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    軍師の遺言 3

     
     寒かった。
     肌に感じられるものは、体にまといつく冷たく透明な闇ばかり。



     ここは、どこなのだろうか?
     誰もいない真っ暗な世界の中心で、ランはひとり、地に伏していた。

     身を起こして、あたりを見回してみても。
     光もなく。目に映るものは、何もなく。
     誰も、ただ一人として少年の傍にいるものはなかった。

     昏き虚空に向かい合い、ランは、そっと呼んでみた。

    「テッド」

     続けて呼んでみた。
     父さん。グレミオ。オデッサ。マッシュ。ビクトール、フリック……

     答えはない。
     答えはないと、頭のどこかでは、解かっていたような気がした。
     みんな、何処へ行ってしまったのだろうか?

     右の掌を開けると、暗闇にあってソウルイーターだけが淡く燐光を発していた。

     近しい人の魂を喰らうといわれる、死神の鎌。
     行く先々で死を招くという、最も呪われたる紋章。

     テッドやウィンディが言っていたように、テッド達は、こいつに喰われてしまったのだろうか?

     ウィンディがソウルイーターを手にできなかったわけ。
     漠然とではあるが、それがなぜかランには解かるような気がしていた。

     ソウルイーターは、持ち主の愛する者の魂を糧として成長する紋章なのだ。
     愛をなくしたウィンディは、紋章が餌とするソウルを持たなかった。だから、ソウルイーターは彼女の手を拒んだのではないだろうか、と。

     紋章に、視線が落とされる。

     これからも、僕の大切な人たちをソウルイーターは生贄として求めるのだろうか?
     平和を取り戻そうとしているこの地に、再び争乱を招くのだろうか?
     そして、大切な誰かを失いながら、僕は、僕だけは変わることを許されず、紋章がもたらす多くの死を踏み越え、これからも生きていかねばならないのだろうか?
     ただ独り。いつ果てるかも知れぬ、永劫の時を。

     これがなければ……ソウルイーターさえなければ、普通の人として年老い、生きて死ぬことができるのだろうか?
     グレッグミンスターの家で皆と過ごしたような、安らかな時間を取り戻せる日が、いつかは来るのだろうか?

     目を閉じれば、思い出される。
     今は亡きひとの笑顔。暖炉の火の温もりやシチューの香り。

     ──ここは、途方もなく寒かった。

     紋章を握りつぶした。爪が手のひらに食い込むが、紋章には傷一つ、つけられなかった。
     ソウルイーターを見つめた。

     ならば、いっそのこと

    「それじゃ、いっそ紋章を腕ごと切り落としてみる?」
     淡く光が生じた。
     不意に降って湧いた声に頭を上げると、そこには面白そうな顔をした少年魔術師が立っていた。

    「ルック……」
     ランは呆然と風の紋章使いを見やった。
    「どうして、ここに。きみは、何を――」

     魔術師は肩をすくめた。
    「真の紋章は人を選ぶからね。きみはソウルイーターに気に入られたようだし、普通の紋章と違って、そう簡単に着けたり外したりはできないけれど。ふふ……片手ひとつ犠牲にするつもりなら、なんとかなるかもしれないよ?」

     少年の唇には薄く笑みが浮かんでいた。

    「ランは紋章や紋章のもたらす宿命から逃れたいのでしょう?同じ真の紋章を持つ者同士、ランの気持ちはなんとなく解かるよ。まあ、僕の風の紋章はソウルイーターほど性質が悪くはないけどね。だから、手伝ってあげようっていっているんだよ」

     風使いの少年は手袋をはずすと、手にある「真の」風の紋章をランに見せつけた。
     言葉もなくランがそれを見つめると、小さく笑って手を引っ込めた。
     滑らかに言葉は続く。

     僕らの右手は、運命の罠に捕らわれているんだ。
     やがて、運命がやってきて、君をどうにかするのを、ランはこれからもただ座って待っているの?
     きみが自分ではずせないなら、僕がやってあげる。
     片手ひとつで運命から自由になれるのなら、安いものとは思わない?

     恐ろしいまでに澄みきった瞳が、深い関心をこめ、ランを見つめていた。

    「僕は、興味があるんだよ。運命とは定められたものなのかどうか。人には、本当に運命を変える力があるのだろうかってね」
     ルックは斧を取り出すと、ランの目前に突きつけた。

    「斧はあまり使い慣れてないんだけど。君が協力してくれれば、お望みならその細腕を切り落とすくらいのことは、僕にもできる。どう、試してみる?」
    「……」

    「最初は痛いだろうけど、すぐに終わるよ?」
    「……」

    「痛みや思い出なんか、時が忘れさせてくれる」
    「……」

    「君が迷っているのなら、僕が決めてあげてもいい」
    「……ルック」

    「覚悟はいい?」
    「だめだよ……」

     凄絶な笑みが浮かんだ。

    「怖いの?ラン?」
    「違うんだ。ルック……やめて、やめてくれ!!」

     振りかざされた斧の刃が、頭上で閃く。
     紋章を庇い退きながらランは叫んだ。

    「この中には、皆がいるんだ!」

     テッドが、グレミオやオデッサや父さんが――
     僕から切り離さないで。取り上げないで。
     どうか、皆を忘れさせないで。
     どうか……

     突然、ソウルイーターから、白光が迸った。
     紋章を核に広がりゆく球形の光。
     眩い光にむさぼり喰われるように、斧を振り上げた少年魔術師の姿は端から徐々に消えていった。右手から這い上る裂かれるような腕の痛みに耐えながら、ランは呻き声を堪え、歯を食いしばる。
     さらに激しくなる右手の輝きに、眼を固く瞑った。

     黒くはない、白いその輝きはぐんぐんと大きくなり、ランを、そして世界の全てを焼き尽くした。



     明け方の冷気が、地を這うように流れていた。
     目を覚ました後も、冷たい寝床に横たわったまま、ランはぼんやりと寒さと暗闇に身を委ねていた。

     ここは、どこだろうか?
     薄闇の中、おぼろげに見える見覚えのある天井のから草模様を眺め、生まれた家の自分の部屋にいるのだと気づくまでに、少しの時間が要った。気を失ったランを気遣って、誰かが……たぶんクレオかパーンがここへ運び込んだのだろう。

     しばらくの間、暗がりを見つめていた少年は、やがて起き上がると、音を立てないよう気を配りつつ、旅慣れた手付きで荷造りをしはじめた。
     顧みれば、此処、グレッグミンスターの我が家を出てから今日まで、ゆっくり過ごした日はほとんどなかったように思う。旅立ちや出陣の用意はいつもしてあったような気がした。

     最初は五人。今は、一人。

     どうしても持っていかねばならないものは、ほとんどなかった。
     持ち物は、黒い棍と背嚢がひとつだけ。

     衣服を着替え、旅支度が済むと、ランはもう一度部屋の中を見回した。
     これ以上、持っていきたいものはないが……

     ふと思い出し、懐からオデッサのイアリングとまたたきの鏡を取り出した。誰か気がつく者があるように、人目につくテーブルの上に貴重な二つの品を置く。
     肌身はなさずにいたその感触が手から失われたとたんに、焼けつくような烈しい喪失感がランの胸を駆け抜けた。

     これらは、後に続く誰かに託されるべきものだった。
     少年がトランの城に戻ることは、もう二度とないのだった。


     東の方角は白みかけていたものの、空はまだ昏く。
     背嚢を背負った少年が屋敷の外へ出ると、門の辺りで人の気配が感じられた。

    「行くのかい?」

     澄みきった夜明けの風に吹かれつつ、緑色のローブをまとった少年魔術師が、花も終わりかけた大きな木犀の樹に寄りかかり、こちらを見ていた。

    「……うん」
     何と言ってよいか解からず、言葉もなく見つめかえす。

     脈が三つほど打つ間、ルックはランを眺めていたが、表情も変えず下から手を一振りした。一筋の光が弧を描き、ランの手の中に一つの珠が転がり落ちた。

    「餞別かな」

     ビッキーと遊んでいた時にできた、偶然の賜物なんだけど。二人までなら、心に思った場所にテレポートできるよと、少年魔術師はそっけなく言った。
     ランは食い入るように珠を見つめた。確か、彼が最後に、フリックに投げ渡したそれは──。
     旅人の瞼が伏せられた。ぎゅっと珠を、希望のかけらを握り締める。
    「ありがとう。ほんとうに。……助かった」

     魔術師の色の薄い眼が細められ、ランを凝視した。

    「後悔はしない?」
    「うん。今は此処に留まっちゃいけない気がするから」

     これ以上、誰かを巻き込みたくはない。

    「そう。これからは、一人きりだね」
    「大丈夫だよ。これがあるから……きっと一人じゃない」
     見せるようにちょっと右手を上げ、笑顔を見せたランに向かい、ルックは静かに言った。

    「本当に良かったの?それで?」

     ランは頷いた。
    「約束したから」

     かけがえのない友への誓い。失いたくはない愛の記憶。
     消え去ることのない手と心に刻まれた傷、そして忘れたくはないその……痛みを。

    「誰にも、これは渡さないと。たぶん、これはもう僕の一部なんだよ。だからいつかその時がくるまで、僕でいる限り切り離すことはできないんだ」
     この手にある、友情と愛の形見を。

     木犀がひそやかに香っていた。
     ランはルックを見上げた。

    「僕は、誰にもさよならを言えずに出てきちゃったんだ。よければ、伝えてくれる?」
    「自分で言えば?」

     返された微笑を眼に納めると、ルックはくるりと踵を返し、ランに背を向けた。
     翻ったマントの向こうから、声が聞こえた。
    「頃合のようだし、僕はレックナート様のもとへ戻るよ。役目は全て、終わった」

     その声音に一抹の寂しさが混じるように思えたのは、秋の気配のせいだろうか。

     ――それじゃ、いつか……

     言い終わる間もなく、魔術師の姿は見る間に薄れ、消えてゆく。
     ランはちょっとの間、無人となった樹の下を眺めていたが、やがて背嚢を背負い直すと静かにその場を後にした。



     空は見るうちに濃紺から灰青へと色を変えていた。朝を告げる最初の鳥の声が聞こえはじめ、夜明けの光が射すまでに、あと幾許かの時を残すのみとなっていた。

     少年がグレッグミンスターの城下を出ると、眼前には明け方の大地が黒々と広がっていた。金色の雲が棚引く空のもと、爽快な朝の微風に吹かれつつ、遥かな地平を臨む。
     薄蒼い珠がひとすじの暁光に煌いた瞬間、黒い棍を手にしたその姿も光陰に紛れ消え失せた。
     太陽が遠い山々から顔を覗かせるにつれて、世界は眩い白光に包み込まれていった。


     そしてその後、長きに渡り。
     グレッグミンスターで彼の少年の姿が見られることはなかった。


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