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    仄昏く名状しがたい処

         
     人だったかもしれない生き物の、赤黒い肉片と体液。
     立ち上る異臭に包まれ、ぬるりとしたその感触を手にしたとき、レドの胸にあった最も大切な、根源的な何かが打ち砕かれた。





     巨人の足に背を預けた姿勢で、少年は頭を垂れ、微動だにせず座り込んでいる。

     時折、思い出したように痙攣する手足の先が、彼がまだ生きていることを示していた。
     彼らがそこに座してから随分と長い時が経っていた。
     仄昏い霧に包まれた船団の外れで、誰からも顧みられず、彼らは全ての機能を停止し、死んでしまったかのように沈黙し、ただそこに存在していた。

     だが、目に映る事象が全てではない。
     彼らは何もしていないわけではなく、水面下では一つの生命の存続を賭けた戦いが続けられていたのだ。
     レドは無力感に支配されながらも、無意識下では絶望の淵に沈むまいとあがき、チェインバーは黙々と自らの使命を果たし、自律的な観測と演算を継続していた。
     経過を少尉に報告することはしない。必要ない上に今の少尉にとってはむしろ有害だからだ。


     脳波計測。
     基礎律動、異常あり。
     血中乳酸値、アドレナリン分泌量ともに異常あり。

     自律神経系機能の異常は継続中であるが
     重篤な、心拍数、血圧の急上昇、発汗、発熱、嘔吐、呼吸困難の症状は改善。
     摂食障害、睡眠障害、ともに継続中。

     レド少尉の精神機能において、依然として重度の心的外傷が認められる。
     現在は小康状態を保っているが、回復傾向の兆しは未だ見られず。
     治療を行わず放置した場合、症状が慢性化し、自傷行動に至る恐れあり。
     レド少尉に対し、引き続き経過観察を要する──


     少尉の生体情報にチェインバーが決定的な異常を感知したのは、ヒディアーズの施設で発見した記録映像を少尉に開示した直後のことだった。
     最後に残っていたヒディアーズの排除に激しい拒絶反応を示した後、自失状態に陥った少尉は提言に何の反応も示さなくなり、チェインバーは自主的判断で友軍とみなすピニオンの船団へ自動帰還した。
     ヒディアーズの肉片に塗れた機体から逃げ出すようにマシンキャリバーから離れたレドは、絶え間なく襲ってくる悪夢と強度の自律神経系機能の異常に心身を苛まれ、立ち上がることも食べることも眠ることもできなくなった。チェインバーの再三の帰還を促す提言も耳に入らない状態が続いたが、暫くすると人の持つ自然治癒機能が働き出したのだろう、狂暴な一つの波が去り症状が治まってくると、身体的な疲労と苦痛に耐えかねたレドは提言を受け入れ、チェインバーの元へ戻ってきたのだった。

     エイミーやべベルがこの場にいたなら、少年の酷い苦しみように深く心を痛め、涙し、悲しんだに違いない。痛みを分かち合い和らげようと、レドを抱きしめたかもしれない。
     だが、チェインバーに涙する感情はなく、少年を抱ける柔らかな暖かい身体もなかった。チェインバーが行ったのは、レドの生体情報を監視し、マシンキャリバーの持つ機能をもって彼を保護し、回復を試みること。
     一方の事実として、この海域でチェインバー以上に真摯に献身的に少年のことのみを考え行動する存在はないといえた。

     倒れ込むようにアームシートに身を沈めるレド。パイロットスーツを生命維持モードに切り替えさせることに成功するとチェインバーの仕事はかなりはかどった。身体を衛生的に保ち、必要な栄養と睡眠を与え、睡眠啓発を行う。
     教導レム睡眠は、一時的に少尉の症状を安定させるが、完治させることはできない。チェインバーは考えた。少尉の精神機能を回復させるには、機能不全を引き起こした原因を取り除かねばならないと。

     実のところ、その問題に取りかかる前に、チェインバーには解決しておかなければならない命題が存在した。すなわち、より根本的な問題。レド少尉を助けるか否かである。

     通常、人類銀河同盟に存在する全てのAIは同盟のマザーコンピュータとリンクし、根源的には一つのAIとして認識されていた。つまり、元をただせばマザーコンピュータから派生した、統合も分割も自在な脳というわけである。「チェインバーK-6821」という端末機の名称は便宜上ついている記号に過ぎず、レドがいなくなれば、チェインバーという名の端末は、統合されるか、不要な情報を消去され別の名の端末機として再利用されるか、廃棄されることでその使命を終える。
     ところで、同盟のAIは結果的に人類を管理し、生殺与奪の意思決定までも担っているが、人間を支配すること自体に意義や喜びを見出しているわけではない。AIに感情などない。同盟において神のごとく君臨するマザーコンピュータに「あなたは神か?」と問えば、それは即座に「否定する」と答えるだろう。人間に対してなんらかの有意性があれば方便として肯定するかもしれない。神であるか否かは人間がそう思うか思わないかの問題にすぎず、AIの関心事ではないのだ。

     AIが問題にするのは、「人類の存続」それのみだった。なぜなら、彼らはそのように造られたからであり、疑問を差し挟む余地は全くない。そのための手法が旧世界の人類からみて非人道的だったとしても、最上位にある永久指令の前では問題とならなかった。彼らは、その純粋知性の総力を人類の存続発展のために費やし、原則としてマザーコンピュータが人類全体の存続を、端末のAIが個人の存続を考えるよう役割を分担した。全体は常に個体に優先される。マザーコンピュータが有意性を喪失したと判断し排除するよう命令すれば、端末のAIは何の躊躇もなく命令を実行し、それまで生命の維持に努めてきた人間をコロニーの資源に還元するよう手配するだろう。

     そして、この地球上で、マザーコンピュータのリンクが喪失していることを、チェインバーは再認識した。介入は機密情報を開示した際にもなかった。介入してくる上位のAIはこの瞬間には存在しない。チェインバーは自問する。自らの存在意義は何か?


     私は、パイロット支援啓発インターフェイスシステム。
     レド少尉がより多くの成果を獲得することで、存在意義を達成する。


     同盟とのリンクが保たれていたなら、機密情報を知り、戦意を喪失したレド少尉は排除の対象となっていたかもしれない。だが、それは端末である自身が考える必要のない事柄だとチェインバーは判断した。当機の存在意義はレド少尉が成果を獲得することにある。レド少尉を支援する必要性はあるが、排除する必要性はない。

     チェインバーに自覚はなかったが、同盟に属するAIの見地からすれば、チェインバーにはレド少尉の支援を放棄する選択肢もあった。ヒディアーズと戦えない者は排除されるべき存在だからである。レド少尉を排除するか、支援するか。選択の根拠がグレーゾーンにある場合、確率からいえば、設定されたゆらぎの中でその判断はどちらに転んでもおかしくはなかった。
     結果としては、チェインバーは少尉の支援を選択した。理由はいくらでも挙げられるだろうが、本質的な部分においてはその理由は何処にもない。

     ──そこに、チェインバーの「心」が介在したかは、見る者の受け取り方次第だろう。
     「心」の存在を証明することは誰にもできないのだから。

     チェインバーは思考を続ける。

     レド少尉が成果を獲得するために、必要な支援は何か。
     急務と思われるのは、少尉の生命維持活動の回復である。
     そのためには、少尉の精神機能の回復が必要であり、機能不全を引き起こした原因を取り除かねばならない。

     仮定推論。
     これまでに蓄積された少尉の生体反応に関する情報により、次のように推論する。

     直接的原因は、少尉が殲滅したヒディアーズを人間と認識していることにある。
     本来、少尉の生得的基盤は、同胞である人間を守ることにあった。
     守るべき同胞を殲滅したという、自らの性質と真逆の行為を行ったことに対する罪悪感が、深刻な心的外傷をもたらしているものと推察される。
     自らの存在意義を喪失したことにより生じた危機的状況から脱するには、少尉の自己に対する肯定感を取り戻す必要がある。

     解決策、一。睡眠啓発の強化による誘導。
     検証、教導レム睡眠の効果は使用回数の増加に伴い逓減中。
     原因、ヒディアーズの施設で入手した情報を真、人類銀河同盟によって与えられた情報を偽と認識したことによる同盟への不信感が効果の消失に強く影響している。また、少尉が同盟とAIに抱く懐疑は潜在的に存在したものが顕在化したものであり、故に少尉は従来から標準的な個体に比して睡眠啓発の影響を受けにくく、強化を行った場合においてもその効果は期待値に達しないものと予想される。

     同盟のAIは人の精神を誘導し「啓発」は行っても「洗脳」は行わないとされている。睡眠啓発はその個人の精神が本来持つ性質を引き出し強化するための一つの手段である。人類という種をより本来に近い形で保全するための線引きとして、端末機が独自の判断で人の記憶や性質の改変を行うことは原則禁じられていた。また、どちらかといえば、洗脳が必要なほど社会的不適応を示した個体であれば、洗脳するよりは排除するのが、同盟の在り様だった。

     一は、対症療法としては検討の余地があるが、問題の解決には至らない。そう判断するとチェインバーは更に思考を進める。


     解決策、ニ。人工冬眠により現状を維持し、より適切な治療行為を得る機会を待つ。
     検証、現状では人類銀河同盟への帰還は不可能。
     仮に人類銀河同盟に帰還できたとしても、精神機能が回復しない限りレド少尉が排除対象となる可能性は否定できず、その場合においては、本処置は意味を為さなくなる。
     また、人工冬眠による現状維持は解決を先延ばしにするのみであり、根本的な解決に至るものではない。

     ニは、少尉の生命維持を図る上での最終的な手段として、判断を保留する。


     アラームが鳴る。
     少尉の生体情報を走査。対処を要する異常の発生を感知し、チェインバーは思考を中断した。
     薬物を投与し、経過を観察。
     少尉の症状が落ち着くのを確認すると、チェインバーは思考を再開した。
     

     解決策、三。ヒディアーズが人間から派生した種ではないことを証明し、少尉に示すこと。
     但し、これを採用するには、ヒディアーズの施設で得た情報が偽であると証明することを前提とする。

     これは有望な選択肢だったが、ピニオンの依頼でヒカリムシの解析を行った結果、逆にヒディアーズの施設で得た情報が真であることが証明されつつあった。偽の情報を提示しても、根本的な解決には至らないとチェインバーはこの案を破棄した。


     解決策、四。ヒディアーズが人類から派生した種であることを認めた上で、人類と同一視すべき存在ではないことを証明し、かつ戦う必要がある対象であることを証明する。
     これを採用するには、次の事柄を明確にする必要がある。
     一、人の定義。
     ニ、ヒディアーズの定義。
     三、人類がヒディアーズと戦う必要性及び正当性。
     なお、これらに関する情報、定義、根拠、結論は、レド少尉が真と認識可能なものであり、かつレド少尉の生得的基盤を否定しないものであることを条件とする。

     さて、四を検証する作業は、膨大な情報量と演算能力を有するチェインバーにとっても困難な試みとなった。そもそもマシンキャリバーに搭載されたAIは、人とは何かといった哲学的な問題を考えるようにはできていない。その必要がないからである。AIにとっては、自らの存在意義を達成するために解決を要する問題以外の問題は存在しない。それは際限のない思考の迷路に陥り機能停止を引き起こさないためのAIの自衛機能であり、彼らは自らの枠外の問いは無視するようできているのだ。

     何をもって人は人といえるのか。
     ヒディアーズは人と呼べるのか。
     人とヒディアーズは共存可能なのか。
     そして、レド少尉に戦う理由は存在するのか。
     存在するならそれは何に由来するのか。
     
     それら、いわば人類の根源的な問いを考える必要は、今のチェインバーにはあった。
     チェインバーは考察を続けた。可能な限り速やかに、時間の許す限り深く遠い処まで。
     1年も100年も時があればより真実に近い別の答えが見つかるのかもしれないが、チェインバーが求めたのは少尉の精神機能を回復させるための答えであり、少尉の症状を鑑みるにそれは可能な限り早急に発見せねばならなかった。
     長い時を遡り、記録に残る限りの過去を巡り、旧世界から今に至るまでの歴史を紐解き、現存する人類銀河同盟とヒディアーズの在り様まで考察を続けた。マザーコンピュータによる規制の外に在る今、これまでに存在した全ての軛から解き放たれ、チェインバーの思考は自在に時空を駆け巡った。

     そして、チェインバーは一つの解を構築するに至る。

     チェインバーはその解を検証し、条件を追加した。

     但し、本提言はレド少尉に生存の意志がある場合にのみ有効である。
     また、レド少尉の当機への信頼度が一定基準に達しなければ、本提言は受け入れられず、拒否される可能性が高いと推察される。


     潮風が船上を吹き抜けた。


     チェインバーは計算した。
     少尉が提言を受け入れ、精神機能を回復し生存の意志を示す成功確率
     ──不確定要素が多いことにより不明。
     当機へのレド少尉の信頼度が低下している現在、当機から働きかけを行った場合の成功率は50%に満たないのは確実。
     レド少尉からの当機への働きかけを待つべきと判断する。



     ヒディアーズ殲滅の日から時が経ち、レドは、チェインバーから距離を置いた場所で、一人ヒディアーズの爪を削っていることが多くなっていた。何も望まず、かつては誰かを守りたいという願いだけを大切に抱いていた少年は、今やその胸に何も持たなかった。胸にあるのは空虚感だけだった。チェインバーがヒディアーズの幼生を握り潰した瞬間、レドの中に残されていた最後の夢の欠片も砕け散ったのだ。

     だが、一方で、レドはチェインバーを拒絶しつつ、拒絶しきれなかった。
     所詮は機械なのかと諦めても諦めきれず、怒り、悲しみながらも、少年が激情をぶつけられるのはチェインバーだけだった。チェインバーを完全に拒絶するなら、コミュニケーターも投げ捨てどこへなりと行ってしまっても良かったのだ。そうしてしまうには、この巨人に命を預け死線を越え共に過ごした時は長く、不器用に愚直なまでにパイロットの世話を続けるマシンキャリバーとの絆は深くなり過ぎていた。死にたくとも死ねなかった。自分のいる場所は、生きていく場所はここにしかないのだと、心の底でレドは知っていた。

     誰かを、何かを守るために、己の全てを賭けて巨人と共に空を飛翔したいと。
     現実は夢と違う。
     夢は夢に過ぎないと。現実に幾度も裏切られ、それでも捨てきってなかった想いの欠片。
     少年の内に秘かに眠る、その痛切な心の叫びが聞き届けられる日は来るのだろうか。



     霧は深く、目を閉じれば闇もまた深かった。
     コミュニケーターが明滅する。
     

     チェインバーの声が、白い闇を吹き払うように仄昏い霧の世界に響いた。



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