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    市ヶ谷クライシス(後編)

     
    ■■■──200×年 3月1日 16:00──■■■

     倒壊したビルの地下から二人が救出されたのは、事故発生から17時間後のことだった。

     塔矢プロと進藤プロが事故に遭ったとの知らせが入ってから碁盤の碁石をひっくり返したような騒ぎとなった棋院では、当日の行事は全て中止。救助隊との連絡や、イベント参加者や指導碁教室の予約者へのお詫び、押しかける棋士や、鳴り続ける電話etc.の対応に棋院関係者は追われることになった。

    「ったく、面倒をかけおって。これで無事に戻ってこなかったら承知せんからな」
    「坂巻さん、そう言いながら心配なんでしょ。塔矢くんは今のところ無事のようですが、進藤くんは大丈夫ですかね」
    「……あの二人はこれからの囲碁界に必要なんだ。事故なんかで死んでいい奴らじゃない」
    「救助隊から連絡が入りました!塔矢くんが発見されたそうです!」

     救助された塔矢が搬送されるのを拒み、続けて掘り出された進藤と一緒に病院へ運ばれるというハプニングがあったものの、二人が救出されたとの知らせが届くと、棋院は関係者一同の喜びと安堵の声に満ち溢れた。集まっていた同期の仲間たち、和谷、伊角、奈瀬、越智、本田、門脇、冴木らは肩を抱き合って歓声を上げた。

    和谷 「くそぅ、あいつら心配かけやがって!」
    奈瀬 「うう~でも二人とも怪我してるんでしょ?進藤の方は酷いみたいだし大丈夫かな?」
    伊角 「そんなに泣くなよ奈瀬。怪我は心配だけど、命には別状ないって話だからさ」
    越智 「ふん。だから言ったろ、どうせ助かるから心配するだけ無駄だって」
    本田 「越智~こんなときくらい素直に喜べよ」
    冴木 「囲碁界に震撼が走ったって奴かな。全く塔矢先生が倒れて引退した時以来の騒ぎだったぜ。……今回の件で改めて思い知ったよ」
     門脇がしみじみと言った。
    「囲碁の神様のご加護があったんだろうよ。あいつらがいないと、この先面白くなくなっちまうからな」
    「ふぉっふぉっふぉっ。そうさの、この老いぼれより先に召されて囲碁の神と打とうなぞ、あやつら100年修行が足らぬわ」
    「「「「「「「(桑原先生~~~~~~~)」」」」」」」

     場が落ち着くにつれて、棋院に詰めていた棋士たちも自然散会の様相を見せていた。
     ロビーの一角を占めていた塔矢門下の集まりに、倉田が近寄ってきた。
     
    「緒方さん、俺たちはこれで失礼しますが、どうされます?」
    「倉田くん。キミもご苦労だったな。俺は……これから芦原くんと一緒に今夜はアキラくんに付き添うつもりだ。進藤には親御さんがついているが、アキラくんの方は先生も明子さんも留守にしておられるからな」
    「そうですか。……今日の一局は楽しませて貰いましたよ。次の対局では、この借りをきっちり返させていただきますからね」
    「フフ……楽しみにしているぜ」





    「緒方さん、朝から何も食べてないでしょう?外で夜食を調達してきますね」
    「あァ、頼む」

     とりあえずこれでも飲んで待っていてくださいと、芦原から渡されたホットコーヒーを口にしつつ、俺は息をついた。

     進藤の安否が分からぬまま17時間も暗闇に閉じ込められるという局面は、強靭な精神力を持つアキラくんにとっても相当なストレスだったに違いない。進藤の救出を待つ間は冷静さを保っていた彼は、搬送される時には軽いヒステリー状態に陥ってしまい、薬を投与されて今もベッドで寝かされているといった次第らしい。瓦礫を取り除くのに無茶をしたのか、切り傷だらけだった両手には包帯が巻かれていた。

     進藤は集中治療室で処置を受けている。救助された時は、胸部と右腕の骨折と外傷による重いショック症状がみられ、失血と高熱もあってかなり衰弱していたと聞いた。すぐに手当てを受けることができれば大事に至らなかったのが、治療が遅れたことが容体の悪化に繋がったのだ。さらに救助が遅れたならば、命に関わっていたことだろう。

    (ともあれ、助かって良かったぜ)

     この二人に、いなくなってもらっては困る。
     進藤とは未だ全力で打ち切っていないし、それに───

    (囲碁での関わりを別にしても、たぶん俺はこいつらが気に入っているんだろうな)

     ベッドの中で、アキラくんが身動ぎした。
     目を開けると、ぼんやりとした表情で焦点の定まり切らない瞳を俺に向けてくる。

    「……緒方さん?」
    「気がついたか、アキラくん。心配しなくていい。ここは病院だ」
     はっと気づいたように目が見開かれた。
    「……進藤は?進藤は無事でいますか?」
     痛みに構わず起き上がろうとした身体を、俺は押しとどめた。
    「ああ、安心しろ。怪我はしているが命に別状はない。別室で治療を受けているところだ」

     俺の手の中で、強張っていた肩が震え、力が抜けていくのが感じられた。
     ポツリと一言だけ、言葉が漏れた。

    「───良かった」
    「アキラくん?」

    (参ったな……)
     
     緊張の糸が切れたように、涙に濡れる顔を隠そうともせず声を殺して静かに泣き続ける弟弟子を見ながら、俺は思った。
     塔矢先生に弟子入りして以来、彼がまだ幼い頃から10年以上もアキラくんを見てきた。碁での勝負で負けたり、誰かに苛められたりと、悔し涙を流す彼ならこれまでにも何度か目にしたことはあったが……家族以外の誰かのことを心配して泣くアキラくんを見るのは、これが初めてではないだろうか?

     進藤のやつ。
     アキラくんを本気で怒らせることができるのは、俺の知る限り奴だけと思っていたが。
     こんな風に泣かせることもできたとはな……

     胸ポケットに伸ばした手を止めた。
     一服やりたい気分だったが、生憎とここは病室だ。
     代わりに残りのコーヒーを飲み干し立ち上がると、俺は芦原を迎えに病室の外へ出ることにした。

    (一本吸いながら芦原を足止めするか。……15分もあれば、いつもの塔矢アキラが目を覚ますだろうからな───)
     

     
    ■■■──200×年 3月6日 14:00──■■■

     進藤に会えたのは、救助されてから6日目の午後だった。

     最初の2日間は、ボク自身が面会謝絶で会えず、3日目に彼に会いたいというと、彼の方はあと3日は面会謝絶でしばらくは絶対安静にさせられていると聞かされた。

    「進藤くん、順調なら2、3日中にはベッドから起きられるそうだから。じき会えるから心配しなくても大丈夫よ」
    「心配かけて、ごめんなさい、お母さん」
    「気にしないで。アキラさんが無事だったら、もういいのよ」
    「……お父さんには、ボクが無事だって、ちゃんと伝わっているかな?」
    「ええ。棋戦が終わったら連絡するって言ってたから。アキラさんも無理しないで体を休めないとダメよ」

     ボクが事故に遭ったとの知らせを聞いて、両親は初めは二人で帰国するつもりだったらしい。その後、ボクが軽傷で済んだとの連絡が入り、母が父を説得して一人で帰ってきたのだそうだ。
    (棋士ならば息子より棋戦を優先しないといけないのだろうけど、それは今の自分にはできないとお父さんは悩んでいらしたの。そのうちアキラさんが無事だって知らせが届いてね。アキラさんが元気になったらお父さんの対局の妨げになったことを絶対悲しむだろうから、棋戦を続けてくださいとお願いしたら納得してくださったのよ)
     母の言葉通り、父が自分の棋戦を続けてくれたことに、ボクは心底からホッとしていた。ボクの不始末のせいで、息子のために己の勝負を投げだした棋士などと塔矢行洋の名に傷がついたなら、ボクは居ても立ってもいられなかっただろう。

     肘でノックをして病室に入ると、進藤はベッドの中で上半身を起こした姿勢で碁盤を前に碁石を並べていた。
     骨折した右腕はギプスと包帯で固定され、三角巾で吊られている。
     ボクの顔を見ると、少し照れくさそうに、普段と変わらない屈託のない笑顔が向けられてきた。

    「よう、塔矢。元気だったか?」
    「見ての通りだよ」

     包帯で巻かれたボクの手に目をやると、盛大にため息を吐く進藤。
     その顔色が思ったよりいいのを確かめると、ボクは嬉しさに心が躍るのを感じた。

    「お前は両手か~。オレは全治3ヶ月。少なくとも1ヶ月は入院だとよ。やってらんねーよ」
    「ボクの方は大したことはない。しばらく不自由するけどあと3日ほどで退院だそうだ」
    「ちぇっ、いいなァ。なんとか手合い日だけでも外出許可貰えねえかな」
    「またキミは無茶なことを」
    「だってさー。そんなのんびりしてたら、またお前に差ーつけられちゃうじゃん」
    「当分は治療に専念するんだな」
     進藤がふくれた。
    「お前、他人事だと思ってるだろ」

     話をしながら、ボクは進藤が並べていた棋譜に目を落とした。
     闇の記憶が蘇る。覚えのある形が、そこにあった。

    「これは?あの時の目隠し碁か」
    「ああ。こんな風にお前と打った碁は思い出せるのにな。……夢で打ってた方のは、やっぱり思い出せないや」
    「夢で誰かと打ってたのか?」

     進藤は微かに笑って答えない。
     ボクは、無言となって石を置き続ける進藤をそっと透かし見た。

     淡い光と静けさに満ちたこの白い空間には、荘厳な氣の名残りが漂うように感じられた。
     左手で不器用に石を置く手つきに、初めて打ったときの彼の手が重なって見える気がした。

     見えそうで見えない。
     届きそうで届かない、進藤に秘められた謎の答え。
     それを知りたいという望みは未だ遂げられず、ボクの欲求は満たされずに放置されたままだ。

    (進藤……)

     あの非日常の空間で。
     彼に謎の答えを問いかけていたならば、答えが返ってきただろうか?
     だが、日常の光の中、その機会はすでに遠ざかっていた。

     進藤が打った一手で、石は終わっていた。
     あの闇の中で最後の一手を打ったとき、ボクの声はすでに彼の耳には届いていなかったのだと気づいた。
     ボクは静かに言った。
    「次は、13の五だ」
    「あー先にツゲば良かったかァ。オレもひでェ碁打ってたもんだな。──んー。負けました」
     覚えず、ふいに痛いほどの安堵感が胸に満ち溢れた。
     本当に……

     ボクはベッドの脇にあった椅子に腰を下ろした。
    「初めから一局打とうか」
    「その手じゃ、碁石置けねえだろ。オレが代わりに石置いてやるよ」

     穏やかでどこか懐かしげな進藤の表情。
     物言いたげな視線がちらりとボクの方に向けられ、そして逸らされた。躊躇いがちに言葉が紡がれる。
    「オレが意識なかったとき……お前、オレのこと呼んだ?」
    「ああ。呼んだよ」

     病院に搬送される途中、ボクは進藤の手を握って彼の名を呼び続けた。
     傷を負ってぐったりしている進藤を前にして、彼が何処かへ行ってしまうような危機感に囚われていた記憶が、おぼろげに残っている。今こうして無事な姿を目にしていると馬鹿馬鹿しい不安だったようにも思うが、あの時のボクは訳も分からないままに進藤を助けたくて必死だったのだ。

    「あん時、オレ凄くいい夢見てたんだけどさ。塔矢が出てきて、こっちに引きずり戻された。お前って、夢の中でも突然現れて強引なのな」
     どこか楽しげな様子に少々ムッときて、呑気そうに笑う彼を睨んだ。

    「いい夢って……気楽でいいよキミは。ボクがどんな気持ちでいたか……」
    「ごめん。悪かったよ謝る……って、ちぇ。なんで夢の話でオレが謝らなきゃなんねーんだよ」
     進藤は吹っ切れたように背筋を伸ばすと、しょーがねェなと笑って肩をすくめてみせた。
    「さあニギれよ……って、無理か。じゃあ、お前が白、オレが黒。コミは6目半でいいな」

     右上スミ小目に黒石が置かれる。
    「お前の番だぜ」
    「それじゃいくぞ。4の四、左上星」
     

     コトリ、コトリと。進藤が碁石を置く音が、心地よく耳を打つ。
     何処から漂ってくるのか、慎ましやかな花の香りが部屋に満ちていた。
     碁を打つボクと進藤を、穏やかに優しく包み込み、見守るかのように。


     ボクたちの傍らに、春が来たようだった。



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