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    無題2

     
    「最近の速水くん、貴方にはどう見えるかしら?」

     閉店時間も過ぎた味のれんの奥まった席には、一組の男女が居座っていた。善行司令の前には氷の入った焼酎のコップが、原整備主任の前にはアップルパイと番茶の入った湯飲みがあった。カウンターの向こうで鍋を洗っている親父が立てる水音以外BGMもなく、薄暗い店内の雰囲気はごく普通の乾いたものだった。

    「あなたの方から私を呼び出すなど珍しいこともあると思いましたが」
    「文句ある?」
    「いえ。幹部同士、情報交換の場を持つのは有意義なことですよ」

     そう言って隙のない微笑を浮かべた男を睨むと、原素子はくいっと番茶を一口あおった。依然女心の解からない冷たい男だと思う。

    「まあいいわ。話が済んだらとっとと帰るわよ。連日コキ使われてこっちはくたくたなんだから」
    「苦労をおかけしてます。本題ですが……速水くんに何か気にかかることでも?」

     善行は焼酎を口に運んだ。

    「彼は順調にパイロットとしての能力を開花させ、戦果も十分以上にあげている。頼りになる戦士で、今や九州中部戦線全体のエースというべき存在となった」
    「軍にとっては優秀な駒よね、あの子は」
    「いささか優秀すぎるのかもしれませんが」

     速水の陳情で過去に大量の物資の補給があったことを思い出し、理由を知る善行は薄く笑った。
    「気になるといえば、成長が早すぎるということくらいですかね」

     原は嘲るような笑みを引っ込めると、片手で転がすように湯飲みを回した。
    「あなた……以前に私が何をしてたか、知っているはずよね」

     彼女が5121小隊に配属されたのには、善行の力が働いていたとは、後になって耳にしたことであった。

    「士魂号を使うには相応の知識と能力を持った人材が欠かせない。実験段階の機体では何が起こるか解かりませんからね」

     士魂号だけでなく。生体脳と同調するパイロット自身にも。

    「ふふ……それには察しがいいのね」

     原はアップルパイを食べはじめた。
     善行は答えない。
     パイを食べ終わると、原は頬杖をつき正面から善行を見つめた。

     昔、こんな風に彼の前にいたこともあった。
     似たような場面ではあっても、場所も二人の立場も胸にある想いも今は異なっている。現実というのは9割方は無味乾燥なものよねと、原は考えた。無用な感傷は脇に避けておくにかぎる。

    「ねえ、あなたも気づいているんでしょう。三番機の戦闘能力は異常よ。反応速度も攻撃力も本来の限界値を超えている。しかも日々戦闘を重ねるごとに上がってるようだし……私は神様じゃないわ。どんなに整備しても士魂号にあれだけの能力はあるはずがないのよ」

    「しかし、現実に速水機はそれだけの戦闘力があると実戦で証明している。理由が機体にあるのではないなら」
    「パイロットが優秀だからと言いたいところだけど。でも、この場合は優秀というより危険な状態だと思うのよ。芝村さんはともかく、問題は」
    「──速水くんですか」

     原は目を上げた。

    「ところで、脳科学はお得意?」
    「素人だと思っていただいた方がいいですね。子供相手と思って順番に話してください」
    「じゃあなるべく手短に言うわね。速水くんは士魂号の生体脳と同調し過ぎているんじゃないかと心配なのよ」

     眼鏡の奥に表情を隠し、テーブルの上で両手を組む善行。
     感情を交えない女の声だけが静かに続いた。

    「生体脳は人として見るならば『欠けている』脳よ。闇の中で一生戦うためだけに生きるなんて、正常な感覚を持った人間には耐えられない。だから戦闘を目的とした機械となるために邪魔な部分は全て削ぎ落とす必要があったの。あの子たちを精神的に安定させ、狂ったり暴走したりしないように……兵器として安定した機能を保持するためにね」

     脳は1000億以上ものニューロン細胞によって構成される銀河系規模の情報社会と言われる。大脳皮質には数万個のニューロンが束になり10万もの領域ごとに一つのモジュール(単位)として機能しているのだ。

     例えば、脳はどうやってアップルパイをアップルパイと認識するのか。
     光が網膜に届く。
     網膜にある視細胞が刺激される。
     視細胞が興奮し、それが大脳後頭葉の視覚野に達する。
     視覚野では、線に反応するニューロンと色に反応するニューロンがそれぞれに働き、アップルパイを線と色に分解してしまう。
     分解された情報は側頭葉で再構成される。
     線は曲線に再構成され図形となり、図形に反応するニューロンと色に反応するニューロンが働くことで分解された情報が統合され、その見ているものがアップルパイだという認識に至るのだ。

     触覚情報を認識するには、体性感覚野が。
     聴覚情報を認識するには、聴覚野が。
     視覚情報を認識するには、視覚野が。
     位置関係を認識するには、頭頂連合野が。
     眼を動かすには、前頭眼野が。
     体を動かすには、運動野が。
     言葉を理解し話すには、言語野が。
     視覚情報を区別し記憶するには、側頭連合野が。
     思考するには、前頭連合野が。

    「……働いて、人は世界を感じて、考えて、行動できるの。ここまではいいかしら?」

     眼を閉じながら、善行はまた焼酎を一口飲んだ。

    「ええ。それで、士魂号の生体脳は、兵器であるのに必要のないモジュールを抑圧されていると」
    「そうよ。士魂号の脳の大部分は強制的に眠らされている。機能していない以上はないも同然なの。脳の本来持つ機能を生かしたまま兵器化できたという点では、実戦配備されている機体では士翼号が最高峰ね。脳の機能は殺すより生かす方が難しいのよ」

     特に前頭連合野があってこそ、人は脳全体をコントロールし、自己と世界、現在と過去と未来とを認識し、行動や情動を調節することができる。すなわち、前頭連合野を制することは、その本来の人格を破壊することに等しいのだ。

    「生体脳には未来なんてないし、彼らの存在する意味は一つしかないわ。だから余計なことを考えさせないように前頭連合野へ送られる信号は絞られているの」

     敵と戦うこと、ただそれだけのために──

    「通常、パイロットは生体脳と自分の本来持っている脳を不必要なまでに同調させることはないのよ。拒絶反応というか無意識のうちに自己防衛本能が働いているんでしょうね」
    「速水くんにはその安全装置が働いていないと?」

     眉がひそめられた。

    「あの子は士魂号を自分の体のように動かしているわ。熟達すると道具も自分の体の一部のように使えるというのは、頭頂連合野がその道具を自分の体の一部としてイメージに取り込むからよ。たぶん彼の脳内では、士魂号は、下手をすれば生体脳も含めて自分の体も同様に認識されている。でも、それは誤った認識だわ。そんな間違ったイメージを持っていたら、機体が破損したときに受けるダメージは?」

    「文字通り、士魂号の痛みはパイロットにも及ぶと」

    「腕を失った人がないはずの腕の痛みを訴えるのと同じように、自分の腕でもない腕の痛みを感じても不思議じゃないわね」

     原はすっかり温くなってしまった番茶をゆっくりとすすった。
     善行は何も言わない。

    「それと。同じ行動や思考を繰り返していると大脳にあるその運動やイメージに関する記憶が小脳にコピーされるの。パイロットは機械じゃなくて生身の人間よ。人工筋肉を動かすのと、自分の体を動かすことは似たところもあるけど同じじゃないわ。士魂号は基本は戦って勝つことしか考えない。その戦うことしか考えない脳と完全同調して連日長時間戦闘を続けていたら、速水くんはどうなるかしら」
    「……」
    「アルガナを獲ったくらいの頃からあの子、表情が乏しくなったというか……何を考えているのか解かりにくくなったと思わない?」

     十秒ほど、二人は黙り込んだ。
     善行は背筋を反らすと腕を組んだ。

    「それで、整備主任としての見解は?」
    「医者なら、彼をパイロットから降ろしてメンタルチェックをした上で暫く休養させるべきだと言うかもしれないけど」

     整備主任の切れ長の目が細められる。

    「士魂号や速水くんの頭の中身がどうなっているかなんて、私には解からない。ただ気になったから、一応の警告はしておこうと思っただけよ」

     限界を越え、保たれているバランスが失われたその時。
     彼らが陥るかもしれぬ、狂気と暴走の可能性を──。



    「遅くなって、すみませんね」
    「いいってことよ」

     のれんの向こうで親父がニコリと笑った。
     灯の消えた味のれんを後にし家路についた男は、途中立ち止まると煙草に火を点けた。

     原のいうことには一理ある。
     そして、彼女が口にしなかったもう一つの可能性。

     生体脳とパイロットが、同調することで互いに影響を与えあうというなら。速水が生体脳の影響を受けるのと同じだけ、「生体脳も速水の影響を受けている」といえるのではないか。それとも──

    (相乗効果というやつですか)

     戦火はまだここには及んでいないが。

     コートのポケットに片手を突っ込んだまま、窓に明かりの灯る町並みを眺めると、善行は長々と煙を吐いた。

     いずれにしても、戦況は予断を許さない。
     基準に達しない兵を前線から外すことはあるだろうが、説明できる正当な理由もなくエース級のパイロットを降ろすなどというのはありえない話だった。所詮は、士魂号も5121小隊も、戦争のための消耗品には違いない。そもそも軍という組織自体が非人間的にできているのだから。

    (戦争に勝つことしか考えないという点では、私も似たようなものですね)

     煙草の火が足下に消される。


     鬼と呼ばれるのに、善行は十分に慣れていた。

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