだな。俺にも覚えがある。その様子じゃ関節の痛みと体の痺れもあるだろう。あと2、3日ほどは治療が必要になるはずだ。3日後の出撃メンバーからはお前は外す。わかったな」
     紫の瞳が見開かれた。
    「そんな!出撃までには動けるようになります。機体の整備も完了しますし、自分が抜けたら左翼に穴が空きます」

     クーゲルは首を傾げると、レドのコミュニケーターに目を向けた。

    「チェインバーK-6821。少尉は次の作戦に出撃可能と言っているが、お前の意見はどうだ?」
     コミュニケーターからチェインバーの声が響く。
    「否定する。現在レド少尉は減圧症に対する治療及び100時間の休息を医療班より推奨されている。提言。可能な限り100時間以内の作戦行動への参加は自重されたし」
    「……だそうだ。そういうことなら俺もお前の申請に許可を出すわけにはいかんな」
    「チェインバー!」

     慌てたようにコミュニケーターをつかむレドに、クーゲルは微笑みかけた。

    「ヒディアーズとの戦闘は次が最後じゃない。お前が使えなくなっては後の作戦行動に支障がでるんだ。隊に迷惑をかけると思うなら治療に専念することだ。このペナルティは後の戦闘で返すんだな」
    「……了解しました」

     諦めの色が浮かび上がり紫色の大きな目が伏せられる。気落ちした表情で意気消沈する少年の顔に、こうしてみると年相応に見えるなとクーゲルは思った。表情と口調を和らげる。

    「お前はよくやった。今は休め。……この次は当てにするからな」
    「中佐……」





     軽く手を挙げ部屋を出ていく上官を見送り小さく微笑むと、レドはポケットからヒディアーズの爪を取り出した。
     レーザーナイフを取り出し爪を削りながら、ぽっと心に温かく灯る何かと中佐の言葉をかみしめる。

     あの人の部下で良かった──

     中佐は最後まで部下を見捨てない。クーゲル隊の一員となって以来、厳しい戦闘の最中にあっても、作戦を遂行するのと同じくらい危険を顧みず部下を守ろうとする中佐の姿をレドはずっと目にし続けていた。同じ戦域を飛翔する紫色の指揮官機の存在を感じるだけで、どれほどに心強く思ったことか。
     クーゲル中佐の下でなら、俺はどんな苦境にあっても戦える。
     そしてマシンキャリバー隊の、あの人の役に立ちたいと……レドはずっとそう思い続けていた。3日後の作戦からは外されてしまったけれど、その次の戦いこそは。

     意図せずにチェインバーへ文句が口からこぼれ出た。
    「お前が余計なことを言うから、次の戦いに参加できなくなったじゃないか」
    「貴官の行動に論理性を見出せない。貴官が次の作戦行動に参加しなければならない必要性について疑問」
    「そうだな……もういい」

     戦場にいれば、ククルとアレルが必要としたとき助けになれるかもしれない。
     そう考えるのは、自分の思い上がりなのだろうと、レドは苦笑した。
     助けた仲間もいれば、見殺しにした仲間もある。自分が生き残るだけで精一杯だったこともある。
     極限状態ともなれば、切り捨て切り捨てられるのが戦場の現実だと……身にしみてわかっているはずなのに。


     ヒディアーズの爪を削り続けるレドの横で、不意にコミュニケーターから声が響いた。

    「告知。現時刻をもって、レド少尉の軍務期間は一四万四〇〇〇時間を経過した。限定市民権及びアヴァロンへの渡航滞在申請資格を得るまであと一〇〇〇時間である」
    「アヴァロンか……」

     マシンキャリバーパイロットの場合、軍務期間が14万5千時間を経過すれば限定市民権及びアヴァロンへの渡航滞在許可申請の権利が得られるが、戦功を立て成績を上げることで、その期間を短縮することもできる。育ててもらったコストに見合った成果を上げて同盟に貢献すれば、精算したご褒美としてアヴァロン行きが許されるのだ。評価によって得られる他の特権についても同様だった。

     ククルたちが言うようにアヴァロンはそんなにいいところなのだろうか?
     アヴァロン行きに対する周囲の反応は様々だ。仲間の多くは人類の故郷とやらを見る前に戦死してしまう。一度はその地を踏んでみたいと願う者、渡航滞在権利を得ようと躍起になる者、関心のない者、中佐に至っては権利を得ても使うわけでもなく放置しているらしい。
     レドの唇に皮肉っぽい笑みがかすむ。

    「俺にはわからないな。まあ、一度くらいは行ってみてもいいが……それよりも」

     作業の手を止め、レドはヒディアーズの爪を見つめた。
     これを見ても胸が痛むことがなくなってから久しくなる。
     これを手にとっていると思い出される感情があった気がするが、それは心の深い場所に沈んだまま今のレドには手の届かない場所にあった。
     手が届かない「それ」をもどかしく感じる。レドは目を閉じた。

     それよりも。
     どこだっていい。あいつと……もう一度話すことができたら。
     あいつと、もう一度会って、一緒に───

     肩をすくめてレーザーナイフを持ち直すと、レドは再び爪を削り始める。


     どんなに望んでも叶わぬ願いがあることを、少年はすでに悟っていた。




     ──3日後。
     帰還したパイロットの中に、ククルとアレルの姿はなかった。
     彼らが戦死したことを知らされても、レドの心は束の間わずかに揺らいだだけだった。出撃すれば多かれ少なかれ戦死する者は必ずでた。いちいちそれを気に病んでいては生きていくことはできなかったのだ。

     そして、隊長室に呼び出されたレドは、クーゲルから命を受けた。

    「レド少尉。貴官に撤退時における友軍機への支援行動を特命する。撤退命令が出た後の友軍機への支援及び救助については、別命のない限り、これを貴官の判断で行って差し支えない。チェインバーK-6821への限定解除命令も、同様にこれを貴官の自由裁量とする」
    「レド少尉、特命を承りました。ご期待に添えるよう、力を尽くします」

     クーゲルはレドの目をじっと見つめた。

    「俺は仲間が一人でも多く帰還できるように力を尽くすつもりだ」
    「はい」
    「命令は与えた。だが、助けるべき人間の中にはお前自身も含まれることを忘れるな」
     真剣な眼差しが、レドを射抜いた。
    「支援に向かうときは俺に声をかけてから行け。俺が戻れと言った時は必ず戻れ。そしてお前も必ず生還するんだ。己を犠牲にして誰かを助けようとする行為は軍規違反に相当する。よく胸に刻んでおけ」
    「中佐……」
     厳しい表情が和らいだ。

    「レド、お前がいると助かる。お前が力を貸してくれれば救われる命は増えるだろう。頼んだぞ」
    「はい」

     普段、感情をあまり表に出さない少年の顔が、喜びに輝いていた。
     信頼に溢れ、無防備に微笑むレドを前にして、クーゲルの胸は一瞬微かに痛んだ。
     痛みを振り払うと、クーゲルは力強く言った。

    「お前は一人じゃない。最後にはいつも俺が残っていることを忘れるな、レド」







    ──Epilogue──



    「ワームホール・エルゴ領域を越えてヒディアーズの巣に大攻勢をかけるらしいぞ」

     数か月に渡る敗戦の連続で、絶望的なムードに満ちていたマシンキャリバー隊にとって、そのニュースは一筋の光明となった。あるいは……そうであると思いこもうとした。

     かつてない規模の作戦に、数百機ものマシンキャリバーが投入されることが決定、志願兵のみで部隊編成が行われることが通知されると、マシンキャリバー隊のパイロットたちの多くはこぞって参戦を希望し、作戦への参加を志願した。

     その志願兵リストの中に、レドの名前もあった。
     クーゲル中佐が志願しマシンキャリバー隊の指揮をとると聞いた瞬間、レドの心はすぐに決まった。
     中佐のいる戦場が自分のいるべき場所なのだと、レドにとってそれはあまりにも明らかなことで悩む必要は一切なかった。
     ──クーゲル中佐、その人に呼び出されるまでは。
     
    「司令部は新兵器の威力を大大的に伝えているが、勝率はよくて5割だ。成功しても失敗しても被害は甚大なものとなるだろう。総力を結集しての大反撃と言えば聞こえはいいが、裏を返せば万一失敗すれば後がない。防衛戦となった場合を考えれば将来指揮官となりうる者を後衛に残しておく必要がある」
     クーゲルの意図を察し、レドの双眸が強く煌めく。
     
    「中佐。自分は志願を取り下げません」
     クーゲルは口調を変えた。
    「なあ、レド。今度だけは俺の言うことを聞け。お前はいつも割りが合わないのを承知で攻撃任務より防衛任務を選んできたじゃないか。なぜ今回に限って攻撃任務への参加にこだわる?」

     レドはすぐに答えなかった。
     その沈黙の中に、それは中佐だって同じじゃないですかと反論する声が聞こえるようだった。

    「必要とされているからです」
     少年は一片の迷いもなく言い切った。
     澄んだ瞳がクーゲルを見つめていた。紫の光が懇願に揺れた。
    「連れていってください、中佐。必ず中佐のお役に立ってみせますから」

     クーゲルは深く息を吐いた。こうなったらレドは梃でも動かない。俺が首を縦に振るまでここに居座るだろう。
     どのみち次の作戦はパイロットの志願が優先される。レドが望む限り、彼は作戦に参加するのだ。クーゲルは折れた。

     ヒディアーズの巣での作戦行動はかつてない厳しい戦いとなるだろう。正直なところレドがいてくれると助かる。最も信頼する部下の一人が自ら共に戦いたいと言ってくれているのだ。今はそれを素直に喜べばいいのではないか?



     レド……また、俺についてきてくれるか?



     ほっとした明るい表情となって首肯する少年を眺めやると、クーゲルは後悔と諦めの入り混じった想いで苦笑した。
    (全く、生きて帰れるかもわからんのに、こいつは……)



     そんな顔をされたら、お前を置いていくに行けなくなったじゃないか。














     そして、その結果が───
     このとんでもない未来に繋がるとはな……
















    「チェインバー、機体ナンバーK-6821の救難信号を受信」


     静けさを破って不意に発せられたストライカーの声に、クーゲルは身動ぎした。


    「なんだと……!ストライカー、まさかレドまでがこの星に漂着しているのか?」
    「発信位置を確認。応答するか貴官の判断を請う」
    「……いや。応答はするな」

     病に衰弱しきった体をアームシートに横たえながら、クーゲルは答えた。
     自分に残された時間はそれほど多くはない。生きていたと束の間喜ばせて、再び少年に別れの辛さを味わせることはないと、クーゲルは即座に決断した。世の中には知らない方がいいこともあるのだ。


     あいつにとって俺はもう死んだ者だ。それでいい──


     コックピットのスクリーンに映し出される地球の風景に、クーゲルは目を細めた。

     果てしなく続く水の広がり。柔らかく輝く恒星。
     光と闇が交互に現れ、巡るましく表情を変える広大な空間。
     今、この瞬間は、スクリーン一杯に、上も下もどこまでも青い世界が広がっている。


     そして、この豊かな星には人類が生き延びていた。


     ヒディアーズの巣での大敗北を機に、銀河同盟は滅びるかもしれない。
     だが、例えそうなったとしても、人という種が絶えるわけではないのだ。
     伝説の人類発祥の地、本物の人類の故郷に漂着してそれが分かっただけでも、俺の運はそう悪くなかったと、クーゲルは微笑した。しかも、レドまでがこの地に来ていたとはな……


     レド、お前が目を覚ましてこの世界を見たら、どんな顔をするんだろうな。
     それが見られないのは少し残念だが。


     ───お前の幸運を祈っている───


    「ストライカー。少し休む。睡眠プロセスへ移行してくれ」
    「──了解した」


     今度の眠りは長くなりそうだと。
     翠に輝く世界に包まれ、潮騒を聞きながら、クーゲルは静かに目を閉じた。








    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿








     ブログ管理者以外には秘密にする
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。