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    Gate of the Dragon(前編)


     ゴールデンウィークを前にした4月も終わり。
     碁会所で、いつものように進藤と打っていた日のことだった。

    「そういえば、先週、父が中国から帰国してね」
    「……ふぅん。塔矢先生、相変わらず忙しくしてるんだな」
     次の手を考えながら、生返事をする進藤。普段と変わらないその態度が一変したのは、何気なく口にしたボクの一言を耳にした瞬間だった。
    「うん。3日ほど家にいただけですぐ戻っていったけどね。いつか近いうちに、キミと打ちたいと言っていたよ」

     碁石を置こうとしていた彼の手が止まった。
     どうしたのかと彼を見上げた。と、視線を碁盤に落としたまま表情を無くしている進藤の様子が目に入り、意表を突かれたボクは戸惑いを覚えた。
     引退しても、今なお世界的TOP棋士の一人と目されるお父さんと打ちたがる棋士は多い。塔矢行洋から「キミと打ちたい」と言われたなら大概の棋士は喜ぶだろうし、進藤からも「ホントかよ!塔矢先生が打ってくれるなら、そりゃ願ってもない話だぜ♪ 」といった感じの反応が返ってくるだろうと、半ば当然のごとくボクは思い込んでいたのだ。

     呪縛から解けたように、彼の手が動いた。
     パチリと進藤が置いた石が乾いた音を立て、「そっか」と彼が答えると、それで話は途切れてしまった。

     黙り込む進藤。
     その自らの内なる想念に引きこもってしまった姿を前にして、嵐の前ぶれを告げる雲が湧くように、ボクの中で不安が頭をもたげてきた。

     蘇ってくる3年前の記憶。
     打つことを放棄していた空白の3ヶ月。
     もうすぐ5月だ。彼にとっての鬼門とも思える季節が再び巡ってくる。年を追うごとに騒がれなくなってはきているが、また……彼の例の不可解な病気が始まったのではないだろうかと。ボクは心配になった。

    「分からないな。この話を聞いたらキミは喜ぶと思ったんだが。キミは父と打ちたくないのか?」
    「そんなことはないよ。そりゃ塔矢先生とは打ちたいさ。オレ、先生とはまだ打ったことないし……」
    「打ったことがないって……?キミは父とは新初段シリーズで一度打っているだろう?」

     ハッと、顔をあげる進藤。
     何か言おうと口を開きかけた、その言いかけた言葉を飲み込むと、彼は口元を引き結んだまま碁石を片付けると立ち上がった。

    「な……!なぜ途中で止めるんだ、進藤?」
    「ごめん、オレ今日は帰る」

     以前なら口論の挙句によくあったパターンだ。
     しかし、あの頃に比べるとボクたちも大人になったし、そもそも今は口論になるような話は何もしていない。
     ボクには訳が分からなかった。
     
    「一体どうしたっていうんだ。分かるように説明してくれ。どうにもボクには納得がいかないんだが」
    「ごめん。塔矢が悪いんじゃない。オレが……」

     上手く言葉が見つからないのか、進藤は言葉を切ってボクを見つめた。
     卑怯だ、とボクは思った。
     今は何も聞くなと。暗に訴えるその眼差しを向けられてしまったなら……ボクには何も言えないじゃないか。

    「塔矢。先生とは、いつか必ず打つよ。だけど、もう少し時間が欲しいんだ。今はそれしか言えない」
    「進藤?」

     ボクに背を向けたままそう言い置き、市河さんからリュックを受け取ると、進藤は碁会所から出て行った。
     市河さんが物言いたげな目をボクに向けてきた。

    「久しぶりにケンカ?このところずっとそんなことなかったのに」
    「いえ……ケンカなんかしていません」
     市河さんは気がかりそうに進藤が出て行った戸口を見た。
    「なにか思いつめた感じだったわね、進藤くん。何か悩み事でもあったのかしら」
    「大丈夫。彼のことだから心配はいりませんよ」
    「ふふっ。アキラくんがそう言うんなら、きっと大丈夫ね」


     大丈夫か。本当にそうだったらいいのだが。

     
     打つといっても、公式の手合いでもなんでもない。父が日本に滞在している時は、多くの棋士が塔矢邸を訪れて、腕試しとばかりに塔矢行洋と対局している。プライベートな対局にそんな気負うほどのこともなかろうに……彼は何にこだわっているのだろう?

     進藤は、当分の間ここへは来ないかもしれない。
     彼の姿が消えた扉を見つめながら、そんな確信めいた予感がボクの胸に広がっていた。





     逃げるように碁会所を出てきてしまった。

     塔矢には悪いと思ったが、混乱した頭のままで、あれ以上塔矢と一緒にいたら、ますますヤバイことになっていたという自覚がオレの中にあった。

     うっかり塔矢先生と打ったことがないなんて口を滑らせてしまったけど、「互先では打ったことない」って意味だよとか、ごまかしようは幾らでもあったのだ。
     それをしなかったのは、新初段戦での一局をオレが打ったように言いたくなかったから。あの一局を打ったのは佐為だ。変に思われたかもしれないが、塔矢に向かって佐為の打った碁をオレが打ったように言うのは、佐為の存在を否定するような気がして嫌だった。かといって真実の全てを話すわけにもいかないし……いつか佐為のことを塔矢に話す日は来るのかもしれないが、それは今じゃあない。こんな半端な気持ちでいたら、オレはもっと致命的な失言をしてしまっていただろう。

     公園のベンチの上で仰向けになって寝転びながら、オレは流れていく雲を追っていた。

    (この次は、互先で)

     塔矢先生は、新初段戦での約束を覚えていてくれたんだろう。でも先生が知らないだけで、その約束はネット碁での対局ですでに果たされている。

    (saiともう一度、進藤くん)

     青い空を見つめた。
     あの日とよく似た風の心地よさに、染み入るような空の青さと光の眩しさに、涙が滲んできそうになる。

     塔矢先生が打ちたいと思っているのは、オレじゃなくて佐為だ。でもアイツはもういない。
     確かにオレの碁の中に佐為はいるけど、まるごとの佐為と打つことはもう誰にもできない。理性ではソレを受け入れていたはずなのに、分かっていても……つい未練がましく願ってしまう。

    (ちぇっ。今からでも戻って来いよ、佐為。塔矢先生がお前と打ちたいって言ってんだぜ?)

     目を閉じて、懐かしい笑顔に語りかける。
     佐為、オレ強くなったかな?リーグ入りもしたし、そのうち挑戦者になってタイトルだって獲ってみせるんだぜ。お前と打ってて一度も勝てたことなかったけど、今のオレならお前に勝てるかな?オレが勝ったらお前きっとものすごく悔しそうな顔しただろうな。いや、勝ち負けなんかどうだっていいから……

    (佐為。もう一度、お前と打ちてェよ……)

     深く息を吸い込んだ。叶わない願望の海に溺れていてもはじまらない。佐為が消えてしまった以上、道は一つしかなかった。


     オレが……佐為の代わりに先生と打つか。


     塔矢先生と打ちたくないわけじゃない。オレだって先生とは打ってみたい。だけど塔矢先生のがっかりした顔は見たくなかった。今のオレに塔矢先生と互角に打つ力があるか。
     引退したにもかかわらず、いや日本でのしがらみから解放され自由に世界中の棋士と打つようになったからこそ、塔矢先生は佐為と打った頃より更に強くなっている。オレにしても北斗杯をきっかけに上の世界に足を踏み入れた実感はあるし、高段者や緒方さんらTOP棋士を相手にしても負ける気はしない。佐為や塔矢先生が立つ場所に、あと一歩のところまで近づけた手ごたえは感じているけれど。……果たしてどこまで打ち切ることができるか。

     試してみるか。佐為や塔矢先生にどこまで追いつけたか。

     腰のポケットに入れた携帯電話がブーブーと震えた。

    「(もしもし、ヒカル?)」
    「あかりか?どうしたよ?」
    「(んー!ヒカルったら、今日は三鷹の島村の小父さんの家にお免状を届けにいくって約束してたじゃない。もうじきお昼よ)」
    「あ、うっかりしてた」

     あかりの言う島村の小父さんとは、あかりんちの親戚筋だった縁で指導碁に行くようになった、定年退職の後に本格的に囲碁を始めた気のいいご老人だった。碁が好きな勉強熱心なおじいちゃんで、初めて会った頃はあかりよりちょいマシって程度の腕前だったのが、不器用ななりに力を伸ばしていって、2年近く経った今ではアマ初段くらいの棋力を持つまでになっている。年の差を考えると変な気もするけど、誰かを育てる事の楽しさをオレはこのおじいちゃんから教わったと言ってよかった。

    「すぐに家に戻るよ。2時の約束だったな」
    「(うん。私もうちでご飯食べてからヒカルの家に行くから)」
    「わかった。じゃあ、またあとでな」


     通話を切ってベンチから起き上がると、オレは家への道を足早に急いだ。





    「その筒の中にお免状が入ってるんだ。私も見てみたいなァ」
    「あっちに着いたら小父さんに広げてみせるからさ。そんときにあかりも一緒に見てみろよ」
    「うん」

     ヒカルが歩調を緩めて一緒に歩いてくれるのが嬉しくて、私はスキップしながら彼に追いついた。卒業したら、プロになったヒカルと高校生の私とでは会う機会もなくなるのかなァと寂しく思っていたのに、特に約束したわけでもなく、ヒカルと私の間には週に一度は会おうとする関係がごく自然に続いていた。
     私が作ったお菓子を差し入れした日もあれば、ヒカルが高校の部活に教えにきてくれた日もある。
     仕事の予定が入っていなければヒカルはいつでも一局打ってくれたし、意外だったけど月に一回くらいはヒカルの方から打とうって声をかけてくれた。いつかのアキラくんとの対局の時みたいに、大事な対局の前に息抜きに一局打たないかって誘ってくれたことも何度かあった。

     ねえ、ヒカル。
     私、少しは期待して待っててもいいのかな?

     でも、今日みたいに無意識のうちに怖い顔をしているヒカルを見ると、今はこのままでもいい気がしてくる。特に5月が近づくと、毎年ヒカルの様子が変になることにおばさんも私も気づいていた。
    「心配だけど碁のことは私には分からないから。見守っているしかないのかなって、ずっとそう思ってるの」
     去年と一昨年の5月にヒカルが半月ほど家に引きこもってご飯も食べずに碁を打っていた時も、案じ顔で笑いながらおばさんはそう言っていた。

     プロとして碁を打つのって、大変なことなんだ。
     ヒカルにとって大切な時期に、私のことなんかで気を散らせちゃいけない。

     三鷹の島村の小父さんは、月に一度はヒカルと会う機会をつくってくれた人だった。初めはそんな強くなかったのに、ヒカルに教えてもらうようになって、どんどん強くなって、今では私が2子置かせてもらってなんとか打てるくらい。私もヒカルに教えてもらってるし部活でも一生懸命鍛えてるはずなのに、悔しいなあと思う。


     小父さんの家の玄関先で、突然ヒカルが足を止めたので、私はヒカルの肩にぶつかってしまった。

    「どうしたの、ヒカル?」
    「……なんか、家の様子が変じゃねェ?」

     玄関にある、「忌中」の張り紙。

     よくない予感がした。
     インターホンのボタンを押すと、小母さんの声がした。

     ヒカルと私を迎え入れてくれた小母さんは、酷く悲しそうな顔で、涙に湿った声で私たちに告げた。

    「行き違いになっちゃったのね。ちょうどあかりちゃんの家に連絡したところだったの。うちのお父さん、脳梗塞で今朝、亡くなってしまったのよ」





    「ちったあ落ち着いたか、あかり?」
    「……うん」
    「明日、お通夜に行ってくる。今日は取り込み中でできなかったけど、島村の小父さんに、これ渡さなきゃいけないからな」
    「うん……私も一緒に行く」

     泣いた後の顔で道を歩くのは恥ずかしかったけれど、ヒカルは気にした風もなく黙って肩を抱いて寄り添うように私の傍にいてくれた。家に帰ってお母さんに事情を伝えた後、誘われるまま私はヒカルの部屋に行った。

     部屋に入ると、ヒカルはお免状を広げて私に見せてくれた。
    「うわ……なんか立派そう。これ、なんて書いてあるの?」
     
     つかえつかえ四十四文字の漢文を読み上げるヒカルの声は、とても静かだった。

    「すごい!ヒカル、漢文読めるんだ」
    「読めねーよ。一応プロだから。碁に関係するとこだけはなんとかな。聞かれたら答えられるように予習したんだぜ。このオレがさ。無駄になっちまったなァ」

     ヒカルは寂しそうだった。

    「お免状って、どうやってもらうのかな。小父さん、試験に受かったの?」
    「いや。オレの推薦。小父さんが初段の免状取れるかって聞いてきたとき、別にそんなのとらなくてもって言ったんだオレ。意味ねーじゃん。紙きれ一枚に高いお金とるしさ」
    「ヒカル、プロなのにそんなこと言っていいの?」
     ヒカルは思い出したように微かに笑った。
    「……そしたら、小父さんがさ。段位が欲しいんじゃなくて、オレの推薦が貰えるなら欲しいんだって。オレがタイトル獲ったら人に自慢できるだろうからってさ」
    「ヒカル……」
    「もっと早くに渡せば良かったなァ。……分かっていたのにな。いつでも会って打てると思っていた人が急にいなくなっちまうこともあるって」


     ヒカル……泣いているの?


     なんとかヒカルを元気づけたくて、私は一生懸命に言った。
    「きっと小父さんも分かってくれてたよ。ヒカルを応援してた小父さんの気持ちが、ちゃんとヒカルにも伝わっていたって」
    「うん。……あかり、ひょっとしてオレを慰めてんのか?」
    「だって。なんだかヒカルも泣いてるみたいだったから」
    「バーカ。泣いてなんかいねーよ」

     ヒカルは私を安心させるように笑うと、私たちの前に碁盤を置いた。

    「小父さんの供養に、一局打とうか」
    「うん」

     ヒカルの打つ手はいつも優しい。「あかりを一捻りしても意味ねーだろ。お前が楽しく打てりゃそれでいいんだよ」って。ヒカルと私じゃホントは9子置いても碁にならないんだけど、力任せに打ったりしないで下手な私に合わせて優しく打ってくれる。

    (いつでも会って打てると思っていた人が……)

     ひょっとして、ヒカルが月に一度は私を誘って打ってくれるのは、そのせい?
     小父さんが逝ったばかりで感じやすくなってるのかな。ヒカルが優しすぎて、何故だかヒカルが心配になって、引っ込んでいた涙が再び出てきて止まらなくなった。

    「ヒカル……」
    「ん?」
    「ヒカルも無茶して急にいなくなったりしたらダメなんだからね」
     呆れたように目を上げると、ヒカルが言った。
    「なんだよ、それ。まだそんな年じゃねーだろ。……オレはどこにもいかねーから。泣くなよあかり」
    「うん」
    「ほら、打つぞ」
    「……うん」

     涙でぼんやりとして、碁盤の上の碁石も頭の中の碁石も、めちゃくちゃだったけれど。
     ヒカルの石に手を引かれて導かれるように、私はなんとか最後まで打つことができたの。 




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