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    Missing half 5

    第2部



     地上から170km以上もの上空。
     音譜帯第7番目の層から、ローレライは世界を見下ろしていた。

     心にかかるのは、二つの焔。
     一つは灰となったまま自らの光を託そうとし、一つは差し出された光を受け取ることなく自らの光を失おうとしていた。







     「ルーク」帰還の、一年と一月と10日前の日──



     地殻からの解放のとき。
     自由を得た喜びに溢れる一方で、ローレライは、己が解放者への恩義と自責の念に意識を苛まれていた。
     自らの存在と引き換えに星の運命を変えた、我が完全同位体である一途で健気な二つの命。

     一人は、その体は蘇生したものの、彼の意識は死の時に燃え尽きて昏睡状態にあった。
     もう一人といえば、音素が乖離しきったその体は既に消滅し、彼の意識はローレライと同化して消えかけようとしていた。


     我の一方的な願いだったにもかかわらず、鍵を持つ者たちは我の望みを叶えてくれた。
     こうして我が存在していられるのは、彼らの力があったからこそ。
     契約は履行された。
     故に、我はその対価を彼らに支払わねばならぬというのに。


     理不尽にも、対価の受け取り手である二つの存在は、今まさに消え逝こうとしている……


     ローレライは考えた。
     彼らを目覚めさせることはできないが、意識集合体である仲間たちの力を借りれば二人の存在を保つことはできる。二人が覚醒するまで、二人の音素と元素を時空の間隙に隔離しておけばよい。
     彼らを目覚めさせる者が現れ、やがて二人が目覚めた時、我は我が責務を全うしよう。




     ──どれほどの時が経ったのか。




     地上から音譜帯へと射し込む音と光。
     時空を超えて届けられた大譜歌に記憶粒子を揺さぶられて、一人が目覚めた。
     ほどなく。引き寄せられるように、もう一人も。
     彼らの間で取り交わされる声なき意識の流れの音が、フォンスロットを介してローレライにも聞こえてきた。





     そうだ、約束してたんだ、俺。必ず帰るって……
     ──でも。
     「俺」はもう無くなってしまってるみたいだ



     ルークの悲しみに感応して、アッシュが答えた。



     身体ならある。俺が連れてってやる





     地上に戻りたいのか? それが、そなたらの願いか?



     凍結していた時が解けて流れ出す。全ての音素の意識集合体らが集まって、二人の持つビジョンを基に、オリジナルを構成していた元素と二人の音素を編み直して身体を作っていく。
     しかし、意識集合体たちの力にも限界があった。
     世の理《ことわり》自体を変えることはできない。
     大爆発を経た後、オリジナルは蘇生し、レプリカは消滅する。レプリカの記憶はオリジナルの中に継承される。再生することのできる肉体は、オリジナルの、ただ一人分のみだった。

     第7音素を手繰りながら、ローレライは二人のフォニムが強く繋がっていることに気づいた。オリジナルの体から出ようとするフォニム本来の流れに抗って留まろうとするルークのフォニム。さらに、アッシュのフォニムが拡散しようとするルークのフォニムを固く絡めとり、自らの内に取り込もうとしていた。
     オリジナル側の方に受け入れる意志があるのなら、レプリカの方にも存在する余地が残される。彼らなら不可能を可能にする道を見出すかもしれない。
     第7音素で構成されたルークのフォニムの大部分を剣に託すと、ローレライは譜歌の湧き出でる場所へと向けて「彼」を送り出した。
     


     これで、いっときは地上で生きることができる。
     だが、この不安定なフォニムの在り様のままに存在を維持できるか。
     アッシュとルークが存在し続けることができるかは、彼ら次第だ。


     
     ──見守ることしかできずにすまないと。祈りを込めて。



     夜空を流れる音符帯の光が、遠く、澄んだ輝きを放っていた。
     









     今夜はー、お星様とお空の石が綺麗ですの……

     夜空を流れる光の河を見上げながら、ミュウは長い耳を寝かせると溜息をついた。
     この美しい空を一緒に見て欲しい人は、今は深い眠りの中にいる。
     その眠りは本当に深くて、音素の力が弱まっていて。不安で、とても心配で。
     彼らがいつ目覚めるのかは、チーグル特有の、鋭敏な勘と感覚を持つミュウにも全く見当がつかなかった。


     心を励まそうと、楽しいことを想像してみた。


     ご主人様ならー、うん綺麗だなって笑って頷いてくれるとか、星なんて見飽きてるぜとか言って詰まらなさそうにぼやくとかー。
     アッシュさんならー、ふんとかああとか。聞いてないようでー、ボクの話をちゃんと聞いていてくれたりするですの。


     深い緋色の髪をした彼のことを考えると、ミュウの小さな胸は痛んだ。
     そもそも彼に無理をさせてしまった原因は自分にある。
     昨夜のことが思い出された。野営地にたどり着くなり倒れたアッシュは、少しの間、夜中に目を覚ました。申し訳なくて泣いているミュウを、彼は怒らずに許してくれた。怒る気力も尽き果てていたというのが本当だったのだろうが、ミュウにとっては大した違いはない。むしろ怒らせずにアッシュに近づけた事の方が、大した違いで大進歩だった。

    「気にするな。あれは、出がけの初っ端に道具袋に入ろうとしたお前を咎めた俺のミスでもある。あいつと……お前の主人といる時は、いつもお前は袋に入って身を守っていたんだろう?」
    「アッシュさん……」
    「次からは戦闘の間は道具袋の中に隠れていろ。遠慮は無用だ。いいな、チーグル」
    「はいですの」

     ぐしぐしと泣くミュウの姿に、彼は疲れ切ったように言った。

    「いいかげんにしやがれ。それ以上ぐずると鍋に放りこむぞ」
    「みゅ? ミュウはお鍋に入ればいいですの?」
    「……もういい。俺は寝る。お前も好きなところで勝手に寝ろ」
    「はいですの!」

     喜び勇んで布団にもぐりこんできたミュウに、彼は何か言いかけたが、何も言わずに目を閉じた。彼の手の気配を近くに感じたが、ミュウの体に触れることはなくそれは敷布の上に落ちた。

    「ご主人様と一緒に寝るのは久しぶりですの……」
    「俺はお前の主人じゃないぞ」
    「ご主人様もここにいますの。二人一緒ですの。アッシュさんが怒らないのも嬉しいですの」
    「……」

     初めてお会いしたときはー、ご主人様をいじめる悪い人だと思いましたの。
     でも違ってましたの。

     チーグルには難しい理屈は分からない。
     分かるのは、ミュウの命の恩人で大切な人が二人になったということ。
     そして、ルークもそれを許してくれるだろうと……
     わけもなく、ごく自然の事のように、ミュウは考えていた。

     ご主人様はアッシュさんのことが心配で、アッシュさんはご主人様のことが心配。
     だから、ミュウが二人のことを心配しても、たぶん何の問題もないのだ。

     心地よい人肌の温もりに、だんだんと眠くなる。
     ──眠りに落ちる直前に。

     ミュウは、誰かの手が優しく頭に触れ、撫でてくれたのを感じた。
     懐かしい声が聞こえた。



     ありがとな、ミュウ



    「……みゅ?……ご主人様……?」








     星空を見上げて、ミュウは祈った。
     どうかどうか、ご主人様とアッシュさんが早く目を覚まされますように。
     
     
     一つの身体に二つの意識を宿すのは不可能だという話は、小さなミュウには理解するのにとても難しすぎた。









     最後にこいつを負ぶったのはいつだっけ?

     ルークの方は、おんぶなんてしょっちゅうだったが。こっちのルーク様はしっかりしてたからなァ。そうそう、樹から落ちて足を挫いた時があった。あの時くらいか。

     背中から伝わってくる熱に、ガイは安心と不安を覚える。
     熱を感じるのは生きてる証拠だ。
     熱が高すぎるのは、傷のせいか、それとも……何か別の原因があるのか?


     負傷した仲間を助けながら進み続け、1時間ほどで部隊は安全地帯にたどりついた。 


     野営の準備をしつつ、ちらちらとガイの様子を伺う兵士らの視線を感じる。
     正確には、彼らが気にしているのはガイの傍らに横たわるアッシュの容体だ。
     今日の魔物との戦闘で、負傷者はでたが死者はでなかった。危険地帯は既に抜けた。よほどの不運かヘマでもない限り、今度の哨戒も皆で揃って帰還できるに違いない。部隊全体に、仲間たちの無事を喜び合い安堵する一方で、アッシュを気遣う雰囲気が広がっていた。
     誰の力で命が助かったか、全員が理解しているのだ。

     水と布を持ってきた衛生兵が、躊躇いがちに訊ねてきた。

    「本当に自分たちがお世話をしなくてよろしいんですか?」
    「ああ。たぶんこれ以上の治癒術は効かないと思う。悪いがアッシュの面倒は俺にみさせてくれ。こいつは……俺の幼なじみで親友だからな」

     二人とも。
     もっとも、一度はこいつを拒絶してしまった俺だ。アッシュの方は認めちゃくれまいが。
     仏頂面で即座に否定するアッシュを想像して、ガイは苦笑した。
     まあ、親友というのは言い過ぎとしても、幼馴染みとしてくらいはアッシュも俺のことを認めてくれるだろう。

     兵士たちが用意してくれた天幕の中に(ルークかもしれないが)アッシュを運び込むと、靴や胴衣を脱がせる。昨日に負った傷以外に外傷が増えていないことを確かめると、ガイは慣れた手つきで手早く身体を清めはじめた。
     二日連続で自分の手当てをしたのが衛生兵ではなくガイだと気づいたらアッシュは怒るかもしれないが、非常事態だ。それに……そのおかげで分かったこともある。
     ガイは均整のとれた白い体を見つめた。
     背中、胸、脇腹。白い皮膚に交差して走る幾多の線や痣。
     視線を逸らさずに傷跡をたどる。
     真っ先に目に入る、比較的新しいと思われる幾つもの深い創傷は、おそらくはアッシュが死んだ時にオラクル兵士らから受けた致命傷だ。
     全身、串刺しかよ。
     さらに目をひくのは、その他の傷──
     薄くなって目立たないが、どこもかしこも古傷の跡だらけだ。剣の傷もあれば魔物の爪や牙……あまり想像したくはないが棍棒や鞭の傷と思われる節のものもある。
     戦場ですぐに治療を受けることのできない状況にあったか、拷問や虐待を受けていた時期があったか、あるいはその両方か。
     ルークが屋敷にいた7年間、アッシュがどれほど過酷な環境下で生きてきたのか。それら数々の傷は、彼が心と体に受けた痛みと苦しみの大きさを鮮明に物語っていた。
     オラクルの特殊部隊ともなれば、教団の暗部を一手に引き受けていたとみていい。
     鮮血のアッシュ。その二つ名を負わされるに至るまで、彼はどれほどまでにその手を血で汚し、心を痛め、死と隣り合わせの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。



     俺も……故郷と家族を失って以来、そこそこ苦労はしてきたかもしれないが。
     俺の戦いは全て俺のための、俺自身が望んで身を投じた戦いだった。
     それにペールがいたしな。俺を守ってくれる人間が身近にいなかったことはない。

     これを見たらナタリアのやつ、怒りで城まで壊しそうだな。それでもって大泣きするぜ。
     ……いや。だからアッシュはナタリアと距離を置いていたのか?
     ナタリアに自分の辛い過去を見せて悲しませるよりは……彼女の心に憎しみの種を植え付けてしまうくらいなら、ってか。

     あの鉄壁の頑なさからみても、7年の間、アッシュは誰一人守ってくれる者もなく、たった一人で生きてきたんだろう──



     アッシュの胴衣を整えて、敷布の上に横たえる。
     普段は上げられている、額に落ちた前髪をかき上げ、水で冷やした布を当てようとした……その時。
     どこか幼さを残した、無心に眠る面差しがルークを思わせ、ガイの心は混乱した。

     今ここで眠っているのは、ルークなのか? アッシュなのか?
     俺はどっちのルークに目覚めて欲しいんだ?





     ──俺には選べない。選べるはずがない──





     目覚める気配もなく、彼は昏睡状態にあった。
     組んだ両手に額をつけてうずくまると、ガイは固く目を閉じた。

     おい、ルークよ。
     お前の方はともかく、俺は、こいつに負けてる気がしてきたぜ。
     つーか、お前たち二人には負けた。
     お前も、お前の被験者も本当にたいした奴だよ。


     アクゼリュスでの、あの絶望的な惨劇から立ち直ってみせたお前も。
     7年の長きに渡って苦境に晒され続けてなお、まっすぐな志を曲げなかったアッシュも。


     お前たちが、二人一緒に戻ってくる道はないのか?
     俺は、お前たちを失いたくない。

     

     二人とも、失いたくはないんだ──



     濡らした布を取り換え、額から熱っぽい頬に手を伝い当てると、ガイは考えた。
     これはただ意識がないっていう状態じゃない。専門家じゃないけど、アッシュとルークの身体とフォニムに異常が起きてるっていう程度にはなんとなく想像がつく。
     戻ったら、すぐにジェイドを呼ばないと。
     間に合ってくれたらいいんだが──


     
     
     ──翌日。
     帰途につくガイたちは、地響きをあげて大地を走駆する巨大音機関を目にした。
     この省フォニムの時代に。ピオニー陛下も思い切ったことをする。

    「信号弾を打ち上げろ。……助かったな。これで楽して帰れるぞ」


     本当に、助かった
     いい勘してるぜ、ジェイド──


     空に立ち昇る黄色の煙に気づくと、進行方向を変えて接近してくる陸上装甲艦。
     ジェイドにどう説明したものかと、ガイは胸の内で溜息をついた。








     陸上装甲艦の艦内の一室にて。
     アッシュの診察を終えたジェイドは、部屋を出るなり、扉の左横の壁にもたれて座り込んでいるガイに気づいた。
     金髪頭が、覚悟を決めた神妙な表情で見上げてくる。
     彼の期待通りに嫌味の一つも言った方がいいのだろうかと、わざとらしく譜眼の主は嘆息してみせた。

    「貴方がついていながら……」
    「言い訳はしない。すまない、ジェイド」

     全面降伏。目付役の任務を全うできなかった己の至らなさに、無念の想いを滲ませるガイ。その潔さに免じて、ジェイドは獲物を前にした蛇の如く厳しく装っていた視線を和らげた。

    「まあ、察しはつきますがね。アッシュの強さを過信したか、我が身の危険を顧みずに突っ走る彼を止め切れなかった、といったところでしょうか」
     がくりと膝上に沈没するガイ。
    「面目ない。仰せの通りさ。魔物の勢いが予想以上に強かったもんで、ついアッシュの力に頼って甘えちまった。こうなったのはあいつが無理してるのを承知で止めなかった俺の責任だよ」
    「止めようとして止まるものならね。……ともあれ、詳しく状況をお聞きしましょうか」

     一通り事のしだいを聴き取ると、ジェイドは額の筋肉をぴくつかせながらフレームの真ん中に人差指を押し当てた。

    「全く無茶なことを。この状態で、譜術だけで、連続して長時間に渡って魔物とやりあうとはね。私も説明が足りなかった。譜術の使用はなるべく控えた方がいいと……まして超振動などもっての外だと、もっと強く警告しておくべきでしたね。剣を使えなかったのであれば自衛のためには仕方がなかったのでしょうが」
    「超振動がヤバイってのはなんとなく分かるが、譜術もか?」

     赤い瞳がガイを見た。

    「上級譜術ともなれば、大量のフォニムを放出しますからね。今の場合は、彼の精神力の強さが却って災いしたといいますか。限界までフォニムを使い切った影響でアッシュの体を構成している第7音素以外の音素が極端に減少しています。推測ですが、アッシュの体内にある第7音素は彼自身が本来持つフォニムとルーク由来のフォニムが混在している。アッシュ自身の保有する音素量が必要とされる最低値を下回ってしまったせいで、ルークから来るセブンスフォニムの流入が許容量を超えてしまったのでしょう。平常でも彼のフォニムは不安定な状態にありましたし」
    「じゃあ、ルークが出てきたのは……」

     ジェイドは頷いた。

    「アッシュを守るためでしょうね。ルークではなくアッシュが超振動を使っていればどうなっていたか。彼らの間で綱渡り的に保たれているフォニムの均衡が、修復不能なまでに破綻してしまったかもしれません。図らずもおかげで……というのもなんですけれど。これで、隠れていたルークの存在が証明されたわけですが」


     単なる、残留音素のかたまりではなく
     生きた自らの意志をもって、ルークはアッシュの中に存在していると


     ガイは力なく歪んだ笑みを浮かべた。

    「楽観視はできないんだろ? ルークが出て来ようとしないのには、きっと何か理由があるはずなんだ」
     おそらくは、アッシュのために。
    「それが、そのわけを差し置いてまで出てきたんだとすれば、想像以上にまずいことになってる気がしててさ。やっぱりそうなんだな」
    「それはそれとして、ルークが姿を見せてくれたのは一つの前進ですよ。できれば早いうちに彼と話ができれば──」
     もの思わしげに半ばひとりごちるジェイドの方へと、不安げな視線が向けられた。

    「もしも、音素のバランスが崩れたままだったらどうなるんだ?」
     ちらりとガイに目をやるジェイド。
    「そうなればアッシュは生きてはいられません。身体的な意味で。そして今のルークの存在はアッシュに依存している。アッシュの死は即ち、ルークの死をも意味します。……その逆はありませんがね」
     たぶん、と無言でジェイドは付け加えた。
    「アッシュとルークは大丈夫なのか?」
     頭が横に振られた。
    「大丈夫とはいえませんね。音素乖離を起こしかけている上に体力が著しく低下しています。すぐにもベルケンドへ搬送した方がいい。貴方がたを送り届けるのはその後、ということでお願いします」
     ガイは小さく頷いた。
    「了解。引き継ぎが終わったら、俺もティアと後から追いかけるよ」


     タルタロスの駆動音が静かに響く。
     気の利いた慰めの言葉を探して数秒後。ようやくジェイドの口から出てきたのは真逆の台詞だった。

    「タルタロスⅡ初の任務が病院船とはね。シェリダンを出航した時には夢にも思いませんでしたよ」

     ため息混じりに発せられたそれを耳にして。
     ガイは悲しげに艦内を見回した。

    「巨大音機関向け省フォニムの技術開発に成功したって、アストンさんから聞いたぜ」


     こんな非常時じゃなければ、心おきなく新型タルタロスの処女航海を堪能できたんだけどな……



     ベルケンドで。


    「すぐに戻ってくるからな」
    「みゅうぅ……」

     後髪を引かれるようにタルタロスⅡに乗り込んだガイと(ティアを励ますよう説得された)ミュウが街を去って。音機関研究所の医務室では、シュウ医師がいつもと変わらぬ平静さで赤毛の青年を迎え入れた。集中治療室への搬送中、ジェイドから経過を聞き、渡されたカルテに素早く目を通すと、シュウは力強く頷いた。
    「すぐに投薬の準備をします。間に合うでしょう」

     これで、とりあえずは大丈夫。

     処置の後、念のため今晩は付き添わせてほしいと願い出たジェイドは、寝台の脇に置かれた仮眠用の長椅子にその長身を沈めた。体は疲れていても頭ははっきりしている。傍らで眠る白い顔から目を逸らすと、考えをまとめようとして譜眼の主は思考を巡らせはじめた。


     気になっていることが、二つあった。
     一つは──

     ジェイドは、部屋の隅に立てかけてあるローレライの剣を見つめた。
     元から神々しさをまとった剣ではあったが。うっすらと燐光を発しているように感じるのは、気のせいだろうか。
     昏々と眠り続ける青年へと視線を戻す。

     恐らく……ルークのフォニム、本体といっていいだろうか。それは剣の中に同化して存在している可能性が高い。アッシュは、ユリアがローレライを鍵に宿したように、意識集合体として存在しているルークをローレライの剣に宿してフォンスロットで意識を繋げている。(本人にその自覚はないようだが)

     フォニムは同じ属性のフォニムと惹かれ合う。アッシュとルークのセブンスフォニムは属性どころか音素振動数まで完全に一致する。いつか、ルークの体内に宝珠の音素が紛れ込んでしまっていた例をとっても、全てが第7音素で構成されるルークの音素とローレライの鍵との親和性は高い。第7音素を集める剣の力があれば、ルークを留めておく環境的条件は揃っているとみていいだろう。

     とはいえ、音素集合体、特にセブンスフォニムは不安定な代物だ。それに、同位体として存在するのと、第7音素そのものを体内に取り込むのでは意味が違う。剣にルークのフォニムを宿しているだけならまだしも、フォンスロットを介してフォニムが出入りしているのであれば、アッシュに強いられている身体的精神的な負担は相当大きいはず。ルークが存在する限り音素は常に過剰に存在し、アッシュのフォニムは削り取られ、彼の心と体は第7音素の流入によって生じる音素乖離や精神崩壊の危険に常に晒され続けることになる。


     もう一つは──


     タルタロスでのガイとの会話で、ジェイドの心に遠く鳴り響いていた警鐘が大きくなろうとしていた。

    (アッシュの体を見たか?)
    (……ええ。ローレライはご丁寧にも現状復帰の形で彼の身体を再生させたようですね)

     傷だらけだったアッシュの身体。
     夜ごとうなされていたルークの苦しげな声。

     手を額に俯くと、ジェイドは目を閉じた。


     ──まったく。
     過去も未来も。世界はあの子たちにとって優しい場所とはならない。


     犯した罪は消えない。
     罪悪感に苛まれる苦しみも。
     何を為しても、全てが許されることは決してない。
     生きている限り、どんなに辛くとも人はもがき苦しんで歩いてゆくしかない……いつか死が訪れるその日まで。身をもって、それと分かっているはずなのに、私は。


     ……それでも、生きて帰ってきて欲しいと願った。
     しかし、そんな願いは私たちの勝手な望みではないのか?
     ルークもアッシュも。


     あの子たちは、本当に帰りたいと、生きたいと望んでいるのだろうか?


     そう、望みたいのですが。
     ……マイナス思考はいけませんね。
     長椅子に身を預けて物思いにふけるうちに、いつしか眠りに落ちるジェイド。


     ──ふと、風と光を感じて目が覚めた。

     病室には、薄く月の光が射し込んでいた。
     閉じられていたはずの窓が開かれている。
     窓際で、白い光を浴びて佇む人影。その背に流れる緋色の髪。 
     夜の暗さにそうと分からないが、陽光の下で見たならその毛先は朱金に煌めくだろうと、ジェイドには想像がついた。心が震える。


     ジェイドは静かに問いかけた。
     そこにいるのは、

    「あなたですね、ルーク」

     夜風に長い髪が微かに揺れる。
     振り向いた顔は、懐かしげに、少し泣きそうになって柔らかく微笑んでいた。

     愛おしさが胸に溢れる。

     ネクロマンサーは、淡く輝く影へと向かって手を差し伸べた。

    「ジェイド。──遅くなって、ごめん」


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