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    市ヶ谷クライシス(中編)

     
    ■■■──200×年 3月1日 1:00──■■■

     しんしんと空気が冷え込んできた。
     何処からか、何かよく分からない音と水の落ちるような籠った音がする。壊れた水道管から水が漏れているのだろうか。思い出したように不規則に物の崩れる音が聞こえる、そのたび恐怖にビクリと心臓は跳ね上がり、ボクの心には疲れが積もり続けていた。
     進藤が呟いた。

    「……1時回っちゃったな」
    「そうか。体力を消耗しないためにも、寝られるようだったら寝た方がいいと思うが……」

     ボク自身、不安と恐れに頭が覚めてしまっている自分を感じる。とはいえ、眠らずに悪いことばかりを考える状態がいいわけはない。いつ助けがくるか分からない以上、少しでも身体を休めておくに越したことはなかった。

    「どのみち動けねェんだもんな。起きてたってしょうがねーか」
    「……起きている間は、時々声をかけてくれないかな?お互いの状態を把握しておきたいし、黙ったままだと心配になるからね」
    「そうだな」

     暫しの沈黙。
     闇の向こうから、穏やかに声がした。

    「……大丈夫だって。きっとなんとかなるよ」

     ボクを励まそうとしてくれているのか。例え気休めだったとしても進藤の言葉にある気遣いが胸に沁みて嬉しかった。
     物の擦れる音。
     進藤が寝支度をするような気配が伝わってきた。

    「塔矢も寝ようぜ。────それじゃあ、おやすみ」
    「ああ、おやすみ」

     沈黙が続いた。
     途方もなく、時が長く感じられる。
     目を開けても閉じても、見えるのは同じ暗闇ばかりだ。
     目を閉じたままでいると、この闇に溶かされて二度と目を覚ますことができなくなる気がする。寝ようと言ってはみたものの、やはり簡単に寝られそうもなかった。

     沈黙に耐えきれずに、闇にそっと声をかけてみた。

    「……進藤?眠ったのか?」
     
     沈黙が返ってくる。
     ボクは膝に顔を埋めた。
     この深い闇の中で、進藤はどんな想いでいるのだろうか?
    (この状況ですぐに寝られるのか?たいしたもんだよキミは)

     ぞくりと身体の芯に悪寒が走り、ボクは身震いした。
     せめて二人とも同じスペースに閉じ込められたのだったら、身を寄せ合って一緒に暖も取れただろうに。考えても仕方ないことだが。

     コートをしっかりとかき寄せると、碁盤の目を数えながらボクは目を閉じた。



    ■■■──200×年 3月1日 6:00──■■■

     長い夜が過ぎた。
     疲れと不安と寒さとの狭間で、浅い眠りと目覚めとの間を浮き沈みしながら、ボクは目を覚ました。
     耳を澄ましてみても、時折り水の滴り落ちる音以外に何も聞こえない。
     良くも悪くも、辺りは静かだった。
     
     進藤はどうしているだろう。
    「……進藤?起きているか?」
     長い間の後、掠れた声で答えがあった。

    「うん。塔矢……少しは寝られたか?」
    「まあまあだ」
     とりあえずは無事でいることに安心する。外はどうなっているのだろうと考えた。

    「今、6時頃だと思うけど……何時か分かるか進藤?ボクの時計は電光がなくて見えないんだ」
    「……オレのは見える。6時10分。どうしてわかるんだ?」
    「ボクは決めた時間に必ず目が覚めるから。少し前に目が覚めた」
    「すげーな、腹時計かよ。目覚ましいらねーじゃん」

     苦しげに咳をする音が聞こえた。

    「……寒いな」
    「大丈夫か、風邪をひいたんじゃないのか?」
    「そうかも。とにかく救助が来るまで我慢するっきゃないからな」

     進藤の声が掠れてどことなく元気がないのが気になった。
     元気な方がおかしいと言えばそうだが。
     さすがの彼も、この過酷な環境が心身に堪えているのだろうか。

    (ボクも同じか)

     いったい、いつまで待てばいいのか。
     闇に続く静寂。前触れもなく起きる理由の分からない音に不安が募り、恐怖感に容赦なく神経は削られ続けていく。
     人間は暗闇でどのくらいの時間耐えられると聞いたっけ?
     永遠に続くかとも感じられる漆黒の闇と静けさに身震いし、膝を抱え込んだ。その時、進藤の声がした。

    「なァ、塔矢。一局打たねぇ?」
     ボクは迷った。
    「目隠し碁は普通に打つより神経を使うからな。やめておいた方がいい気もするが……」
    「こんな真っ暗な中で何もしないでいたら、身体より先に気持ちの方が参っちまうぜ。頼むよ塔矢」
     それもそうだと、ボクは頷いた。確かに、ただ助けを待つよりは打っていた方が気晴らしになるだろう。
    「……わかった。正直いってボクもその方がありがたい。時間はあることだし疲れないように気楽に打とう」
    「ああ。サンキュー。……じゃあ、お前が白、俺が黒。コミは6目半でいいか?」





    「4の弐 オサエ」
    「・・・・・・」
    「2の五 オサエ」

     こうして闇の中で打っていると、いつしか脳裏に蘇るのはsaiのことだった。
     ネットの闇に潜んでいた彼。
     進藤の抱える謎に包まれた、最強の打ち手。

    「2の七 ツギ」
    「・・・・・・」
    「3の弐 オサエ」

    (お前にはいつか話すかもしれない)
     そう口にしつつ、進藤はいまだに謎の全てを明かそうとしない。
     明日という日が不確かな、この闇に在って問いかけたなら───
     彼は謎の答えをボクに語ってくれるだろうか?

     この対局が終わったら思い切って聞いてみようかと、ボクは考えはじめていた。

    「14の五 ノビ」
    「・・・・・・」
    「13の六 トビ」

     それにしても妙だ。
     進藤の手は日頃の彼からすれば荒い打ち筋で、集中力を欠いているように思えた。
     進藤は無頓着そうに見えて繊細なところがある。なんでもなさげに受け答えしてはいるが、実はボク以上に神経が参っているのではないだろうか。
     

    「13の五 キリ」


     沈黙が続いた。
     ───さらに、沈黙が。


    (……長考か?)


     不安が募ってきた。
     進藤は打つのが早い。公式対局ならいざ知らず、この場でこの長考はあり得なかった。


    「お前の番だぞ、進藤?」
    「……」
    「長考か?黙ったままでいるなよ。心配になるだろう?返事くらいしたらどうだ」
    「……」
    「……進藤?」



     答えはなかった。



    「進藤!どうした!返事をしろ、進藤ッ!!!」


     不安に鳩尾が溶けて吐きそうな気分になった。激しい動悸に心臓が絞めつけられる。心配で頭がどうにかなりそうだった。

     進藤らしくない乱れた手。この異常な状況下での目隠し碁では、彼といえども平常心で打ってはいられないのかと思っていたけれど。
     時々咳をしていたのは、埃を吸ったか風邪の引き初めのせいかと思っていたけれど。



     ……ひょっとして、進藤の状態はボクが想像していた以上に悪かったんじゃないのか?



     ピヨピヨピヨピヨピヨ…
     ピヨピヨピヨピヨピヨ…


     瓦礫の中から携帯電話の鳴る音が響くのが聞こえた。
     

    (緒方さんだ!!)

     時間になってもボクが姿を見せないのを不審に思って、電話をかけてきてるんだ。
     絶望から救われたようにはじかれ、音の出どころを探し求めた。

     お願いだ、電話を切らないで緒方さん。

     受信音を頼りに必死に崩れたコンクリートを探り、掻き分ける。
     指が切れ、両手がボロボロになって血が出るのも構わず、瓦礫が崩れてこないよう祈りながら無我夢中で石や建材の破片を押しのけた。
     と、鞄の持ち手が指に触れ、ボクはありたけの力を振り絞ってそれを引っ張ると瓦礫の隙間から鞄を引きずり出した。
     手の痛みや震えにも構わずに、ファスナーを開いて携帯電話を取り出す。
     電話はやはり緒方さんからだった。

    「もしもし……ッ!」
    「(アキラくんか?会場に来るのが遅れているようだが……)」

     緒方さんの声を遮ると、ボクは叫んだ。

    「緒方さん、助けてください!!」
    「(アキラくん?どうかしたのか、いつものキミらしくもない。そんなに動揺して?)」
    「ボクたち、ボクと進藤は市ヶ谷の地下街で、瓦礫の下に埋まっているんです!」
     電話越しに絶句する気配が伝わってくる。
    「(なんだって!!なんてことだ。市ヶ谷の爆発事故にキミも巻き込まれていたのか?進藤もいるのか?)」
    「はい!」
    「(二人とも無事なのか?)」
    「ボクは大丈夫です。でも進藤が……」
    「(進藤は怪我をしているのか?)」
    「たぶんそうだと思います。初めは元気そうでちゃんと応答があったんです。でもしばらく前から返事がなくなって……呼びかけても答えがないんです」
     声が震えるのを止められない。
    「(しっかりしろ、アキラくん。キミたちがいる場所を詳しく教えてくれ。すぐに救助隊へ連絡を取るから)」

     出来る限り、状況を詳しく説明する。
     緒方さんなら必ず必要な手を打ってくれるはずだ。
     兄弟子の存在がこれほど心強かったことはなかった。

    「(一旦通話を切るが何かあったらすぐに連絡しろ。気持ちをしっかり持つんだ。いいな、アキラくん?)」
    「はい!」

     切れた電話を手に、虚脱感のあまりボクはうずくまった。
     (できることはした。後は待つのみだ……)



    ■■■──200×年 3月1日 8:55──■■■

     ──塔矢アキラ四段と進藤ヒカル三段が市ヶ谷の爆発事故に巻き込まれて生死の境にいる。
     突如として飛び込んできた非常事態を告げるニュースに、対局開始を直前にして十段戦の関係者は騒然となっていた。

     異常に気づいた倉田が、対局会場からロビーに戻ってきた。

    「なになに、塔矢と進藤がどうしたって?」 
    「倉田さん。塔矢プロと進藤プロが棋院付近であった爆発事故に遭って地下に閉じ込められているそうなんです」
    「なんだって!!アイツ来ないと思ってたら、用ができたんじゃなかったのか」

     煙草を手に難しい顔をしていた緒方の視線が、倉田の方に向いた。

    「進藤もこっちに来る予定になっていたのか?」
     頷く倉田。
    「ええ。携帯に連絡しても電源切っちゃってるし。何か予定でも入ったのかと思っていたんですがね」
    「アキラくんは昨日の夜、進藤と一緒に市ヶ谷のラーメン店に行ったそうだ。進藤が前にキミと一緒に行った店らしいんだが……」
    「あァ、分かります。あの事故、ガス爆発の衝撃で老朽化したビルが倒壊して救助活動が難航しているんでしょ。……救助隊に連絡は?」
    「棋院を通じて連絡を取った。坂巻さんが対応してくれている。塔矢先生は台湾で不在。オレはアキラくんとの連絡要員として待機するつもりだ」
    「なるほど。あの界隈はよく知ってるし、役に立つか分からないけどオレも待機してた方がいいかもしれないな。……となれば、十段戦どころじゃないですね。どうします?」

     長く紫煙が吐かれた。

    「今から新幹線に乗れば午後には東京に戻れる。まだ第1局目だ。オレは不戦敗でも時間切れでも構わないんだが。……それでタイトル戦での星を一つ落としたとなると、アキラくんには後で落ち込まれそうだな」

     倉田はえーという顔になった。

    「オレだって、そんなんで白星いただいても納得いきませんよ。緒方さんとの対局をブチ壊したって、後で進藤に謝られるのも不本意ですしね。日を改めて再戦ってわけにはいかないんですか?」
    「棋士本人が事故の当事者でもなし、塔矢先生が倒れられた時ですら日程の変更はなかったくらいだ。無理だとみていい。現場も混乱していて情報収集にしばらくかかるようだ。瓦礫の撤去には6時間以上はかかるらしい。段取りが済んで出発できるようになるまでに1時間はあるだろう」

     腕を組む倉田。
     とぼけた表情で視線を逸らして言った。

    「オレ、早碁は得意ですよ」
    「実はオレもなんだ」

     緒方はニヤリと笑った。

    「持ち時間30分以内だ。早碁でも十段戦に相応しい手が打てることを見せてやるぜ」
    「そのお言葉、盤上でそっくり返させていただきますよ」



    ■■■──200×年 3月1日 10:00──■■■

     闇に声が聞こえたような気がして、ボクは膝から顔を上げた。

    「……進藤?」
    「───塔矢」

    (生きててくれた……)

     安堵感が広がり、胸が震えた。
     当面の無事を確認できた喜びや先行きへの恐れや不安、怪我を隠していたことへの怒りや苛立ち、何より進藤の具合を心配する気持ち、それらが綯交ぜとなった複雑な想いを胸の内にしまい込むと、ボクは口調を抑えて言った。

    「気づいたか、進藤?」
    「ああ。……ごめん、オレ、ちょっと寝てたみたいだな」
     
     ここで吐かせなければ躱されてしまうと、問答無用でボクはたたみかけた。

    「怪我の状態はどうなんだ?なぜ黙っていた?」
     いっときの間があった。
    「ハハハ……バレた?」
    「キミは2時間くらい気を失っていたんだ。それに携帯電話の光で、キミがくれた袋に血がついてるのに気づいた。1時間ほど前に、緒方さんから連絡があったんだ。受信音を頼りに携帯を探して……外との連絡が取れるようになった。救助隊にもここの場所を知らせたから。もうすぐ助けが来る。それまで頑張るんだ」
    「そうか。良かった……」

     油断していると、声が震えそうになる。彼にこれ以上の不安や負担を感じさせてはいけないと。ボク自身の動揺を悟られまいと、固く心を律して話を続けた。

    「怪我の具合は?どこを怪我してるんだ?出血は止まっているのか?正直に言え」
    「右腕と胸の辺りかな。傷は深くない。血はだいたい止まってそうだけど……骨が折れてんだと思う。だんだん痛みが酷くなってボーッとしてきてさ……」
    「進藤、水を戻すぞ。出血しているのなら水を飲まないと」
    「いらない」

     思わず、声が荒くなった。

    「聞き分けのないことを言うな!」
    「外との連絡が取れても救助がすぐ来るとは限らない。そいつはお前が持ってろ。水なら間に合っている」
    「何を言ってるんだ!」
    「一人は頭がはっきりしてねェとダメだろ。救助が来た時に、一人は元気でいないと助けを呼べねーじゃん」
    「バカを言うんじゃない!」
     切れ切れに言葉が続いた。
    「バカじゃねーよ。オレなりに、助かる方法を考えたんだぜ?今この局面での最善の一手は、お前にしっかりしていてもらうことなんだ。オレがこんなんじゃ、救助が来るまで踏ん張れるのは、お前しかいねえんだから」

     進藤の言うとおりだ。耐え忍ぶしかない状況にあって、彼は冷静だった。
     わかっている。わかってはいるけど……
     やるせない気持ちで、ボクは頭を垂れた。
     身体が震えるのも止められない。我慢はもう限界に達していた。

    「進藤……。キミがどうかしてしまったら、ボクは……」
    「勝手に殺すなよ。形勢はそれほど悪かねェよ」
     優しく微笑む彼の顔が見える気がした。
    「心配するな。アイツが……きっと守ってくれる。神の一手を極めるまで、オレは絶対に、死にやしねえ。だから、頼んだぜ、塔矢……」
    「進藤!」
    「暗闇から気を紛らわすには、棋譜並べも悪くねェぜ──」

     消え入るように進藤の掠れ声が小さくなる。


     頭の隅に、進藤の言葉がひっかかる。
     アイツとは誰だ?神の一手を極めるまで守ってくれる……?
     混乱した頭で、思い当たる人物は一人しかいなかった。

     やはり、saiとキミは。
     今の言葉。
     saiは……彼はもうこの世の人ではないのか?

     進藤の身を案じながら、暗闇に長くいたせいだろうか。
     またボクは訳の分からないことを考えている───

     心の動揺を抑えきれないまま、ボクは自分でも説明しようのない何かに、跪く想いで強く祈っていた。

     お願いだ、sai。
     貴方が何者か。謎の全てをボクは知ってはいないけれど。
     でも、進藤の打つ碁を見て、分かることもある。
     理由なんかないけど、理屈を越えて、ボクにも分かることがある。

     貴方は、進藤にとってかけがえのない大切な人なんだろう。
     そして、おそらく……貴方もきっと進藤のことを。
     だったら、お願いだ。
     進藤を連れていかないでくれ。
     ボクから、彼を取り上げないでくれ。
     一人じゃ碁は打てない。
     彼がいなくなったら、子供の頃の昔のように、貴方を待ち続けているお父さんのように、ボクはまた一人になってしまう。

     貴方が指し示してくれた神の一手に続く道を、これからもずっと、ボクは進藤と二人で。

     一生一緒にずっと歩いていきたいんだ───



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